2-5 秋田犬謎の防御効果を発揮す
ゆっくり八時まで寝た。起きてきたらとき子祖母ちゃんが朝ドラを観ていた。もう復活したのか。ばあちゃんが化粧を終える頃朝ドラの時間が終わり、やっぱりニュースだった。ばあちゃんは「あいっ。あさイチねぇのか」と憤慨している。
ニュースはまず全国ニュースで、どうやら秋田県民は水などに困ることなく暮らしており、その他のライフラインも無事で、インターネットも当たり前に使えるようだ、ということを報じた。それからローカルニュースに切り替わり、えらくのんびりした調子で、
「秋田県内から異世界の様子をSNSで発信するのがブームになっています」
と、アナウンサーは言った。インスタから持ってきた画像だ、と、大アヒルだのゴブリンだのスライムだのの写真が次々と流れる。
もう、世の中も秋田県民が元気であることを認識しているらしい。
「続いて、もうひとつニュースです。秋田県内ではモンスターによる被害が問題になっていますが、モンスターをよせつけない方法が発見されました」
画面にばーんと映ったのは秋田犬だ。どこかの橋に飾られている秋田犬像を映した後、秋田犬の里の勝大くんやおもちちゃんなどの秋田犬が次々映され、
「秋田犬の毛には、モンスターを追い払う効果があると、実験で実証されました。まずはこちらのVTRをご覧ください」
というアナウンサーの言葉とともに、箱ワナにかかったゴブリンが映された。もう箱ワナでゴブリンを捕まえたのか。マタギおそるべしである。
ゴブリンに、秋田犬の抜け毛を近づけると、ゴブリンは耳の痛くなるような悲鳴を上げて嫌がった。次に、箱ワナにかかったスライムにも秋田犬の抜け毛を近づけた。ほぼ同じリアクションだ。さらに実験は続き、今度はドーベルマンの毛で試してみる。しかしモンスターはドーベルマンの毛をどうとも思っていないらしく、箱ワナのなかできいきい騒ぐだけだった。
秋田犬、強い。
「これを受けて、大館市の秋田犬保存会では、秋田県内の秋田犬の飼い主に呼びかけ、抜けた毛をお守りにするプロジェクトを始めました。お守りは無料で配布するそうです」
はー。山菜採りにおけるクマよけの鈴みたいに、秋田犬の抜け毛を持って歩く日がくるとは思わねがった……。
それにしても、これだけ魔物が出るなら秋田県内にも俗にいう「ギルド」みたいなものができたりするのだろうか。そのあたりの仕組みはロイに聞いてみなければなるまい。
仮にできたとしたらJA、要するに農協みたいな感じになるんだろうか。「ギルドなまはげ」とか「ギルド秋田おばこ」とかそんな感じだろうか。なんともセンスのない名前だ。
その日の昼、ミツ祖母ちゃんから電話がかかってきた。ニューライフカネタに、夏の下着を買いに行きたいのだが、ミツ祖母ちゃんのいる扇田からではいささか遠いので、車を出してほしい、とのことだった。姉貴が、
「陸斗の言ってた冒険者とも会ってみたいし」と快く運転を引き受けた。姉貴の車で、のんびりとした田園地帯の広がる田舎道をいく。
「しかしあっちいねえ。帰りにビッグに寄ってアイス買おう」
姉貴はそんなことをぼやきつつ、車を飛ばした。ビッグやイオンスーパーセンターみたいな全国展開のスーパーは、お菓子とかコーヒーとかカレールーとか、どこで買っても味の変わらないものを買う場合によく行く。生ものはいとくで買う。いとくは秋田県ローカルのスーパーマーケットで、それなりに新鮮な野菜や肉魚を売っている。
さて、ミツ祖母ちゃんに着くと、ミツ祖母ちゃんは杖を持って帽子をかぶり、出かける準備は万端である。隣のロイは、死んだ祖父ちゃんのおさがりの服を着ている。少なくとも、革鎧よりかはふつうだ。
「はい、じゃあ陸斗、ドアあけてあげて。えっと、あなたがロイさん?」
姉貴がロイにそう尋ねる。ロイの頭の上に「状態異常:チャーム」の文字。ええ、一目惚れしちゃったの、姉貴に。いや、姉貴もそれなりにきれいな人だし、分からんでもないけれど。
「は、はい! ロイです! ロイ・ギルデロイです! 冒険者区分は見習い戦士です!」
「へえー。そんな歴戦の戦士みたいな顔なのに見習いねえ。なんか不思議」姉貴はしみじみそういい、ミツ祖母ちゃんがちゃんと乗ったのを確認して車を出した。
「な、なんだこれは! 景色がどんどん流れていく!」
「そりゃそうだ車だもん。列車とか新幹線はもっとすごいよ。ああ……夏コミ行きたかった」
姉貴がコミケに何の用があるというのか。分からないがとりあえず夏コミについては無視するとして、
「玄関にテレポーターあるべ、あれで秋田県から出られるんでねえの?」
「物理的にはね。でもワープした先は、地下深くにある完全密閉の研究施設だかんねえ」
姉貴はテレポーターの原理をつらつら喋り出した。車内の人間はだれも聞いていない。
「……萬海ちゃんの勉強好きにもこまったこと」
「だぁから。毎日これだから困る」
「だ、だから?」明らかに理解していないロイに一瞬驚き、そういえば「だぁから」で同意を示すのは日本でも一部地域であることを思い出す。
「要するにそうだねーって意味で、だから、とか、だぁから、とか、んだがら、とかいう言葉を使うわけだ」と俺が説明すると、ロイはポケットからメモ帳を取り出しボールペンでそれをメモした。どうやら異世界では、日本語は通じても秋田弁は通じないようだ。それを覚えようというロイの熱心さにはただ驚くばかりである。
とかやっているうちにニューライフカネタに着いた。サンワドーとかダイソーとかツルハドラッグとか、それこそビッグとかのある郊外型のショッピングタウンというのか、そういう場所にある。
姉貴とミツ祖母ちゃんとロイはニューライフカネタに向かった。俺もいく。相変わらず変なものの多い店だ。ミツ祖母ちゃんは涼感タイプのババシャツを二枚ばかしと、パンツを買った。ついでに、ロイにTシャツを買う。それから姉貴は下着を調達した。
楽しそうだなー。俺はポケットから財布を出した。実に情けない金額しか入っていない。毎日キヨスクでおやつを買っていたばちが当たったのである。
なにか新しいことを始めたいという思いがわいて仕方がない。ロイがすべて会計して、ニューライフカネタを出る。
「そうだ。みんなでアイス食べよう。ミツ祖母ちゃんも食べる?」
「あい。アイスなんて久しぶりだぁ、食べる食べる」
みんなでビッグに行き、ガリガリ君でも買おうかと思ったものの、ビッグの棚はずいぶんとスカスカで、たけやのバナナボートすらなくなっていた。
「――そうかー。異世界だから物流が滞ってるんだ」と、姉貴はバナナボートのところに貼られた「原材料の入手困難により販売をお休みいたします」と書かれた紙を見る。なんと、隣町で作っているはずのバター餅すらない。
「いとくもこんな感じですよ」とロイが言う。
「はー……こいだばババヘラ儲かって仕方がねぇべな」と、ミツ祖母ちゃんが帽子をかぶりなおしてそうつぶやく。
「ババヘラ?」
ロイが疑問の顔をしているので、アイスクリームの路上販売のことだ、と説明する。ちょうど、うちのとき子祖母ちゃんが現役でババヘラアイスの売り子だ。売り子がおばあさんなのでババヘラアイスという。ごくまれにレアなやつでアネヘラとかジジヘラとかいうのもあるらしいが、超神ネイガーの敵であるカマドキャシがいうカマヘラというのは見たことがない。
「アイスクリームってそもそもそんなホイホイ売ってていいものなんです? タキア藩王国では貴族の食べ物ですよ」
「秋田県のもとあった世界じゃ冷凍庫が当たり前だから、だれでも気軽に買って気軽に食べるんだよ。残念だなあ、ロイさんがびっくりするとこ見たかった」と、姉貴。
ロイの頭に、さっきまで消えていた「状態異常:チャーム」の文字がともる。
「えっ、あっ、その……萬海さんッ。贅沢はいけないと、思いますっ」
「……そうだね。帰ろうか」
みんなで姉貴の車に乗り込み帰ることにした。俺とミツ祖母ちゃんは後部座席。姉貴が運転席でロイは助手席だ。しかし日差しがすごいなあ。ミツ祖母ちゃんとロイを、総菜屋であったことを物語るオレンジ色のひさしの下でおろし、俺と姉貴は旧大館市内の家に戻ることにした。
田舎道はきょうもいたって平和。帰り道の途中、ちらりと駐在所のほうを見ると、型落ちしたスマホに自撮り棒を取り付けて、庭でイルミィとあかりがセルフィーを撮っているのが見えた。楽しそうだなと思いながら、しかしどうしてあかりは俺の友達でいてくれるのだろうと疑問に思うのだった。
車は家に滑り込んだ。とき子祖母ちゃんが、赤しそのジュースを置いて待っていた。
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