012 唵l∞kërs
思い出すのは、先ほど謁見を許したばかりの娘の姿だ。
事前に聞き取った話から、若い娘ではあるのだろうと予測していた。実際、その通りだった。しかし想像以上に若かったのだ。
顔立ちも幼い。
体つきも、女性とは判別できるものの、なんというか──起伏に乏しい。
こそこそとした陰口が聞こえるだろうに、まったく反応しない。どこ吹く風、というよりも、単にとりまく空気の重さに気づいていないような、情緒面の発達が見られない。
あれは子どもではないか。
皇子は腕を組んで顔をしかめた。
あんな子どもに、かのターゲスアンブルフ卿が陥落したというのだろうか。
(感情はどうあれ……そういうことがあったのは事実なのだ)
実際にこの目で見た。
指には鈎爪、突き出た顎、尖った犬歯、たてがみのごとき髪……。
人間ではない、人狼の姿を。
異形を作るは神女のみ。ならば、彼を──明晰な頭脳で政務を執り、鍛え上げられた肉体で貴族の男子を魅了し、つれない態度で女性を惹きつける、その一方で、死神などとあだ名され、恐れられ、帝宮内でもひときわ異彩を放っている彼が。
あの、彼が。
「いかがされましたか、皇子」
「……うむ」
必要な書類を回収しに来た皇子の教育係であり、同じ
皇子はあいまいにうなずき、思い切って聞いてみる。
「ターゲスアンブルフ卿は、ずいぶんと、国益に忠実な臣下だと思わないか」
「…………は?」
「神女の有無を明瞭にする
「…………」
ブリッツは懸命にも無言を貫き通した。
彼は知っている。皇子がターゲスアンブルフ卿にひそやかな憧憬を抱いていたことを。
彼は知っている。巷間では、かのターゲスアンブルフ卿が実は幼女好きという噂が飛び交っていることを。
おそらくは皇子も薄々勘付いているにちがいない。だが時として、特に人間は、都合の悪いものに蓋をする。そう、蓋をしなければならないときがあるのだ。主に自分のために。
(そっとしておくべきか)
ブリッツの判断は正しかった。
誰であっても、心の傷には触れてはならないのだから。
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