011 kwsk@agë<META無>

 ちょっと気になったんだけどさ。



 リヒトが切り出したのは、シュウと差し向かいになっているときだった。帝宮にあがる前準備として、もろもろの勉強をしているのだ。挨拶の仕方や貴族の名前、半分は平民として生きてきたリヒトには学ぶべき事柄は多い。


 その合間にふと思い立って、見るからに高価そうな万年筆を置き、体を傾けて頬杖をついた。



「シュウっていま何歳?」



 長い髪をゆるやかに結び、どのような不測の事態にも泰然とした男は、ふむ、と黙考した。



「三十四だ」


「……貴族ってさ、けっこう早くに結婚するだろ?」


「人による。早い者は早いし、遅い者は遅い。そもそも相手がいなければ、できるものもできまい」



「うん……まあ、それでさ」



 歯切れ悪く、言いづらそうだ。それでも長い間の思い悩みだったらしく、機会を逃すまいと覚悟を決めた。



「シュウの年齢なら、ユスラくらいの子どもがいたっておかしくはないだろ? それって世間じゃロ──……………………………」



 りひと は、死神に遭遇した!



「…んんーと……──その辺の法律とか……どうなってるの?」


「特に記載はない」



 りひと は、生き延びた!



 リヒトは冷や汗をぬぐった。



「結婚年齢を制限したところでなんの得にもならん。逆に政略で結婚に臨む貴族には煙たがられるだろうな」


「ああ、割と聞くもんなぁ、そういうはなし」



 六十を過ぎた老人が花盛りの若い娘を後妻に迎えただとか、未亡人が入れ込んだ若い燕と結婚しただとか、庶民は耳ざとく聞きつけるものだ。


 一般に結婚適齢期は十代後半とされているが、それはあくまでも大衆の認識にすぎない。



「そもそも成人とされる年齢ですら定められているわけではない」


「え、そうなのか!? 俺、ずっと十五だと思ってたんだけど」



「あくまでも俗衆の認知であって、法に定められたものではない」


「へぇー。……でもまあ、確かに年齢で区切られてもなぁ。はい、今日から大人ですよって言われても実感なんてないしな」



 誕生日を迎えたばかりのリヒトはしみじみと同意した。


 年齢が一つ増えただけで、ひと月前の自分とほとんどなにも変わっていない気がする。──まあ確かに、ユスラの人狼になった影響で、かなり背が伸びたし、顔つきも変わった。筋力も上がって、俊敏さや視力も向上した。


 だが、それだけだ。


 変わったのはあくまでも肉体的なものであって、内面は以前のリヒトのまま。



(……いや)



 一つだけ。


 ユスラを好きだという気持ちが一つ、加わったけれど、しかし外見と同様に精神が劇的に変化したわけではない。


 かといって、小さな変化でもない。ユスラへの気持ちは日を重ねるごとに加算されている。


 いつか、ふと振り返ったとき、十五歳になったばかりの自分をいとけないと思う日は確実にくるだろう──そう確信させるくらいには。


 そしてそのとき、自分はこの男と、本当の意味で肩を並べられているのだろうか。



「……なんだ」


「いや、なんでもない」



 こっそり目標にしていると知られるのはしゃくだったので、ごまかして、万年筆をまたとった。


 いまは目の前のことに集中しよう。「いつか」を現実の「いま」にするために。

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