006 悪you-NO 了'd//〃ィス
糊のきいたストライプシャツに黒いズボンを合わせる。
ベルトは二本、一本でズボンをきっちり止め、一本で剣を吊る。
シャツに重ねるのは黒のジレだ。人によってはびっしりと金や銀の刺繍がほどこされているが、シュウのそれは隅に縫い取りがあるだけの簡素なものだった。
ネクタイも黒、ジュストコールも黒。
ポケットチーフは差し色として鮮やかな赤を取り入れ、右のズボンポケットに入れた懐中時計の鎖はわざと外に垂らす。
過度な装飾は邪魔になるので、宝石は真珠のカフスだけにとどめ。
肩までで切りそろえた髪に櫛を入れると、きれいに撫でつけて、後頭部できつく縛った。
足元を長靴で固め、マントを羽織り、最後に黒のグローブを身につければ身支度は整う。
姿見で念入りに全体を確認すると、ステッキをとって待たせていた馬車に乗りこんだ。
向かう先は帝宮だ。
ターゲスアンブルフの紋章を見れば、衛兵も無言で道を空ける。
認可された分だけ奥に入りこみ、馬車を降りると不躾な視線を感じたが、シュウは意に介せず颯爽と本宮を渡り歩いた。
「ターゲスアンブルフ卿」
呼び止めた声は知っているものだった。
振り返ると、にこやかな笑顔を貼り付けた男が、やあ、と気安く手を上げる。
「カルトッフェル卿──なにか用でも?」
「つれないなぁ、君と僕との仲じゃないか」
言うなり、馴れ馴れしく肘を肩に乗せてきた。
世界広しと言えど、歩く闇だ、死神だと恐れられているシュウに気安く接せる人間は彼とユスラくらいなものだ。
ふと、最悪な出会い方をした少年のことを思い出す。そういえばあの小僧も恐れをなしていなかった。ユスラの誘拐騒ぎでそれどころではなかったが、彼もまた(いろいろな意味を込めて)貴重な人種だと言えるかもしれない。
カルトッフェル卿については、同時期に宮廷に入ったことに加えて、同性であることや体格の問題も加味し、親しくならざるを得なかった背景がある。
軍務時代、剣の稽古の際には、上背の高いシュウに見合う長身が彼しかいなかったのだ。
武道や剣技において、体格差は明確な差となって現れる。技術を身につければ克服することもできなくもないが、だからといって決定的に覆されるわけではない。あくまでも「できなくもない」範囲なのだ。
未熟な訓練兵ならば、なおさらに。
結果、二人は常に隣に居ざるを得なかった。
「なのに悲しいね。君は僕になんの隠し事もしないと思っていたのに」
実に残念だよ。
含みのある物言いに、シュウは眉根を寄せる。
「なんのことだ」
友人と呼ぶには嫌気の差す男の顔が、少しの悪色をにじませ「やっぱり知らないのか」と、ごくごく小さく呟いた。
「君が宮廷に顔を出さなかった間に噂が流れたんだ。なんでも君が
シュウは眉間のしわを深めた。
「始めは一部のちょっとした噂程度だったんだけど、屋敷に女の子がいるとか、周辺で人狼が目撃されたとか、日を追うごとに噂が追加されてって、いまじゃあ、まことしやか、さも真実ですって言わんばかりの具合だよ。君の唯一の親友たる僕のところにも、真相を知りたがるご婦人方やお偉方がわんさか時間を割り振ってやってくる始末で、そりゃもう大変でね」
置いた肘が離れ、しかし今度は手のひらでぐっとつかまれる。
先ほどの軽い口調とは打って変わって、男にしては高めの声も、耳打ちするように小さくなった。
「君のところに女の子がいることは事実だ。僕以外に知っている人間がいたのか?」
「さて、色恋沙汰はどこからか洩れるものだろう」
追及をかわすように、しれっと言い、シュウはちらりと周囲に目を配った。
帝宮の本宮は王の執務の場だ。出入りする貴族の数は多い。
十人が横に並んで歩けるほど広い廊下にも、ちらほらと人の影が絶えずある。耳をそばだてている者もいるだろう。彼の言う通りならばシュウは時の人だ。口の動きからわずかでも情報を得ようと躍起になっている人間もいるかもしれない。
いわく唯一の親友、らしい男に目を配ると、彼は心得たと言わんばかりに楽しそうな笑顔を作った。
なにげない風を装い、連れだって廊下から庭に出る。
開けていて声は反響せず、風や鳥の鳴き声が邪魔をして、屋内よりも話やすかった。
「屋敷に侵入者が」
ぴゅう、と口笛が鳴る。
「ずいぶんと勇気のある刺客だなぁ。自白したのか?」
「逃げられた」
「おおお、やるなぁ、そいつ。どこの誰かな。お前を出し抜けるなんてそうそういないんじゃないのか? ……あ、じゃあ、肝心のお姫様は連れ去られた後だったりして?」
「いや」
「さすが。となると、失敗したあちらさんも困ってるだろうな。──んで?」
意図がくみ取れず怪訝に顔をしかめると、相手もまたすっと表情を変えた。軽薄な笑顔が消えて、生真面目になった。
「肝心なところがぬけてるだろ、シュヴァルツ・アーベント。あの子……ユスラちゃん、だったっけ? 神女なのか?」
「珍しく深入りするな、エーミール・ヒュッテンバッハ」
軽い口調と話術が示す通り、エーミールは男に対しても女に対しても、常に一定の距離を保っている。親友だと自称しておきながら、シュウとの関係も親密とは言い難い。ただ少し、表面上の秘密を共有することはあったがその程度だ。九割以上が仕事の付き合いだった。
「心配するのも当然だろう。成り行きによっては、僕は人生最大の職務上の相棒を失うことになるんだからね」
ずいぶんと高評価を下してくれているようだ。まさか一生の付き合いを考えてくれているとは思わず、シュウはわずかに驚いた。
言われて改めて考えてみると、シュウも同じ分だけ、エーミールを買っていた気がする。これからさき、なにか大きな活動をすることがあれば、きっと彼に助力を乞うだろう。
「神女なら生まれたときから背中に神紋を背負っているはずだ。女性の肌とはいえ君が知らないはずがない!」
きっぱりと断言され、微妙な気分になった。
が、エーミールは構わず続けた。
「僕に隠し事をしていたことを責めるつもりはないよ。どうせどれだけ涙にくれて訴えても聞いてくれないだろうしね。ただ、うまく切り抜けて欲しい。ブリッツ卿は手ごわい相手だ」
シュウが立たされている立場、現状を把握したうえで、友好的に肩を叩いてくる同僚に対し、感謝の念を抱いた。長く宮廷に身を置いていると、人間関係に疲弊する。エーミールはシュウにとって唯一の例外だった。
「さて世間話はここまでにしよう。実は伝言を預かっていてね、アインホルン卿が君をお呼びだよ」
せいぜい頑張っておいでよ、と送り出され、シュウは無論だと応じた。
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