◇第5話◇どれだけ雨が降っても……(1)
ここ数日、我が家では本当にいろいろなことがあった。
冗談でもなんでもなく、家庭崩壊か?と覚悟すらした。
今度こそ、どうしようもないのか?
憩いの場所のはずの家に漂うピリピリした空気。
みんなの心もバラバラで離れていくばかりで、自分の親としての無力感に打ちのめされていた。
どんなことでもそうだけど、きっかけは些細なことで。
でも、その小さな歯車の狂いが、おかしな具合にずれると、それぞれの抑えていたストレスや不安が一気に出るのだろう。
今回、きっかけを作ったのは末っ子。
それでも、その前から次男は不安定さを見せていたし、気の優しい長男ですら、いっぱいいっぱいの中を必死でやっていてイライラしている感じだった。
わたしはわたしで内科の検査結果で、血液検査6本ほど抜かれて、顔面蒼白フラフラ硬直。
挙句、一つが落ち着いたら、また別の問題点が見つかり。
他の気になる部分も、ちらほらという結果。
主治医の説明は相変わらず不充分。
これじゃいつもの倍、血液抜かれた意味あるの?って感じ。
帰りに寄るつもりだったクリニックへ行く気力もなく、重い足取りで家に帰った。
その夕方のこと。
末っ子は完全に貝のようになって、どんな言葉にも答えない。
次男は次男で思いつめた顔をして泣き喚きながらリュックに荷造り、家出のかまえ。
その挙句、末っ子と次男が険悪ムードになり取っ組み合いの喧嘩。
その後、帰ってきた長男が不貞腐れている下二人とグッタリしているわたしを見てヒステリーのようになって、場は混乱するばかり。
その最中かかってきた実家からの電話もそれに追い討ちをかけるような内容。
八方ふさがり。助けも逃げ場も無い。
わたしはもう、ただ、その中で座り込んだまま、ぼんやりした頭で『此処は地獄か?』と思ってた。
あまりにもショックや衝撃が大きすぎると
人はむしろ、魂が抜けたようになる。
沢山の突き刺さるような言葉も言われた。
” 生まれてこなかったら良かった ”
” お腹の中で死んでれば良かった ”
” お母さんは僕がいなくなった方がいいと思ってるんだ ”
罵詈雑言のかぎり……
心が不安定な時だから。
気持ちが興奮しているから。
本当の気持ちじゃない。
わかっていても、やっぱりこちらも生身の人間。
それでなくとも弱りきった神経に、これは涙も出ないほど、堪えた。
ただただ、サンドバックに徹した。
サンドバックなら年季が入ってる。
亡夫から散々に……だもの。
一番怖いのは我慢しすぎて溜め込みすぎたものが一気に爆発してしまうこと。
ストレスに対する耐性は必要。我慢も必要。
でも人は何処かで吐き出さなきゃ壊れてしまう。
特に子供なら尚更。
穏やかに(なんていうと聞こえがいいが、要するに、わたしもぐったりと気力がなかっただけともいえる。とにかく、あくまで声を荒げないように)言うべきことだけを言った後は暫く、ひたすら黙って聞く。
そうしているうちに言うだけ言って、ぶつけるだけぶつけたら少し落ち着いたのだろう。
まず末っ子が「ごめんなさい」と小さな声で言って寄ってきた。
うんうん、と言って、とにかく抱きしめてやる。
頭を撫で背中を撫で手を握る。
小さな肩が震えて泣いているのを泣き止むまで、そのまま待つ。
それから静かに話しをする。
「 今なら、お母さんの話を聞けるね?」と言うと、真っ赤な目をして頷いた。
これで真ん中と長男も一緒に収まればいいんだけど、そんなドラマみたいな、ご都合主義はない。
ひとりひとり ” その時期 ” は違う。
この時、次男は頭から布団被って、わめきながら泣き寝入りだし。
長男は長男で口もきかないまま、全身で拒否反応を示している。
その夜は、とにかくみんな一晩寝て頭を冷やそう、ということを提案した。
そうして末っ子と一つの約束をした。
「明日の朝、5時半に起きて、バス停2つ分先にあるコンビニに、お母さんと買い物に行こう」って。
買うものは朝食のおにぎりとか飲み物。
コンビニ食で朝ご飯!?ってちゃんとしたお母さんからは呆れられるだろうけど、今の自分の体調と、あと、もうひとつの狙いは早起きと外の空気を吸って歩くこと。
「買ったもの家まで持ってくれるなら一つだけご褒美に好きなもの食べたいもの買ってあげるよ(勿論金額制限有だけど)」
それともうひとつ、大切な約束を。
小指だけの ”げんまん” じゃなくて、五本指の約束。
お互いの掌と掌を合わせる。
それだけ強い誓い。信じるというしるし。
末っ子はわたしのお腹を枕にするみたいにして、手を握って安心したように眠った。
わたしは氷枕して薬飲んで。少しうとうとした。
万が一でも寝過ごすことのないように。
携帯の目覚まし機能を時間差でセットして枕元に置いて。
─ (2) に続く ─
*この頃のこと*は次回に一緒に記載します。
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