第97話 魔王領へ

 大陸の奥深く、人間の知らない魔族の大地に、吸血鬼たちは街を作っている。

 吸血鬼にとって人間とは食料であり、同時に労働力でもある。

 ほとんどの吸血鬼にとっては人間など恐るべき存在ではないが、その食料としての価値から、逆に人間を滅ぼせない。

 人間と共存はせざるをえないが、他の人間諸国家との人間の扱いが全く違うので、吸血鬼の領土は魔族領の最も奥深くにある。


 そして吸血鬼と同盟を結んでいるのが魔人族である。

 魔人族は寿命が長く魔力が多く肉体的にも頑健という、完全に人間の上位互換の種族であるが、繁殖能力が極めて低い。

 逆に強いからこそ、繁殖能力が低くても大丈夫と言えるのだろうが。

 魔人族は背中に蝙蝠型の羽、頭に角を持った、前進が茶褐色から紫色の、外見をしている。

 これに対して天翼族は鳥型の羽に金色の髪と白い肌を持ち、同じく魔族で羽まで持っているが、種族間の交配は不可能である。

 人間が種族的には弱くても滅ぼされないのは、どの種族とでも交配が可能であるという、この希少性が古代ではあったのだろう。


 そんな人間が手に入れた最大の武器が、宗教であろうか。

 観念的な思考により、人間は神を生み出した。

 その概念上の存在であったはずの神が、人間の集合的無意識から生まれた。

 その権能を利用した知恵により、人間は社会組織を作り、他の種族を上回り、霊長にまで達した。


 魔族だけではなく、人間が妖精種と呼ぶ、友好的亜人も、神は信じない。

 なぜなら長命のハイエルフや、吸血鬼の真祖たちは、まだ神話の時代を正しく記録しているからだ。

 その知識に関しては、人間の間では知られていない。

 雅香などは知っていたはずであるが、この知識をまだ保有しているがゆえに、吸血鬼とハイエルフは、人間以外の種族からは神の使徒のように思われている。

 そう、食料にならないエルフやドワーフなどは、本来吸血鬼と敵対しないのである。




 雅香が魔王時代に作った軍は、かなり命令系統は単純化されていたが、方面軍を率いる四人の軍団長が四天王と呼ばれていた。

 三眼族、人狼の獣人、鬼人族、ダークエルフがそれを率いていた。

 能力では圧倒する吸血鬼や魔人族がその地位にないのは、種族の個体数が少なかったためである。

 また吸血鬼は活動できる時間が限られていたというのも理由だ。


 今の戦争は、その吸血鬼と魔人、そしてダークエルフの部族と、旧魔王軍が争っているのだとか。

 そして旧魔王軍ということは、獣人や三眼族、そして一人一人が化け物レベルの強さの親衛隊が、その配下にある。

「純粋な戦力的には、旧魔王軍側が圧倒するのですか?」

 リューグの問いに、悠斗もラグゼルも返答は難しい。


 悠斗の前世において、人間の軍は魔族の軍と戦うことは多かったが、悠斗自身が戦場に出た回数は少ない。

 悠斗の役目はあくまでも強大な個体の魔族を倒すことで、言うなれば暗殺が近い。

 最後の魔王との決戦にしても、前線の視察に出てきた魔王を、その機会を狙って倒したのだ。

 まあ雅香曰く、勇者相手にはあまり意味がないので、精鋭の護衛はつけていなかったそうな。

 もし親衛隊が三人ほどいたならば、あの勝負は相打ちにはならなかっただろう。


 そして純粋な会戦や攻城戦などを考えると、魔族の主力はゴブリンやオークになる。特にゴブリンだ。

 ゴブリンを統率する鬼人族を魔王から切り離した時点で、戦争の大勢は変化したのだと言ってもいい。

 戦争は例外もあるが、数を揃えた方が勝つ。

 ゴブリンが統率する鬼人族と共に魔王軍から離れ、ゴブリンがただの害獣となった時点で、大規模戦闘はどんどんと人間側が有利になっていった。


 それでも押し切れなかったのは、単純に個体としての戦闘力が高い魔族が、ゲリラ戦に近いことを行ってきたからだ。

 魔族領の深くに侵攻するにおいて、当然ながら人間同士の戦争と違い、魔族の生産者層は魔族領の奥に逃げるか、あるいはそのまま軍に追いつかれて殺されていった。

 すると現地調達も難しくなるわけだ。特にゴブリンの主食となる作物などは、人間には食べられないものも多い。

 補給線が切られたことによって、人間軍は停滞。

 その後腹を減らしたところを夜襲などで攻撃され、退却せざるをえなくなったわけだ。


 下手に雅香が魔族の近代化をゴブリンレベルまで上げていたら、焦土戦術ぎみにこの侵攻を止めることは出来なかっただろう。

 かくして魔族は一般兵を失い、人間は補給が出来ないという、まさに睨み合いの状態になってしまったわけだ。

 そこで魔族軍は編成を変えた。

 人口の多い獣人が、前線に立つことになったのだ。ここに鬼人族と獣人族の戦争の元がある。


 魔族の中でも比較的知能の低い、ゴブリンやオークは使役される種族である。

 極端に言ってしまえば、地球での家畜にあたる。

 その家畜を使わないせいで、獣人族が戦争の矢面に立たなければならなくなったというのが、鬼人族と獣人族の戦争の原因だ。

「ゴブリンは地球で言うところの、前近代の黒人奴隷扱いなのかな」

 悠斗としてはそれでも同じ人間じゃないかと思うのであるが、人間至上主義の人間ならばともかく、ラグゼルなどに言わせると、知能があって対話が出来れば、それは同じ人間である、ということになる。

 彼は知識に対して貪欲であるがゆえに、長命のダークエルフや吸血鬼にさえ、対話が可能であれば対話しにいく。


 もっとも吸血鬼にとって人間は、家畜である。

 家畜であっても自分に懐いていれば、それなりに情も湧く。

 人間が犬や猫を飼うのと同じ感覚で、吸血鬼は人を飼うだけだ。




 悠斗が考えるに、かつての黒人差別、あるいは有色人種差別というのは、同じ人間ではないとでも思わない限り、物として扱えないので生み出した価値観なのだろう。

 現代の、しかも人種差別がほぼ無視出来る日本に育った悠斗にとっては、理解出来ない基準である。

 もっともかつて人間が黒人をゴブリン扱いしていたというのは、さすがに知能が違うので無理な例えではある。


 最も会戦に向いた種族であるゴブリンやオークやオーガがいない現在、魔族同士の争いで前線に出るのは、獣人が多くなるだろう。

 対する吸血鬼、魔人、ダークエルフの連合軍は、その支配種族ではなく被支配種族を前面に出さざるをえない。

 どの種族も繁殖力が弱く、数も少ないのだ。戦力としては強くでも、再生産性では弱い。

「ならば現在の親衛隊中心軍の方が、優位なのですか?」

「まあ単に数だけならそうなんだろうが、ダークエルフがいるなら話は変わるんだよな」

 ダークエルフは別に本来なら魔族と呼ばれる生態を持っていない。

 かつてハイエルフから分かれた、二つの種族のうちの一つというだけだ。


 ただエルフと違うのは、世界樹というものを持っているかどうかだ。

 エルフは神を信じないが、精霊との親和性が高く、世界樹という崇拝対象を持っている。

 微妙な生態の違いと、生活圏の違いから、二つの種族は争っている。

 本来なら別に争う必要などないのに、争ってしまっている。

 同じユダヤ教を基としていても、キリスト教とイスラム教が争うのと同じようなものなのだろうか、とも悠斗は考える。


 とりあえずダークエルフが戦争に参加しているというのは、それだけで一つの脅威である。

 エルフは精霊を使役する。精霊とは大自然の中にある、ある程度の志向性を持ったエネルギーのことだ。

 強大なエルフはそれを幾つも使役するので、人間の雑魚の兵士がいくらいても勝負にならない。

 たとえば前世でもエリンなどが、一人で二万の魔族を殲滅したことがある。

「ダークエルフと戦うなら、エルフの協力が必要だな」

 ラグゼルもそれは分かるのだが、現在のエルフは森の中に引き篭もって、好奇心の強いわずかなエルフがいるだけだ。

 エルフは例外なく美形というのはオーフィルでも同じであるので、この老いない美貌を目当てに、エルフを奴隷化しようと考える人間は多い。

 だがそれも承知の上で人間社会にいるエルフは、とてつもなく強くて当たり前である。


 エリンとの連絡のためにも、まずは雅香と合流しなければいけない。

 そう思って魔王城へ向かう悠斗たちであったが、またもそれは空振りすることになる。

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