第96話 獣人族

 獣人族は基本的に肉食である。

 狼や虎、特に狼は犬に近いため、雑食ではあるが、基本的には肉食だ。

 そして牧畜もしないわけではないが、基本的には戦闘力の維持も兼ねて狩りを行う。

 訓練ではない、実際の戦闘経験だ。殺されかかった獣は、魔物でなくとも狩人に襲い掛かる。

 それが実戦となって、獣人族の強さを保つ。


 そんな獣人は当然ながら広範な狩場、あるいは縄張りというものが必要であり、普段は森の中を小集団に分かれて暮らしている。

 だが集団をまとめる存在も当然ながら必要であり、それがこの奇岩城というわけだ。

 岩山をくりぬいたこの洞窟には、200人ほどの獣人が住んでいる。

 そしてその周辺は例外的に森が切り拓かれ、数万人の獣人が街を形成しているのだ。


 その中を悠斗たちは進んでいくのだが、当然ながら目立つ。

「そういえば獣人のまとめ役に会うにしても、何か伝手はあるのですか?」

 堂々と進んでいたので聞かなかったが、今更ながらリューグがそれを口にした。

「鬼人とはともかく、獣人にはないな」

「え、それでどうやって会うのですか?」

「力ずく」

 悠斗の答えにリューグが絶句しているが、どうやらいまだに人間社会の常識が頭を支配しているらしい。

「ここは魔族の領域だぞ。強ければそれでいいんだ」

 当然ラグゼルも共に、頷いている。


 強さが正義なのではない。秩序が軍事力に依存しているのだ。

 人間と違って神の加護を得られない魔族は、権威というものを作りにくい。

 よって力による支配で、一番力のある者の統治を他が受け入れる。

 一番上の者は、下手な統治をすると下がまとまって反乱してくるので、知恵の回る人間を置いて、それなりの統治をせざるをえない。

「分かるような、分からないような……」

「魔族は軍事政権の要素が強いし、人間とは文化が全然違うけど、民意が反映されるのは割りと人間国家よりも大きい気はするな」

 悠斗の言葉はもう何度目かは分からないが、リューグの固定観念を打ち壊す。


 ラグゼルとしては、世界は知恵によって治められるべきである。

 だがその知恵が浅知恵であったり、詭弁であったりしては意味がない。

 そして現実と理屈で差があるならば、それは現実が常に正しくなければいけないのだ。




 そんなことを喋りながらも、三人は奇岩城の入り口へとやってきた。

 知識としては知ってるが、勇者パーティーもここにやってきたことはない。

「賢者ラグゼルと新たな勇者だ。獣人族の長ガロに会いたい。取り次げ!」

 体格で頭一つほども違う相手二人に、堂々と言い切るラグゼルである。

 身体強化があるので、体格差は見た目ほどはないのだが、それでもある程度は見た目がものを言う。


 そして入り口を守る戦士は、ごく一般的な獣人であった。

「そんなもんは知らん! 通りたければ力ずくで通ってみろ!」

 ですよねー。


 悠斗は鞘ごと剣を抜くと、リューグに渡す。

「じゃあ力ずくで通るぞ。かかってこい」

 ここでまだ口喧嘩が続かず、いきなり殴りかかってくるのが魔族のいいところである。

 それも二人がかりではなく、ちゃんと一人は入り口の番を離れない。


 魔族の接近戦は、基本的には打撃戦である。

 特に獣人族は、鬼人族以上に実戦の狩りの経験を重視する。

 獣に人間の関節技や投げ技が効果的でないのは当然である。

 特に獣人は己の身体能力を頼むところが強く、鉤爪や牙などを武器にするため、投石以外では武器術も秀でてはいない。


 だがこの場合は、獣人もあえて悠斗を殺そうとはせずに、適度に痛めつけようとしている。

 ならば技術を持つ悠斗が勝つ。


 勢いを加えるために振りかぶった腕を叩きつけようとするが、悠斗は重心を落として相手の足を刈る。

 獣人は跳躍して体を回転させ、地面に伏す悠斗に蹴りを加えようとする。

 悠斗はそれにタックルし、足払いをかける。背後を取ればそこから片手を極めつつ、首を絞める。


 絞め技は本当に実戦での対策を知っていれば、いくらでも解く方法はある。ただし殺し合いであればまた別だが。

 この獣人はそういったことには詳しくなかったようで、無駄に暴れて三秒をロスした。

 そして気を失う。悠斗もすぐさま絞めを解く。

 もう一人の獣人は、おそらくこいつよりも手練なのだろうが、一対一の勝負には割り込んでこなかった。

 もっともこちらにはラグゼルとリューグもいたが。




 力ずくとは言ったものの、本当に力ずくでどうにかしようとは思っていない。

 力を示した後、悠斗は残った獣人に向き直る。

「そういうわけで、長に会いたいんだが」

「残念ながら今、長はここにはいない」

 またかよ。


 散々肩透かしには慣れてきた悠斗たちであるが、入り口の番人は勤務時間を終えた後、酒場に悠斗たちを誘った。

 獣人は人間と敵対しているのではとリューグは言うが、それは勘違いである。

 人それぞれだ。


 確かにこの数百年は、獣人も魔族扱いで人間の諸国家と戦うことが多かったが、それはあくまでもこの大陸のこの地方の話。

 少し離れたところでは、普通に人間と獣人が共棲する村などもある。

 獣人は体力に優れていて肉食であり、数人で人間の村に住む。

 農耕による食糧自給がほとんどの農村の場合、獣人は防衛力であると共に、肉の提供者になる。

 それに対して人間が提供するのが、生活用品や住居などとなる。

 獣人は基本的な性質として、何か一つの技能を集中して獲得するという適正がない。

 人間は毎日畑を耕したり、工芸品を作るのに向いた種族なのだ。


 そして獣人の長がいない理由は、魔族領のもっと奥深くで、内乱が起こったことが原因である。

 なんでも魔王親衛隊と、魔人族が戦争状態に入ったとか。


 雅香の仕業だ、と直感的に悠斗は思った。

 詳しいことまでは分からないが、どうやら魔族全体の支配権を争う戦争らしい。

 獣人の長も、数名の戦士を伴ってそれに参加するのだという。


 人間の方は人間の方で、魔族の方は魔族の方で、どちらも戦争が起こる。

 人間と魔族の間の戦争が終わっても、また違う戦争が起こるというのは皮肉である。

(まあ地球だって同じことか)

 第二次世界大戦による分裂は、敵同士であった日本とアメリカを同盟させ、ドイツは分裂し、アメリカとソビエトが敵対した。

 今でも大規模な戦争は、魔物の脅威に対抗するため制限されているが、安全な場所を確保するための戦闘行為は普通に行われている。




 強い者はもてなすという主義の獣人に誘われ、悠斗たちは門番の年長の方の獣人の家に泊まることになった。

 ここで注意しなければいけないのは、獣人同士の場合、その家の娘などを寝所に入れることがあるのだ。

 これは少数団で森の中で暮らしている獣人にとっては、結婚と言う手段で血をつなぐことの他に、旅人の血を入れることによって集団を維持するという風習があるからだ。

 もっともここは例外的な街であり、悠斗たちも人間のため、そういったことはない。


 そういった種族の風習は別として、問題は目の前の戦争だ。

 鬼人族と獣人族の戦争が停止したと思ったら、今度はまた違うところで戦争が起こる。

 魔物の被害で、まともな戦争は起こらなくなった地球であるが、争い自体はいくらでも起こる。


 そもそも魔族と一口で言っても、敵性の亜人をそうまとめてしまっているだけで、実際に生活圏も違えば生態も違い、人間と共存出来るかどうかでも違う。

 獣人は本来なら、オークやゴブリンを支配する鬼人よりも、人間とは共存しやすいはずなのだ。

 問題なのは結局は、権力を巡る支配権なのか。

 ただ地球の場合はかつて、より国民全体を豊かにするために、先進国と名乗る国家が資源やエネルギーを独占していたが。


 日本の場合は、魔物の出現以前と比べて、明らかに暮らしにくくはなり、生活の質も落ちたと言われている。

 ただそれでも比較すればマシな方で、広大な国土を、よりゴブリンの生存に適した温帯などに持つ国家は、格段にその力を減らした。

 以前よりもずっと豊かになったと言われるのは、たとえば台湾やアイスランドなどの島国で、特にアイスランドは通常ならゴブリンも生存が難しく、ほぼ被害がない国である。

 日本の場合、ゴブリンの根絶に成功した沖縄などは、人口が増えているそうな。


 言うなればこれは、害獣問題ではあるのだ。

 別にゴブリンに限らず、人類は他の生物と地球の覇権を争ってきた。

 今それが難しくなっているのは、ゴブリンの知恵と道具作成能力が、これまでの害獣より圧倒的に優っているからだ。

 地球の平和もオーフィルの平和も、まだ遠い未来のことだろう。

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