第98話 魔界大戦

 魔族はあまり群れないとは言っても、程度問題である。

 転生を重ねて人間の社会を知っていた雅香は、魔王として効率よく魔族を運用するために、その本部を作ることにした。

 その魔王の都の名はアレクサンドリアという。


 アウグストリアにアレクサンドリアという名前なら、地球人でも気付いてほしい。

 おそらく雅香はそういうつもりだったのだろうなと、今なら悠斗もちゃんと分かるのだ。

 ただ前世の悠斗は、ごく普通というにはあまり読書もしない人間だったので、アレクサンドリアという地名はともかく、アウグストリアは分からなかった。

 世界史は苦手だったのだ。


 オーフィルのアレクサンドリアは魔族領域で最大の都市であるが、それでも人口は10万。

 この世界の人間の国家にならば、その程度の人口の都市は10以上存在する。

 大陸の外に出れば、さらに巨大な都市は存在するのだろう。

「実際のところどうなんだ?」

「この世界で一番大きな大陸は、この大陸だな。人口も一番多い」

 悠斗の問いにすぐに答えられるラグゼルである。


 彼は地球への門を作るときに、オーフィルの天体の特徴を調べたのだ。

 他の大陸の文明はあまり発達していない。そもそも人間自体が少ない。

 どういうことなのかは歴史を調べてみないと分からないが、ラグゼルの専門は歴史ではない。そもそも歴史よりは神話の話であるらしい。

 ただ言えるのは、他の大陸では亜人や魔族が多いのだ。


 人間のみが多くの亜人や魔族と交配可能であるという点から、おそらくほとんどの亜人や魔族は、人間から枝分かれして生まれたのであろうという論がある。

 人間至上主義とも思えるが、実はその論で言うなら、人間は他の種族を生み出すための叩き台でしかなかったとも言える。

 神でさえも亜人や魔族が枝分かれした後に誕生した存在であるため、詳しいことは知らなかった。

 これはハイエルフのエリンでさえ知らなかったことで、ハイエルフの長老であればひょっとしたら知っているかもしれないという問題であった。

 そのあたりは魔王討伐が終わったら、一緒に聞きに行こうと約束をしていた。


 雅香の論では、おそらく世界各地の環境で生きるために、何者かが手を加えたのだろうというのが彼女の見通しらしい。

 雑食で繁殖力に優れたゴブリンや、個体として強力な鬼人や獣人。

 結局はその勢力は、人間に押されていったわけだが。

 ひょっとしたらそのままに、魔族たちは他の大陸で繁栄した方が良かったのかもしれない。

 もっともそれは、この大陸の魔族がほぼ絶滅するということが前提になってしまうが。


 特に吸血鬼とグールは、人間との共存が嫌でも必要となる。

 どちらも人間の血液と肉が必要になるので、どの要素が本当に必要なのか分かれば、共存の必要もなくなるのかもしれないが。

 だが雅香は、その方面の研究はしなかった。

 彼女としては多少は歪でも、相互互恵関係の種族が安定していると思えたのだろう。




 そんな雅香は、魔王軍の中枢は把握したらしい。

 アレクサンドリアは軍事都市ではあるが、一般人が全くいないというわけではない。

 新たなる魔王が降臨し、親衛隊と一部の種族を掌握したと話が流れている。

 実は魔王が復活したのだと言う者もいる。

 どちらも正しいが、要点は既に魔族の一般層が、新しい魔王を受け入れているということだ。

 このあたりは血統の正当性など関係なく、実力主義である魔族はやりやすかっただろう。


 その雅香は、現在前線にいるそうだ。

 魔族内での対立は、鬼人族と獣人族の間が休戦状態である今、親衛隊を中心とした旧魔王軍と対立しているのは、吸血鬼、魔人族、ダークエルフの三種族である。

 正確にはこの三種族の支配する人間の数が最も多いのではある。

 どの種族も個体数は少なく、正面からの決戦には向いていない。

 強力な種族ではあっても個体数が少ないのであれば、一人の損失が大きな損失となっていくからだ。

 対する魔王軍は支配下の人間と、獣人、鬼人族の支配下ではなかったゴブリンやオークなどで戦線を構築している。


 極端に言ってしまえば、対魔王軍は、小中の指揮官が層が薄い。

 そしてそれを失っても、補充するのは容易ではない。

 対して新魔王軍は他種族混成でありながら、兵員の数では圧倒的に上回る。

 だが拠点防衛ならばともかく、会戦においては兵数を揃えてもあまり意味はない。


 新魔王軍がアレクサンドリアを出たのは三日前のこと。

 急げば間に合うが、運が悪ければ戦闘の真っ只中に入ってしまう。

「門を開いた時の協力者もいないな」

 ラグゼルはそんなことを言った。

「協力者か。三眼族の?」

「ああ、四天王のジドーな」

 三眼族は肉体的には長寿なだけで人間とそう変わらないが、魔力は平均で人間のおおよそ五倍はある種族である。

 ただオーフィルの人間は、個体差が大きい。

 ラグゼルなどの魔力も、三眼族のトップレベルと同じぐらいはある。それに戦闘において必要なのは、単に魔力の総量だけではない。


 ここまで散々足跡を追って来たのに、まだ再会が出来ない。

 何か呪われているのではとも思うが、そういう呪いは存在しない。

 あるとしたら運命か。


 それに三日前ならば、飛行していけば今日中に間違いなく追いつく。

 だが詳しく聞いてみれば、そんな単純な話でもないらしい。


 ダークエルフの率いる軍が、その隠密性を活かして、すぐ近隣にまで迫っていたのだ。

 つまり三日前に出陣して、既に戦闘に突入している可能性はある。

 勝報が届いていないということは、まだ戦闘中である可能性が高い。

「どうする?」

 ラグゼルが今更の問いかけをしてくるが、ここが最後の一歩だと思う。

「決まってる。行くしかない」


 英雄が誰かの放った一矢で命を落とす。

 そんな戦場へと、三人は向かう。

「まあ実際に戦場に突入するのはお前一人だな。俺は戦場の外で、リューグを護衛に見守っているから」

 不服そうなリューグの表情ではあるが、悠斗もそのつもりである。

 勇者に与えられた加護は、強い運命の力でその身を守る。

 それを破って倒すには魔王のような傑出した力がやはり必要になるのだ。


 今度こそ、目指していた者に会える。

 そこは多くの運命の集約する場所であるような気もする。

 魔王と勇者の再会は、もう近い。

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