第91話 戦闘種族

 人間というのは不思議な生き物である。

 エルフほどに長寿でもなく魔法にも優れず、獣人や鬼人ほど身体能力や頑健性に優れず、生存力や繁殖力ではゴブリンにも劣る。

 それなのに魔王の出現以前は、エルフやドワーフなどの妖精族とも呼ばれる友好種族を別とすれば、魔族全体を圧倒して世界の覇権を握ろうとしていた。

 なぜこれほども脆弱な種が、万物の霊長となるまでに至ったのか。

「環境に適応出来る事と、環境を変化させることに優れていたからだろう」

 そう言ったのはラグゼルではなく雅香であった。


 個体で見れば人間より優れた種族はいくらでもあるが、種族の集団としてみた場合、一番人間が生存に適していたからである。

 たとえばエルフ。長寿で魔法のみならず精霊の行使まで行い、実は肉体的にも人間より治癒が早いし、病気にもなりにくい。

 だが繁殖力で圧倒的に差があるため、その領域さえ侵さないのであれば、人間を認める。

 ドワーフもそうだ。エルフほどではないが長寿であり、肉体的に頑健で怪力を誇る。

 しかし性質的に計画性で劣り、種族全体の傾向として戦闘はともかく戦争は回避する。

 鍛冶と酒と洞窟の種族なので、人間のような競争心や向上心が、支配欲として現れない。


 本来では魔族ではなかったが、人間にその居住圏を奪われつつあったのがケンタウロスやアラクネである。

 ケンタウロスはその習性として、走ることを好む。なので自然と草原での遊牧を好む。

 人間が同じく遊牧をしても、ケンタウロスほどに効率よくは行えない。そもそも草原地帯は農耕には適していないので、人間とは棲み分けが出来ていた。

 アラクネはオークとは逆に女だけの単性種族であり、人間社会の爪弾き者の男が、種馬として甘やかされるという社会であった。働けない男のセーフティネットとして存在していたのだ。

 それに純粋に戦闘に強い種族なので、人間も下手に敵対しようとは考えなかった。




 さて、では鬼人族はどうなのか。

 オーガやオーク、そしてゴブリンの上位種などと言われているが、実際にはそれらを使役しているだけで、種族的に交配が可能であったりはしない。

 それでも魔族の特徴である戦闘力至上主義なのは、配下の種族が力にしか従わない単純な種族だからである。


 鬼人族の長、あるいは王とも言える存在は、はっきり言って名誉以外に利点がない。

 複数の妻を娶って、強い遺伝子を残すという権利はあるが、それでも最後に成す仕事が過酷なのだ。

 それは衰えが見えてきたら若い戦士と戦って、殺されなければ行けない。

 この家父長殺しという儀式を経て、鬼人族は新しい族長の誕生を祝うのであった。過去形である。


 現在は衰えを悟った族長が布告を出し、腕に覚えのある者が部族から出て、戦いあって競い合って、最後まで残っていた者が王となる。

 これは点在する里の長が、家父長殺しの制度を既に廃止していたのを、全体にまで浸透させた魔王の業績である。

 そもそも鬼人の最強の戦士であっても、魔王に比べれば弱者。

 何より長年種族を率いてきた長を、引退後も使えるという利点が大きかったのだ。

 長ではなくなった時点で、新たな妻を娶る権利は喪失するし。


 ある程度人の文化に近付いた鬼人族が、人間と手を組めるようになるのは当たり前であった。

 まして人間は農耕を知っており、獣を狩るより家畜を育てるより、よほど変換効率のいいエネルギーの生産が出来る。

 もちろん種族として鬼人やオーガは肉食を好むが、オークやゴブリンは完全な雑食である。




 それと対立しているのが、獣人族である。

 だが実は獣人族も、大きくは二つの系統に分かれている。

 人間に獣の特徴が出ている獣人と、人間から獣人に変身する人狼と人虎である。

 前者が主に獣人と呼ばれていて、後者はそれぞれ人狼と人虎と呼ばれている。

 両者の差異は、前者が身体的能力に優れているのに対し、後者は変身する前はあまり人間と変わらない能力で、そして魔力に優れていることだろう。

 あと獣人はほとんど肉食であるが、人狼人虎は雑食である。


 そして鬼人族と同じく、力による支配が一般的だ。

 メンタリティはどちらの種族も同じぐらいであるが、どちらかと言うと人狼や人虎の方が人間との話は通じやすい。

 それはおそらく変身前の姿が、人間と同じだということもあるのであろう。

 ただ価値観はやはり魔族のそれだ。


 悠斗が前世の勇者時代でも思った、魔族は人間より優れていることの一つ。

 それは能力主義であるということだ。

 人間の場合は重要視されるのは血統だ。神の前には平等と唱える神殿でさえ、出身の家門名は重要視される。

 無能な王を上に抱けば、それだけで国が傾く。ただ魔族との戦時下においては、そんな無能は排除の対象となり、軍の支持を得た者が、王位継承権さえあれば前王との血縁の近さとは無関係に王となることが多かった。

 だがある程度の血統が必要とされるのは、人間の社会がシステム化され、その統治方法を学ぶのは幼い頃からでないと難しかったからだ。

 人間の政体の中でも、都市国家や自治都市の中では選挙が行われていたりするが、被選挙権を持っている人間も、選挙権を持っている人間も限定される。

 当初は遅れている文明だと思った悠斗であったが、この学力格差のある世界では、社会の未来を見通せる人材でなければ、社会集団を率いてはいけないのだ。

 ようするに、バカは政治に参加出来ないのである。


 それはそれとして、鬼人族と獣人族である。

「鬼人族の族長はバーグルか」

 悠斗が鬼人族を人間側に寝返らせることに成功したのは、彼が族長になるのに協力したからである。

 当時はさほど気にしていなかったのだが、ゴブリンやオークを傘下に置く鬼人族を人間側に引き込んだのは、かなり重要なことであったのだ。

 全てのゴブリンやオークを支配下に置いたわけではないが、単純労働をこなすゴブリンを離反させたのは、兵站破壊という点で大きな意味があった。

 ゴブリンは弱いが、それでも簡単に補充できる戦力である。

 どれだけ巨大なピラミッド型の組織でも、一番下の基礎が一番多いのは変わらない。

 勇者である悠斗の仲間にとっては雑魚であったかもしれないが、前線で働く兵士たちを一番殺すのは、やはりゴブリンなのだ。


 まずは、鬼人族のバーグルと接触する。

 そして現在休戦期で小さな戦闘しか起こってないこの状態から、完全に終戦状態にまで持ち込む。

 問題は雅香がどこにいるかだ。




 全ての説明をするのに必要だったため、魔王の転生までリューグには説明した。

 だがラグゼルと違い、この世界の価値観自体を疑うという思考をしていなかったリューグは、とりあえず混乱するだけだったようだ。

 思考の仕方というのは、実は学問においても研究においても、そして政治においても大切なことだ。

 これがあるかどうかだけで、勉強の出来るバカと、勉強の出来ない賢者が生まれると言ってもいい。


 悠斗も前世においてオーフィルでは、地球の政体を語るのは禁じられていた。

 問題なのは民主主義と、義務教育だったのだ。


 オーフィルの人間社会において、支配者階級の財産というのは、軍備力でも経済力でもない。

 学問と、それを伝授するシステム。そして学問がなければ動かせないシステムなのだ。

 これがないため平民は、尊厳も持たなければ人権も持たない。

 貴族と平民は別の生き物、貴族は平民の上位存在であり、ここから脱出するには戦争の名を上げて貴族になるか、商人として富を集めて貴族の爵位を買うか、聖職者になるしかない。

 聖職者も出身階級によってスタートは違うが、それでも一番公正なのは聖職者階級であったろう。

 なにしろ実績と実力が、ちゃんと評価されるのだから。戦争や商売と同じだ。


 学問のある人間が、学問がないと上に行けないシステムを作り、学問を独占する。

 世襲政治家などで問題になっていた日本であるが、義務教育と公立の高度教育機関があったという時点で、圧倒的にオーフィルよりも成り上がる機会は多いのだ。

 それを説明された時、リューグが受けたカルチャーショックは凄まじかった。

 自身は勇者の息子ということで、幼い頃から父の血筋で優遇されていたのは分かっていたからだ。

 ちなみにラグゼルも富裕な商人の三男坊で、商売向けの学問よりも、研究よりも学問に向いているだろうと判断されて、賢者の学び舎の門を叩いたのだ。


 考えてみれば、と悠斗は思う。

 地球の能力者組織は、ほぼ血統主義だ。

 それは代々、強い能力者の血統しか残してこなかったことから分かる。

 だか問題なのは、判断の基準がいくつもあるということなのだろう。

 両親が共にオリンピックメダリストのフィジカルエリートには、別に頭脳を期待するわけではない。

 十三家の巫女姫は、特定の能力に優れていればいいわけで、戦闘力はやはり求められていない。

 価値観や文化が全く違う魔族領へ行く前に、色々と考える悠斗であった。

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