魔族領域

第90話 魔族の大地へ

 魔族と一言で言っても、実は多くの種族がいることは既に知っている。

 そして単純に人間と敵対している種族である場合と、存在の時点から人間との共存が困難な種族がいる。

 ほとんどの魔族は実は人間と敵対しているだけで、魔王の統治以前は人間からは狩られる側、抑圧される側の存在であった。

 そして存在の時点から人間との共存が困難な種族でも、種族的な本能からそうなのと、知能的な違いなどにも分けられる。


 たとえばゴブリン。これは繁殖力以外、人間とより優れたところもない、魔物と言ってもいい魔族である。

 魔族の中でも下等な存在と思われていて、そもそも高度な思考が不可能なため、魔王も数の戦力としてしか使わなかった。

 しかし単純労働には優れているし、毒などにも強い種族なため、人間には生存の難しい荒地でも生きていけるという生存能力を持っている。

 数で攻める手段を魔王は使う場合も多かったため、上位種族と思われている鬼人族に管理を任せていた。

 だが放っておくと繁殖力が強すぎるので数が増えすぎるので、戦争で消費するか人間に殺してもらうしかなく、雅香も不毛の大地の開拓にしか戦争以外では使おうとは思わなかった。

 小集団を人間の棲息圏に放り込むと、兵站線を破壊してくれる程度には賢いため、将来的にはどうしようか雅香も迷っていた種族である。


 同じように知能の違いで人間の価値観と上手く付き合えない種族に、オークやオーガがいる。

 オーガは人間を、害獣と判断している。食料にはなるがそれ以上に、成長した雄が武装して殺しに来るからだ。

 だから基本的に単体で見つけたら殺すし、自分たちの群れの方が大きければ、集落であっても自衛のために滅ぼす。

 これもまた魔王の統率以前は、辺境に圧迫されて絶滅の危険があった。


 オークはそれ以上に問題があった。頭は悪いのだが、実は温厚な種族であるオーク。しかし致命的に人間に、特に男にとって問題があった。

 オークは単性の種族であり、繁殖に他種族の女、あるいは雌と言える存在が必要であるからだ。

 下手な貧しい農村などよりは、人間の女性もオークに攫われた方が幸せ、な状況もある。

 それが受け入れられないのは単純にオークの外見が人間には醜い範疇に入るのと、長年の人間が作り出してきた常識という名の人間至上主義にある。

 この状況ではオークは繁殖のために人間を攫うなり、あるいは他の魔族から妻を娶る必要がある。

 なおオークは子供も全てオークの男であるため、近親交配を考える必要があまりなく、普通に妻を共有する。


 人間の血液からしか必要な栄養素が摂れない吸血鬼や、人間の肉からしか必要な栄養素が摂れないグールなどもいるが、はっきり言って人間が価値観を変えれば、ほとんど解決する問題である。

(と言っても前世の俺はそんなこと考えなかったし、一度他の種族のいない地球に帰らなければ、雅香の説明も理解出来なかっただろうな)

 鬼人族領域への旅の途中で、詳しく状況を聞いてみる。




 魔族の中で明確に争っているのは、人間と同盟を結んだ鬼人族、その配下のオーガやオーク、ゴブリンと、獣人族になる。

 もっと単純に言うと、鬼人族と獣人族の争いだ。

 その理由を人間の価値観や常識、人間至上主義の思想を除いて考えると、一つだけ明確な問題が出てくる。

 人口問題だ。


 魔族と人間の全面戦争において、ゴブリンは畑からいくらでも湧いてくるような、便利な兵士であった。

 しかし戦争の規模が縮小すれば、その数は増えるだけになる。

 雅香としてはゴブリンには避妊の方法を教えるのと、習慣を変えて人口爆発を防ぐ必要があるかと思っていた。

 あとは人間などの他の種族では棲息出来ないような、苛酷な環境を与えればどうにかなる。

 それでもやはり、ゴブリンはゴブリンで、常に間引きの必要があったと思える。


 それらを率いる鬼人族と獣人族が敵対するのは、簡単に言えば人間と鬼人が結びついたからではなく、領土問題だ。

 獣人は基本的に肉食よりの雑食であり、食料を確保するために農耕よりも多くの土地と自然を必要とする。

 人口爆発するゴブリンなどのために、狩場である縄張りを奪われるわけにはいかない。

 それと生活の基盤が、森を中心としている。

 農耕のために開拓をしたい人間には、最も多く狩られてきた種族と言っていいだろう。

 本来ならばの領土問題さえなければ、人間とも共存出来る存在なのだ。


 分からないのは鬼人族が、三眼族と同盟関係にあることだ。

 三眼族はその名の通り、額に目がある魔法に優れた種族である。

 肉体的な頑健さは人間と同じ程度だが、毒や病気に強く、寿命も人間に比べたら長く、はっきり言って人間の上位互換である。一つを除いて。

 それは繁殖力だ。年中繁殖出来る人間やゴブリンと違って、三眼族は数年に一度の繁殖期にしか繁殖出来ない。

 一応人間との混血も可能であり、子供がどちらの種族で生まれてくるかは、ほぼ半々で理由は分かっていない。


 頭脳に優れた三眼族と、オークやオーガに比べれば知能は高いが、それでも血の気が多い鬼人が同盟している理由。

 三眼族は単独でも暮らしていける種族だが、その頭脳や適性を考えて、文官のような役割を任されることが多い。

「実際、俺が門を開くのに協力してもらったのも三眼族だからな。あいつらは頭がいい」

 ならばそこに協力を頼みに行くのかと言えば、それも違う。

 ラグゼルに協力した三眼族は、魔王軍四天王の一人であった。

 三眼族の中での立場より、魔王軍の中での立場の方が強い。


 戦争を止めるのに、戦場に行く必要はあるのか。

 この場合はない。両集団の首脳部を止めなければ、戦争は終わらない。

「鬼人族の族長はまだ変わってないから、ユートの力で従えられるだろう。だから問題は獣人族の方だ」

「最近は獣人族の戦線の方は、あまり活発に動いていないようです。鬼人族からの伝言でしかありませんが」

 動きが鈍いということは、上層部で何かがあったということだ。


 魔族全体の欠点として、上層の中でも一番上が代替わりなどしてしまうと、それまでの戦略を継承しなくなったり、継承に時間がかかることである。

 実力主義の魔族の中では、血縁ではその長にはなれない。実力と言っても知力なども実力ではあるのだが、分かりやすいのは暴力であろう。

 獣人族は狩猟と牧畜を主な生計手段にしているため、狩猟につながる戦闘力は、魔族の中でもかなり重要視される種族である。

 そしてぶん殴って言うことを聞かせるのは、悠斗にとっては得意なことだ。




 根本的な問題は解決しない。

 人口の爆発の問題だ。

 魔王の知恵によって、魔族の生存率は大きく向上した。そしてこれまでは人跡未踏の地がいくらでもあったため、そこを開拓していく余裕があった。

 だが本当に千年先の未来まで考えるなら、種族全体を維持することを、そろそろ考えるべきなのだろう。

 人間至上主義、あるいは人間中心主義で考えるなら、ゴブリンは家畜として使うのもいいが、数を抑制するのが難しく、そして食料にするには肉が不味い。

 絶滅させてしまうのが簡単である。


 オークに関してはその労働力を期待するなら、正直農村などでは結婚相手としては悪くないと思う。

 現在は略奪婚になっているのは、一度敵対関係になってしまったのと、神殿がオークを魔族としたからだ。

 神であるゴルシオアスとしては、神と言われる存在は基本的に、人間にとっての神なのだ。

 宗教を作り出して神を祀ることによって、人間は神の力を手に入れた。


 共存は可能だろうか。

 ゴブリンやオークは、力で支配出来る。そしてオークは案外温厚だ。

 だが地球での人種差別を考えるに、種族差別をなくすことは難しいだろう。

 そもそも白人や黒人などとは違って、生活習慣や知能から、共有できる部分が少ないのだ。

「人間どうしても古代には国と国の戦争で、奴隷すら取らずに皆殺しにした例はあるしな。難しいだろう」

 自身は人間の価値観から離脱していても、人間の価値観自体は理解しているのがラグゼルである。


 悠斗としても地球に転生して、色々と考えた末に、魔族との共存が可能かどうかは考えたのだ。

 結局世界史上において、人間を最も多く殺した動物が人間だということを考えると、絶滅させてしまった方が楽なのは分かるのだ。

 だが、雅香はやった。

 人間に敵対するという手段でまとめることはしたが、魔族を魔族として、一つの集団にしたのだ。

 当然ながらゴブリンもオークも、そして吸血鬼やグールも、種族として生存させていた。


 一度やってくれたことなのだから、もう一度やることは難しくないはずだ。

 それに悠斗はゴブリンの繁殖については、ある程度解決策が分かっている。

 戦争で減らすのが一番効率的だと雅香は判断したらしいが、もう一つ手段がある。

 それは、共存しないという選択だ。


 物理的に完全に遮断すれば、人口問題で争うのは、ゴブリン同士となる。

 ゴブリンだけの楽園においては、ゴブリン同士が殺しあう地獄となるのだ。


「まあ色々と考えてはいるけど、とりあえずは鬼人族の領域に入って、それから獣人のところに向かうということで」

 色々と怪しいところはあるが、一応は人間の三人。

 魔族の領域へ侵入である。

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