第89話 新たなる勇者
体勢を整えた両軍が、また陣営地から出て、対戦のための陣形を組もうとする。
竜巻で中断した戦闘であるが、両軍まだ戦力は維持している。
さあ今日も元気に戦争だと思ったところへ、そらの上から光が降る。
『神の名を騙り、己の欲を満たすために戦乱を起こす聖職者の尖兵よ』
戦場中に響き渡る声と共に、ゴルシオアスの巨大な姿が空に浮き上がる。
『哀れな者たちよ。お前たちは、神の国へは行けない』
昨日と同じく竜巻が起こり、しかし今度は聖女派の軍にだけ襲い掛かる。
わずか数秒で、聖女派の軍の戦線は崩壊した。
それを高台から見ていた勇者派の将軍は、笑みを浮かべながらも溜め息をついた。
「毎回これをやってもらえれば楽ですなあ」
「それは無理でしょう。そもそも神の力自体が弱まったのは事実です。神を祀って信仰心にあふれた生活を送っても、神はもうなかなか応えられないものですし」
悠斗の言葉に、逆に将軍は安心したようである。
「それにこういったことは、本当に大事な場面でこそ使うものだ。毎回神の加護があるというならともかく、あったりなかったりが変わると、ご利益も薄れるしな」
ラグゼルの言葉は辛辣である。
オーフィルの死生観、そして宗教について。
人が死後どうなるか、というものが、やはりこの世界でも究極的な命題として存在する。
聖職者の言葉の通りであれば、徳の高い行いをすれば、死後は神の御使いとして、神域で平和な日々をずっと送れる。
時々神の命令で地上に降りて、神の奇跡を行使するのだ。
さらに徳の高い行いをすれば、神々の一端に加えられる。これが上がりということだ。
そこまで徳の高い行いの出来なかった者は、生前の行いを元に記憶を消されて転生する。
善く生きた者は恵まれた環境に、悪業を積んだ者は恵まれない環境に。
ただそこからどれだけ善の道に近付いたかで、その次の人生は楽になる。
悪行を重ねてきた人間が、人生の最後に救いを求めるようになったりするのは、これが理由である。
この説はそれほど間違ってはいないが、一つだけ全く救いようのない違いが存在する。
それは、今生においてどれだけ聖職者の言う善行を積んだところで、神に選ばれなければ来世は、どんな環境に生まれるかは分からないという点だ。
それに神が御使いとして取り立てるのは、善行もそうだが力も関係してくる。
もちろん弱くても所謂徳の高い行いをして生涯を終えた場合は、その個人に集まる崇敬の念を利用して、その者を御使いにするぐらいの力は神にはある。
だが基本的には、誰にも知られないように善行を積み重ねていた人間は、神の目にとまることもなくそのまま普通に輪廻転生する可能性が高い。
運良く目にとまる可能性もあるが、あるというだけで高くはない。
たとえばレティーナが死んだ場合、神々はその弱まった力を補強する意味でも、彼女をいきなり神々の一端に加えるだろう。
ラグゼルが死んだ場合も、意思を確認した上で神々にしようとするだろう。彼は神の存在は知っていても、神の力には懐疑的な男なのだが。
問題は中途半端な善行は、全く意味がないということだ。
神々は人間の転生先に手を加えることは、基本的には出来ない。
一部の神にはわずかにその力があるが、どうせ記憶もなくなってしまう人間を、わざわざ転生先を選んでやる意味はないのだ。
あるとしたらそれは、神に引き上げることは出来ないが、神の意思に従って、神の権威を守ってくれたことへのご褒美ぐらいである。
だがあまりにも救いがないので、神々はこの嘘を放置している。
悠斗のような異世界の勇者には知らせてあるが。
なのでほとんどの聖職者は、神に成り上がることは出来ない。
この矛盾を聖職者は、我々はあえて聖職者たることで、神に至ることはなく、神に至る者の手助けをしているのだ、と説明している。
だから前線で本当に神の意思を顕現し、勇者と共に戦ったレティーナなどは、聖女という特別な階級を与えられて、神に至る人間として扱われている。
彼女を持て余しながらも、神殿が彼女を排除出来ないのは、この辺りが関係している。
逃げ出した敵軍は宿営地も捨て、そのまま国境のはるか向こうまで逃げてしまった。
敵の宿営地にわずかな人数を入れた軍は、そのまま目的となる城塞へ攻めかかった。
不落を謳われた城塞は、一日で陥落した。
逃げ出してその城塞に避難して来た兵の口から、あっという間に士気を崩壊させる情報が伝播したからである。
まさに神の威光。
これが逆の立場なら、そもそも聖女派は神の意思の代弁者などと言っているので、これほど極端な結果にはならなかったであろう。
勇者派は勇者の証である神剣を持つ者を見て、首脳陣は貫徹する意思を持てた。
兵士たちも戦の神ゴルシオアスの姿を見て、勇気百倍である。
この噂が、どれだけ広まるか。
魔王との決戦以来、ほとんど人間に姿を見せていなかった神が、勇者派の味方として顕現した意味は大きい。
もちろんあちらはこれを、ただの幻覚とでも緘口令を敷くだろう。
だがこういったことは自然と伝わってしまうものだ。あえて敵兵をあまり殺さなかったので、拡散には期待出来る。
ひょっとしたらこの一戦は、決定的な戦いになるのかもしれない。
戦略的に見ればそれなりに重要な戦いの一つではあるのだが、とても戦争の行方を決定付けるものではなかったはずだが、重要なものにしてしまった。
情報の伝播で、敵集団の士気は一気に崩壊するかもしれないのだ。
「これをあと数回してもらえば、本当に助かるのですが」
何度もはいらない。重要な戦いで数度。おそらくそれで戦争は勝てる。
なにしろ聖女派の国々の、大義名分がそのまま消滅し、勇者派の国を強化するからである。
下手をしなくても影響力のある宗教権威者以外の権力者は、勇者派に鞍替えする可能性は高い。
悠斗としてもそれは分かるが、ここでずっとかかわっているわけにはいかない。
「魔族領へ」
おそらくそこに雅香とエリン、そしてアテナがいる。
一人になった悠斗に、ラグゼルと、そしてリューグが付いて来てくれる。
「ありがたい話ではありますが、本当にいいのですか?」
ラグゼルは賢者派の人間を物理的に黙らせて、悠斗との同行を決断した。
リューグは騎士であるので勝手に職場放棄は出来ないが、将軍の権限で悠斗への同行が可能となった。
間違いなくリューグは大きな戦力であるし、何より勇者の息子という立場は、政治的な意味がある。
だがそれを加味しても、賢者と共に神剣の持ち主と、魔族領域を目指すのには意味がある。
「本当なら王都に来ていただいて、各国の王や大使と会ってもらいたいのですが、それは時間がもうないのでしょう?」
将軍の命令は、あるいは王の不興を買うかもしれない。
「私は勇者様の背中を見て戦ったのですよ」
それでも今、世界にとって何が重要かを考えている。
地球につながった門をどうにかしなければ、惑星全体に被害が出るかもしれない。
可能性の話ではあるが、低い可能性ではない。
ラグゼルもそう言う以上、やるべきことはやるしかないのだ。
「閣下、感謝します」
「私は自分の成すべきことをしたまでだ。卿もまた、己の成すべきことをなしなさい」
こうやって美しく別れるリューグと将軍であるが、ぶっちゃけ当初はリューグの同行は、あまり良いとは思っていなかった。
まず悠斗やラグゼルと比較するとだが、実力的に劣る。もちろんこの年齢でこの腕前というのは、世界でもトップクラスではあるのだが。
しかし政治的な価値はあるし、エリンやアテナと面識もあるというのが大きい。
それに移動の手段だ。飛行が出来ない仲間を連れて行くわけにはいかないが、リューグはオーフィルで言うところの精霊剣の力で、空を飛ぶことが出来る。
この移動手段の確保出来ていることが、同行が許された最大の理由である。
あとは、最低限足手まといにはならない程度の実力も重要か。
「忘れてた。せっかくだからこれを消費してほしい」
そして悠斗が城塞の前に出したのは、しとめた神鳥ジズであった。
「軍隊ならこれぐらいの肉でもすぐに片付けられるだろう?」
「これは……まさか、神鳥ジズ……」
それまでも一定の敬意は抱いていた将軍たちが、その場に膝を着く。
「勇者の後継者よ、いや、新たなる勇者よ」
厳かとも言える口調で、将軍は寿ぐ。
「どうかこの世界と、つながったもう一つの世界の間に、平穏を」
前世悠斗は、魔王の脅威から人間を救うために、この世界で戦った。
そして今は、魔王すらをも仲間にして、二つの世界を救おうとしている。
大変なことだが、一度はやったことだ。それに今度は、味方もさらに強くなっている。
「将軍、約束しよう」
安請け合いして、悠斗は魔族領を目指すのであった。
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