第80話 孤影

 ついに一人きりになった。


 前世においても単独行動はあったが、それはほとんど一時的なもので、仲間とはぐれたりしてしまっただけだ。

 悠斗は基本的に、常に仲間と共にあった。

(いや、最後の時だけは別か)

 部下の大半を置いて、自分が前線の視察に出てきた魔王。

 あの時の悠斗の判断は、誉められたものではない。


 仲間たちを置いて、たった一人での決戦。

 魔王の戦闘スタイルを考えると、勝っても仲間は全滅すると考えた。

 実際のところは雅香の掌の上であったわけだが。

 絶対的な君主を失った魔族が侵攻を止めたという点では間違っていなかった。

 しかしそれでも世界は争いを続ける。


 転生からやっと悠斗は気付いたものだ。

 地球にだって完全に戦争がなくなった時代など、有史以来一度もない。

 むしろ地球は今が一番、人類同士の争いは少なくなっていると言っていい。

 だが海という天然の防壁を持つ日本やイギリスが例外なだけで、他の国々は魔物によって襲われてから、さらにそれが難民となってより安全な地域へと逃げ出し、そこで住民との軋轢を生んでいる。


 現在の地球の人口は、約40億と言われている。

 最大の時期に比べればはるかに減ったように思えるが、第二次世界大戦力後の人口と比べても、はるかに多い。

 もちろんマトモな調査はされていないので、頭から信じるわけにもいかないのだが、それは魔物の登場以前も同じことである。

 一説によると地球環境を持続的活用しに、日本人並の生活で暮らせるのは、12億人が限界だとか。




 それはともかく、悠斗は西へ向かう。

 一人旅ではあるが、実際は神剣に宿るゴルシオアスがいる。

 危険はあまりないだろうが、約三日ほどは飛行して移動する。


 この辺りは前世でも来たことがあるので、野営する。

 少しでも早く目的地に到着するためと、あとは念のためエクレアからは離れたかったのだ。


 適当ではあるが、霊銘神剣の権能も使って、ラグゼルの行く先へ向かう。

 知っている人間のいる方向を指し示してくれるというものだ。だから他に二人がいた時は使えなかった。

(地図が適当だから、あんまりはっきりしないな)

 それでも大きな街ではない場所にいるような感じだ。


 そんな感じで先を急いでいたのが悪かったのか。

 探知を使うまでもなく、飛行する悠斗に近付いてくる反応が一つ。

 強大な魔力だ。おそらくこれは幻獣か、それ以上。

 下に降りてやり過ごすかと考えたが、草原地帯で遮蔽物が少ない。

 地面を掘って潜っても、生命反応が薄い土地なので、あちらの探知能力次第では見つかる可能性が高い。


 今更だが悠斗は、この草原地帯が街道から外れている理由を思い出した。

 幻獣の縄張りであるため、人間が旅をするには危険だったのだ。

「光あれ」

 誰の目もないので、遠慮なく悠斗は最初から神剣を装備する。

『どうした?』

 一人旅になった時、一度は説明のために呼び出した神剣であるが、普段はその発する力が強すぎるため、収納してあったのだ。

「先を急ぐあまりに厄介なやつの縄張りに入ってた」

『迂闊だの』

「言ってくれるな」


 急速に接近してくるその姿は、首の長い巨大な白い鳥。

 悠斗は知識の中から、それをユダヤ教の幻想生物の名前を付けて呼んでいた。

「ジズか」

 翼長は軽く200mを超える。前世ではただ説明を受けただけであったが。

『戦うのか?』

「う~ん……」

 純粋に全力で逃走すれば、おそらく縄張りの外にまで逃げられる。

 だがこの幻獣が、一度縄張りに入った獲物になる人間をどうするか、悠斗は知らない。

『別に邪悪でも凶暴でもないが、雑食で人間も食べるな。あまり念話も通じないが』

 もし逃げ出しても追ってくるなら、飛行に魔力を使う前に、ここで戦った方がいい。

「こちらの方が強いと分かれば逃げていくかな?」

『その辺りは普通の獣と変わらん』

「神獣って言ってもそんなもんか」


 チルレスと同じように、ジズもこの周辺の、頂点捕食者ではあるだろう。

 ただ湖と違って、ここらは閉鎖環境ではない。倒してしまっても構わないのではないだろうか。

 なんだかんだ言って悠斗は、転生してからこっち、全力を出す戦闘経験が少ない。

 人目につかない場所で雅香と戦ったことは何度かあるが、あれはあくまでも訓練である。


 狩ってしまうか。

 神剣が使える今なら、この巨体を運搬する手段がないわけではない。

「よし、戦おう」

 決めた。




 転生してから悠斗は、名前だけしか知らなかったジズについても、少しだけは調べてみた。

 地球においてはジズは、ユダヤ神話に存在する鳥の王である

 終末の日にはユダヤ教徒の糧となる獣であるらしく、神の使いだ。


 と悠斗は適当に認識しているが、実際は原典にはまともな著述がなく、ゾロアスター教の神話と混ざったりもしているという。

 地球のジズはそうであるが、オーフィルにおけるジズは純粋に、巨大で力を持つ鳥である。

「う~ん……確かに天空を覆うと表現されてもおかしくない」

 200mは走る距離としてはそれほどでもないが、東京ドームがそのまま覆いかぶさってくると考えれば、確かに巨大に感じるのは間違いない。


 使う力は風の魔法で、それ以外にも天候を操ったりする。

 純粋に保有すう魔力が巨大で、自動的に魔法障壁を発する。

 言うまでもなく人間の敵う相手ではなく、軍をもってしても戦えるものではない。

 ただおそらく相性的に、エリンだったら倒せる。ラグゼルでもいけるだろう。

 戦闘勘を取り戻すために殺すというのは、あまり誉められたことでもないかもしれないが、戦いとはそもそもそういうものであると割り切ろう。


 悠斗は神剣を構える。

 ジズの赤い目はこちらを見つめ、猛禽類的な鋭い嘴が向けられている。

 人の畏れる神獣と、悠斗は戦うのだ。

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