第79話 戦場へ続く道

 どうするべきか。

 散々前世の伝手をたどっていったが、まともに接触出来ない。

 何者かの陰謀かとすら思えるが、とにかく間が悪い。

 それはともかく、まず今はどうするかが肝心である。


「一度戻らないとまずいんじゃないか?」

 本隊と離れるのは、半月の予定であった。

 遠距離との交信手段がない現状では、確かに戻るのが普通の選択であろう。

 悠斗としてはせっかく少人数で行動できたこの機会を、簡単に逃してしまうわけにはいかない。


 だが報告をしておくべきだというのも確かではある。

「二手に分かれるか」

 悠斗が提案したのは、もちろん他人の目を恐れてのことである。

「それは危険じゃないか。よりにもよって戦場だろ?」

「もちろんすぐに戦場に行くわけじゃない」

 悠斗としても、単独行動の危険さは分かっている。

 いざとなれば神剣の力もあるが、基本的にこの世界を一人で旅するのは危険だ。

 だが悠斗の力を最大限発揮し、この世界で戦力を確保するなら、一人の方がいいのは確かであるが。


 そのためにはまた迂遠な行動を取る必要がある。

「一度報告に行った方がいいのは確かだと思う。ただここまでの行程を考えると、一人でも充分だろ? その間に残りの二人でこの街で情報収集をしたらどうだろう」

 この悠斗の提案に対して二人は頷き、レイフが一度報告のために戻ることとなった。




 レイフがただ報告だけを終えて最短で戻ってくるなら、最速でも10日はかかる。

 あちらで何かを判断するならそれ以上だ。

 それまでにエクレアで普通に情報収集をするわけだが――。

「快適だな、この街は」

 ジャンが言う通り、エクレアの文明度はこの世界では一番高い。

 さすがにシャワートイレはないが、上下水道が完備している。

 地球で言う赤道直下の高地なので、年中気候変動は少なく、春のまま。

 そして日光と水が確保されているので、農業生産もこなせるということだ。


 エクレアの城壁内の三割は、農業地区である。

 もちろん本格的な農地は城壁の外にあるのだが、そちらでもゴーレムを使った大規模農園が存在する。

 基本的にエクレアは、単純労働の仕事が少ない。

 魔法使いは研究だけで食べていけるし、税金らしい税金もほとんどない。

 エクレアの市民として生まれて、そして魔法使いであれば、おそらくこの世界の他のどこよりも、平民としては暮らしやすいだろう。

 魔法使いか否かで差別はされるが、魔法使いか否か以外の差別はほとんどない。

 それがエクレアという街である。


 ジャンは少し街中を歩き回った後は、どうにか導師階級の人間と接触しようとしているらしい。

 地球の魔法体系は、オーフィルのものとは違う。また魔法の構築の仕方にもかなり違いがある。

 この技術を見せれば相手は食いつくと考えたらしいが、そうは甘くない。

 導師階級未満の魔法使いは、これを自分だけのものとしたいと思ってしまう。

 なにせ一つの全く違う魔法の体系を手に入れられるのだ。それだけで導師となるだけの功績になると考える者もいるだろう。

 実際にはそんなには甘くない、悠斗が言ったように、地球の魔法使いは戦士ではあっても、研究者であることは少ない。

 地頭の良さと知識の量は、比例するものではない。

 現在の地球の科学技術にしても、その原理を理解していなければ、再現することは出来ない。


 悠斗はもう少し地道に考えていた。

 まずは市場を巡って商業的な流通を確認。

 それから昼時には、食堂で語り合う学士たちの会話に耳を澄ませる。

 だいたい若者というのはどこの世界でも、食事時には夢見がちなことを言い合うものであるらしい。

「失礼、私は実は違う大陸から来たのですが」

 そういって会話に割って入ったりする。


 学士たちは好奇心旺盛であると共に、自分の考えを他人にも聞かせたがるものである。

 危ういなとは思いつつも、悠斗はその軽率さに感謝する。


 この世界には知的財産権などというものはない。

 何か画期的な発明をしたとしても、その生産が容易であれば、すぐに大きな資本に真似られて終わる。

 賢者たちは新しい知見を、完全に自分のものとして核心技術を隠すか、逆に大々的に宣伝して自分がその発明者であると認識させる。

 この街においては、学術的名声こそが権力である。


 本来ならば生まれ付いての魔法使いであるジャンの方が、悠斗よりも魔法の理論には詳しくなくてはならない。

 だが悠斗は前世においてオーフィルの魔法理論を基礎的に学び、それを地球では前提にして訓練などをしていた。

 オーフィルの理論が根底にあるため、ジャンよりもよほどこちらでは理論に合わせることが出来る。


 そんなわけで二人して、それなりにこの街にも慣れてきていたわけであったのだが――。




 宿の二人部屋に、議会からの出頭命令などが来た。

「いいことだと思うか?」

 ジャンに問われて、悠斗は首を振る。

「こういうのは大概、最悪を予想しておいた方がいい」

 なおこの会話は英語でなされている。


 兵士まで連れて来て、宿に押し寄せてきた役人は、魔法使いである。

「理由は?」

 ダメ元で悠斗は尋ねてみたのだが、驚いたことにちゃんと返事が返って来た。

「お前たちはエクレアの市民でもなく、また他の大陸から来たと言って、学士たちに無責任に知識を披露している。その内容の吟味と行動についての審議だ」

「別に犯罪を犯してるとかではない、と」

「今のところはな。ただ素直に命令に従わない場合は、市民への影響を考えて拘束し、なんらかの罰を与える可能性はある」

 微妙な物言いである。


 視線を交わす二人であるが、これをどう受け止めるべきか。

「命令書か何か、公的に発行されたものはあるんですか?」

「これだ」

 ちゃんと書類まで用意してあった。悠斗は軽くそれを確認した。

「分かりました。荷物もまとめるので、ちょっと待ってください」

 そうして本当に、わずかな手荷物をまとめる悠斗である。

 エクレアには色々と面白い物があるので、つい買い物をしてしまった。


 それに対してジャンも荷物をまとめるが、囁いてくる。

「いいのか?」

「駄目だ。議会からの出頭命令じゃなくて、議員による命令書だ。一応法的に間違ってるわけじゃないんだけど、議会の命令書と違うのは確認してある。たぶん俺たちを囲い込む気じゃないかな」

「どうする?」

「当然逃げる」

 だがその直前までは、素直に言うことを聞いておくのだ。




 荷物を背負って宿を出て、さあという時に合図をする。

「逃げるぞ」

 そして二人は門に向かって逆方向に走り始めた。

「本当に逃げて良いのか? 戻ってくるのは難しくなるんじゃないか?

「本当の議会の命令ならまずいんだろうけど、まあそれはすぐに分かる」


 二人はぴょんぴょんと飛び跳ねて、そのまま門を潜った。

 追っ手ははるか後方で、ここから空を飛んで逃げれば追いつけないだろう。

「で、どうする?」

「ジャンはあの湖の畔の漁村に戻って、レイフか誰かが来るのを待ってくれ。空を飛んでいくならあの近辺を通るはずだし」

「お前は?」

「まあここまでこじらせたら、行ってみてもいいんじゃないかな」

 そして少年は、戦場を目指す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る