第63話 森の外へ

 門の周辺の魔物を排除し、一団はあちらの世界へと足を踏み入れた。

 針葉樹の深い森。もっとも神樹の森の中心部に行けば、地球ではなかったほどの巨木が立ち並ぶ神秘的な場所へ出る。

 だが、今回はそちらには向かわない。


(アテナは……精霊の監視だけは残したか)

 おそらくしばらく待てば、あちらの方からやってくる。

 ただこれだけの人数になるとは思っていなかったので、こちらから接触する必要はあるかもしれない。

「よし、じゃあ森を抜ける方向は?」

「あっちです」


 前回の接触で悠斗は、一番近い人里と、この森が一種の宗教的に守られている森だという情報を話している。

 調査団はまず森を抜けて、水場を確保してベースキャンプを作る。

 それから悠斗などの念話系能力を持つ人間を中心に、少数団で現地住民と接触する。

 ある程度の情報を集めたら帰還し、その情報を元にこれからの活動を決めるという方針だ。


 水場を探知するのは魔法によって可能になっている。

 魔法で生み出すのでもいいのだが、川を探せばそこから集落を辿れるということもあった。

「しかし深い森だな」

 誰かが言ったが、ここは神樹の森でも外縁部である。中心部は幻獣たちに守られている。

 悠斗の前世である勇者でさえ、聖女と共に一度しか行ったことがない。それもエリンに案内された上でのことだ。




 衣服はこちらの文明レベルに合わせるため、化繊などのものは持たない。

 ブーツやナイフなどの物も、出来るだけ地球の情報が出ないものを選んである。

 やがて川を発見した。植物がすぐ近くまで繁茂していることからも、急な鉄砲水などはないと判断する。

 それが逆にテントなどを張るのには邪魔になるのだが、


 神樹の森では植物を下手に処分するのもまずいのだが、この辺りならまだ大丈夫のはずだ。

 人数も多いし、いざという時の用心のため、基地は二つに分ける。

「あちら……地下水かもしれませんが、水の気配が」

 そちらはまずい。

 地球の魔法使いのタイプでは感じ取れないだろうが、精霊の気配がする。

「待て、そちらは何かおかしい。我々も行かせてほしい」

 そう言ってきたのはチベットの参加者であった。

 現在ではチベット法国と名乗っているが、どうやら精霊の気配を感じられるタイプらしい。


 それでも対処法を知らなければ危険かとも思ったが、多少は任せるしかない。

 ここにいるのは戦闘力も重視されているが、それよりもさらに生存力に長けた人間だ。

 精励にしても、日本ではそこまでの存在は見なかったが、海外には存在していてもおかしくはない。


 ベースキャンプを作って水を汲み、毒などがないかを鑑定する。

 これにもまた悠斗の霊銘神剣が使われる。

「珍しいな。そんなに様々な権能を持っているのか」

「まあその代わり、戦闘力の強化はあまりないけどな」

 レイフとジャンは、割と悠斗に絡んでくる。

 悪い意味ではなく、ごく普通の交流だ。


「そういえば、二人の権能はどんなものなんだ?」

 教えられないならそう言うだろうし、むしろ知らせておかなければいけないなら今言えばいい。

「私のホーリーウェポンは戦闘特化だが、特に持久戦に特化しているな。護衛向きだ」

「僕のは攻撃型で、特に対人戦闘は有利になるかな」


 二人の戦闘力は、おそらく悠斗よりはそこそこ低い。

 だがこの年齢としては雅香ほとではないが驚異的なものだ。

 この任務に参加したのも、将来の幹部候補として、新しい仕事を経験させておけということなのかもしれない。

(日本の一族って全体的にはすごくまともだけど、俺みたいな新規には冷たいよな)

 まあそれなりの家系の娘をあてがって、いずれはそれなりの勢力を作らせるつもりらしいが。




 拠点は作ったが、それほど長くいるつもりはない。

 水こそ確保したが食料はそれほどないのだ。

 川には微生物や虫はいるが、魚の類はいない。

「魔物は住んでいるわけだから、それを狩って食うしかないか。幸い食えるタイプのものが多いはずだ」

 亜人タイプの魔物も、地球の各地では飢餓に耐えられず食べた例もあるのだが、基本的にまずい。

 オーガは肉が硬すぎて、オークは脂の味がべっとりと舌に残り、ゴブリンは純粋に不味すぎる。

 ただ薬品の材料としては使える部分が多いらしい。


 悠斗の知る限りでは、このあたりにはあまり大型の食用生物はいない。

 エルフの集落はあるが、主に畑と、森の恵みで生きている。

 神樹の森はエルフ発祥の地ではあるが、一番大きな集落は森の外にある。

 あとエルフには身分もない。そのため外交においては人間との付き合いは色々と問題が起こったりする。

 数千年を生きるエルフにとって、国でさえ数百年で滅びる人間の営みは、理解しがたいものであるのだ。


「食べられる植物は……分からんな」

 梨そっくりの果実は近くにあるはずだが、地球の日本のものと比べるとそれほど美味しくはない。

 おおよそ全ての作物は、地球の方が上手いと判断していいだろう。


 食料を手に入れるためにも、10人ほどの集団を三つに分けて、人里を探すことになった。

 一応悠斗は雅香が入ったはずの門の方向は知っているが、距離がかなりあるのだ。

 一度森の外縁部に出た後、その周辺を沿うようにして移動しなければいけない。

 一ヶ月ぐらいは軽くかかる距離だ。




 レイフはここに残るメンバー、ジャンは他の調査集団のメンバーに分けられ、ここで三人は別れることになった。

 それがこの三人が互いを見た最後であった。

 などということにはならないといいなと思いつつ、悠斗はベースを出発した。


 生命感知に関しては魔法でもそういったものがある。

 森の中のそこそこ外縁部ではあるが、おそらく人里に接触するまでには、三日ほどはかかるであろう。

 地球、まして日本と違って、あちこちに人間や知的生命体の住んでいる世界ではないのだ。

 いや、人間の住んでいないところでは、面倒な意味で知的生命体が住んでいたりもするが。


 かなり遠方まで感知できる魔法使いを先頭に、悠斗たちは森の中を進む。

 下生えになっているような雑木が少ないので、道でもないのに歩きやすいのが幸いである。

 このグループのリーダーは日本人である。当然ながら一族の者だ。

「磁石が使えないのは残念だな」

 森の中は太陽や星なども見えにくく、魔法を使わなければ確実に迷っていただろう。

 ベースにはマーカーを置いてあるので、戻るのに苦労しないことだけは幸いだ。


 森の中をひたすら進み、そして食事と睡眠を繰り返す。

「しかし魔物にも遭遇しないな」

 むしろこの場合は遭遇した方が、食料となっていいのだ。


 これは、考え方を改めた方がいいのかもしれないと、隊長は考え出した。

 飛行機を使えば、門の近くにまでは接近することが出来る。

 そこから食料を投げ落として回収。それをベースまで何度か往復し、持久戦のようにベースを維持する。

 悠斗としてもその考えの方が、自分がいないのだとしたらいいだろうなとは思った。


 しかしベースを離れてから四日目。

 下生えの増えてきた森の中を、鉈で払いながら進む一行は、ようやく人間の存在の痕跡に辿り付いた。

 道である。




 周囲に注意を払いつつ来たため、これだけの時間がかかってしまった。

 帰りは空を飛んで行った方が絶対に早い。


 簡単な電波を発信するだけの通信機で、一方方向の連絡を行う。

 向こうからも連絡がある。モールス信号が使えるというのは、やはり偉大である。

 他の二組は、まだ森を抜け出ていないそうだ。

 まあ先頭を交代する時に、微妙に悠斗が方向を修正していたこともある。


 さあこの道から、どちらに向かうか。

「ここは北半球なのかな。地球の門の位置関係と同じなら、南に向かうべきなんだろうが」

 悠斗が知る限りでは、オーフィルにおいて磁石による方角の確認は出来ない。

 ただ太陽はあるので東西は存在し、極部に行けば寒くなるのは同じだ。


 本当であれば悠斗は、南向きの班に入りたかった。そこが雅香と接触するためには一番方角が合っているからだ。

 しかし意図的なものだろうが、悠斗はその班には入っていない。

 南へ向かえば、他の班と合流してしまうだけで、人里を考えるら南北どちらに向かうにしても、いずれは東に向かわなければいけない。


 北へ向かいつつ、東を目指すこととなった。

 雅香の位置とはおそらく離れていく、

 悠斗の探知能力でも、雅香の位置は分からない。

 そもそもこの世界は、機械もあまり上手く動かない上に、魔力による探知が難しいのだ。




 しかしそれからまた一日。分かれ道を右へ、つまり東へ向かう。

 別に魔物に襲われる馬車の商人を助けるということもなく、悠斗たちはこの世界の人々の集落に達したのであった。

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