第62話 友達づくり
この機会に知りうる限り、悠斗は魔法使いの戦力について調べることにした。
一族の中でも、能力に関するものは、よほどの秘密があるもの以外はおおよそ詳細が公開されている。
たとえば月姫の持つ予知の能力であるが、あれは予知と言うよりは、流れを見るものなのだ。
何を起こすかは分からない。
だが、何かを、どれぐらいの規模で起こすかは分かる。
正確に未来などが分かるのならば、悠斗も雅香も今頃は殺されていてもおかしくはない。
あるいは分かっているからこそ生かされているのかもしれないが。
この世界の魔法使いの全容は、さすがに雅香よりも一族の方が詳しい。
各国の魔法使いに関しては、基本的にアメリカと共産国家以外は血統主義が存在している。
アメリカは魔法使いをあまり保持していなかったが、二度の大戦の後に共産国家などからの脱出者を加えて、表の戦力と同じく強大化した。
共産国家は政府の独裁により魔法使いを統制しようとして、おおよそ失敗するか逃げられた。
チャイナで四川から軍事政権が出たのは、その生き残りがチベットなどの亡命先から戻ってきたのも関係している。
現在の魔法使いの系統を大きく分けると、アメリカと西ヨーロッパを中心とした西洋派と、日本とチャイナを中心とした東洋派に分かれる。
これは魔法の系統の話であって、西洋派が一つでまとまっているというわけではない。
アメリカはその技術の開発や研究が著しく、戦力の増強度合いは一番優れている。
ヨーロッパは全体的に権威主義だ。バチカンの一神教が力を持っているので仕方がない。
集団として一番まとまっているのが、アメリカと日本である。
アメリカは文民大統領の権限が、ちゃんと魔法使いにまで及んでいるのが素晴らしい。
日本はそれに比べると、即断性には劣る。月姫という象徴、皇室という権威、政府内での調整などが原因である。
だが国内で全く内乱が起きていないのは日本だけである。アメリカも一時期はテロが起こっていたのだ。
これを考えると、雅香が国内に己の勢力を築くのを無理と考えるのも分かる。
九鬼家の代替わりの時などを狙えばワンチャンあるのだろうか。もっともそれまでの時間をどう過ごすかという問題はあるが。
(九鬼家がクーデーターしかけたら、逆に成功しそうなもんだけどな。でも寿命が短いのがネックか)
武力で一族を掌握したとしても、それが続かない。
気の毒ではあるが、一族にとっては幸運なのだろう。
悠斗と同じぐらいの年齢の戦士も、いないではない。
特にアメリカから参加のアジア系長髪の少年と、バチカンから派遣された金髪の少年は、おそらくこの中でも上位に入る。
「ハロー」
「ハイ」
アメリカの少年は気軽に話してきたのだが、バチカンの少年は笑顔を浮かべながらも際どいことを聞いてくる。
「初めまして。僕はキリスト教徒ですが、貴方の宗教を聞いても?」
「俺の家族はブディスト(仏教徒)だけど、実際は神道というアミニズム信仰が合体してるし、クリスマスを祝ったりするよ」
正直に悠斗は答えたのだが、少年は苦笑いした。
「日本人って本当に訳が分からないよね。信仰をそんなに併せ持って、どうやってメンタルのバランスを保つんだい?」
「え? なんて言ったの?」
この辺り英語が通じきらなかった悠斗に、アメリカ人の少年が訳してくれる。
「日本人は色々な宗教を同時に信じていて、とても信じられないだってさ」
アメリカのアジア系の少年はレイフ・カーター。
バチカンに属するフランス人の彼は、ジャン・ピエール・ラルティーグという名前であった。
フランス人なのにバチカンなのかと問えば、今の西ヨーロッパは、けっこうな宗教戦争の状態にある。
キリスト教であっても東のギリシャ正教と、北のロシア正教などは違うし、プロテスタントもいる。
宗教というのは異教に対しては案外寛容になれる場合があるが、異端に関しては厳しいことが多い。
人類全体の危機があるので、幸いにも全面的な争いには発達していないが、EUは完全に崩壊したと言っていい。
レイフは母方の祖父が日本人であるが、彼の母は全くそのことを知らずに育ち、レイフが生まれて初めて自分の父のルーツを知ったのだという。
そしてレイフはその祖父のルーツを調べるうちに、ある程度日本語も分かるようになったということだ。
ジャンはフランス人であるが英語をほぼ母国語として使えて、第三言語ではラテン語が得意らしい。
そしてジャンはバチカンから派遣されてきた、念話系の権能を使える少女の護衛であるのだとか。
話していて分かったのは、二人がエリートコースを歩んでいるということだ。
悠斗はその点、血統主義の日本の一族の中では、高い地位につくことは難しい。
まあ狙うとすれば春希の婿であろう。宗家の姫は時折例外的に、血縁の弱い家の強い戦士を選ぶことがある。
宗家に対して他の家が影響を強くするのを避けるためだ。
「確かに能力の高さはある程度遺伝するけど、それだと貴族階級は血が濃くなりすぎるだろう? やはり信仰さえしっかりしていれば、能力主義が正しいと思うけどね」
ジャンがそう言えば、レイフも応答する。
「信仰の自由はそれが邪教でない限り無制限に認めるべきだ。だからこそアメリカはここまで強大になれた」
基本的に魔法使いの一族は、ルーツが古ければ古いほど強い。
その意味では先住民族をほぼ絶滅させたアメリカは、例外的な強国と言える。
言葉の壁はあるが、この二人との交流は、悠斗にとって初めての、同性の友人の発見とも言えた。
所属している組織が違うがゆえに逆に、完全に信頼を置くことはしなくても済む。
相手を警戒していることが前提での信頼関係というのは、おかしいようでいてどこか安心出来た。
話の流れのうちに、雅香のことも教えることになった。
「連絡が途絶えて一ヶ月というのは、さすがに絶望的じゃないか?」
ジャンの冷徹な意見に、レイフも頷いた。
確かに言う通りなのだ。
客観的に見れば雅香がすべき行動は、あちらの世界の人間に類する種族と接触して、それから帰還することである。
一度に深い関係を結ぶのは、言葉の壁があるので難しい。それがここまで帰って来れないのだ。
あちらの世界ではかなり原始的な無線以外は、通信機の類が使えない。
なので雅香を探すためには、魔法を使い他はない。
悠斗の持つ霊銘神剣の権能の一つには、人探しにも使えるものがあった。
悠斗以外にもそういった権能を持つ者はいて、雅香の肉体の一部である髪の毛なども集めてあるので、もし生きていたらどうにか探せるはずなのだ。
「あいつは殺しても死なないやつだ」
実際に殺しても転生してきたので、悠斗には確信がある。
それに実際はあちらにいくらでも伝手があるので、交流の手段は難しくない。
だから悠斗が予測しているのは、忙しくて帰りたくても帰れない状況になった、ということだ。
雅香はあちらの世界では、転移系の魔法を使っていた。それすらも使ってこちらに戻ってきていないのは、よほどあちらが切迫しているのだろう。
つまり戦争だ。
雅香の力はオーフィルにおいては、勇者に匹敵する絶対的なものであった。
それが余裕を持てない状態というのは、おそらくは国家間の長期戦になった大戦争か、それでなければ竜種との対決ぐらいしか思い浮かばない。
雅香自身はそれほど簡単に戦端を開く愚か者ではないが、既に始まっている戦争を終息させるのは難しい。
それに魔王とは言っても、生まれ変わりである。前世と同じように扱ってくれる者が全員なわけもない。
竜種と対決するようなことになったら、おそらく雅香は逃走を選ぶだろう。
戦うにしても、短期決戦になるはずだ。だから戦争の可能性が一番高い。
「あちらの世界、オーフィルに到着したら、しばらくは病気に注意かな?」
「そうだろうね。だからそういう専門の権能を持った者が多いわけだし」
レイフとジャンが話している通り、普通なら世界間の移動を考えれば、まず注意するべきは病気である。
別に異世界でなくても、ヨーロッパ人の新大陸上陸や、東洋への移動による病原菌の伝播は、恐るべきものがあった。
正直なところ門が開いてしばらくの間は、魔物などよりもそちらの方がよほど危険だと思われていたのだ。
だが悠斗は、その点については危険は薄いと知っている。
あちらの世界の微細な生物は、こちらのマナの薄い世界では生きられない。
そしてこちらの微細な生物は、あちらのマナの濃い世界ではいきられない。
直接体内からの飛沫接触や粘膜接触なら別かもしれないが、今のところ魔物の血液などから、強力な病原菌が感染した例はない。
悠斗が心配しているのは、極論すれば一つだけである。
エリンとどうなるかだ。いや、エリンの存在も含め、自分の前世をどうするかだ。
いっそ公開してしまうという手もある。悠斗の強さの謎なども判明するし、両者の世界間交流においては、重要な役割を果たすことになる。
良くも悪くも交渉が出来るので、抹殺しにくくなる。
ただその前に、オーフィルでも強い勢力と接触し、ある程度の、悠斗との友好関係を築かなければいけない。
殺すには惜しい。そういう立場を得れば、とりあえず自分だけならず、現在の家族への危険も減るだろう。
元々月氏十三家は悠斗の家族を保護というか監視しているので、さほど状況は変わらないとも言える。
ただ、悠斗が家族を捨てる選択肢を取りえると、一族が思ったらどうなるか。
利用価値はないと思われるならいいが、利用価値を計るために、一人ぐらい殺されるとか、そういうことも考えておかなければいけない。
ひどい話であるが、それぐらいの事態は想定しておいた方がいい。
あとは、春希たちとの関係は悪くなる可能性が高い。
春希は一族の中でも影響力がある立場である、相談するならば彼女なのだ。
惚れられてはいるが、下手に悠斗がそれに応えるわけにはいかない。
エリンが絶対に怒るからだ。
そんなことで悩みながらも、調査団は門へと到着する。
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