第61話 再び
人生は何事も思い通りにはいかないものである。
雅香を待つか、雅香に接触するまで、それほど大きな動きはないと考えていた悠斗であるが、周辺はそう判断しなかったらしい。
悠斗が向こうの人類と接触したことで、新たな利権が存在するかもしれないと、魔法使いではなく政治家が考えたのかもしれない。
確かに惑星一つ分のフロンティアではある。地球と違ってあちらは惑星ではあっても、人類の探索はせいぜい陸地の三分の一にまでしか至っていない。
文明のレベルも違う。小銃を持った軍人一人で、平均的な軍の一部隊を殺せるだろう。
あちらの世界からの魔物の流入を逆恨みでもなく正恨みして、侵攻してやろうと考えるバカがいても仕方がない。
(でもせっかく魔物の流入が少なくなってるんだから足元の治安を回復するのが先だろうに)
悠斗はそう思うのだが、一部の政治家にとっては、新たな市場を得たいらしい。
あちらの世界にこちらの商品を持っていったら、確かに大量生産品は売れるだろうが……そもそも市場としての規模が違う。
一応貨幣は存在するが、貴金属による貨幣である。
オーフィルの世界にしか存在しない生物はたくさんあるし、魔法の技術ではあちらの方が一部は優れている。
悠斗の持つ”神秘”のような権能は、オーフィルの神々由来であれば、地球の魔法より優れている。
(なんだか現代版植民地主義とかになりそうなんだよなあ)
現代の地球で最も問題なのは、魔物の存在による農業生産力の低下である。
世界各国はこれを、そもそも食料を必要とする人口を減らすという無茶振りで、どうにか解決している。
魔物がそもそも存在するオーフィルであれば、農業を守る手段が確立しているだろうし、そもそも魔物の存在しない地帯で農業生産物を増産出来る。
今どき農地を目的に領土拡張を狙うというのは、バカバカしいことではあるが現実的である。
もっともあちらの実情を知っている悠斗はそれが不可能であることは分かっている。
おおよそどの農村も防衛力が高く、農地を守る結界がある。
基本自給自足であり、流通能力が低い。
魔族領域であれば、魔物を狩って領民に振舞うのは、部族の戦士たちの役目である。
人間にしてもその制限があるので、大軍の編制が難しかった。だから勇者という単体の超戦力を必要としたわけで。
先のことはともかく、オーフィルをさらに調査することは決定した。
どこから調査するかであるが、選択肢はさほど多くはない。
向こうの世界の情報が、少しでも分かっているという点でが、三つに絞られる。
近場という点では新宿なのだろうが、あそこは人工物の中につながっていた。
残りは二つ、森の中につながっている樺太と、近くに砦があるという半島だ。
そして半島の門は、雅香が消えた門である。
第二次樺太遠征。
以前よりも更に多くの国家、あるいは組織から、魔法使いが集められて調査団が派遣される。
その中には当然のように悠斗も選ばれていた。
「別に行かなくていいわよ」
ご主人様の春希の台詞である。
悠斗が必要とされるのは、霊銘神剣の権能により、現地人との意思疎通が可能であるからだ。
しかし今回はヨーロッパから派遣された魔法使いの中に、同じような権能を持つ霊銘神剣の所持者がいる。
一族としても便利に使える悠斗を派遣することに異議はないのだが、いい加減に彼を便利使いされるのを、春希が嫌いだした。
間違いなくこの間の一件が原因である。
悠斗からしてみれば、春希はまだ子供であるし、あちらの世界に元カノがいる以上、こちらで迂闊な女子との接触は避けたいのである。
なにしろエリンは、凄まじく嫉妬深い。
そして嫉妬深いと思われることを死ぬほど嫌がる。
極めてめんどくさい女であるのだが。だが、それがいい。
前衛で殴りあう戦闘力こそ悠斗に及ばなかったが、後衛からの火力攻撃であれば、あるいは彼女は悠斗を上回る。
あちらの世界に合流したら、まず第一に合流したい。
しかし合流してもひと悶着ありそうな人間……ハイエルフである。
だがそれがいい。惚れた弱みだ。
あのハイエルフの美しさと高慢さに慣れると、人間の女では満足出来なくなる。
それに今回の派遣団は、戦闘力を重視した編成で各組織から問題視されているメンバーが多いと聞く。
「引き抜きのチャンスじゃないかな」
「あんたね……」
額に指先を当てて頭を振る春希である。
「ノブヤボじゃないんだから、戦力引き抜いて世界統一なんてわけにはいかないの。その土地に合った政治体制は必要だし、そのためには戦力の分配を正しくしないと。ヨーロッパから二割戦力が減ったら、あそこの人類絶滅するわよ?」
このあたり春希は、既に立派な政治家の卵であるらしい。
悠斗としても分かる、前世において、あれだけ魔王軍に攻め込まれながら、結局人間の国家は連合軍を組むのが精一杯で、統一された権力は生まれなかった。
悠斗は経験からある程度政治的な思考も出来るが、それでも本職にはかなわない。
雅香にしても、脳筋の魔族を束ねるのは戦闘力が一番であったので、政治力がどうなのかは悠斗には分からない。
単に内政家としてなら、雅香は優秀であったはずだ。魔族領域を政治体制で治めたのだから。
だが悠斗が鬼人族の引き抜きに成功したように、完全な専制君主として存在していたわけではなかった。
この後の世界戦略において、春希はどう考えているのか。
雅香の目的は、人類の生存であった。
彼女が経験した過去である未来。眠る神々の覚醒による、惑星の破壊。それを回避することが目的であり、さらにその後のことまでは話したことがない。
と言うか神々を倒した時に、まともな社会など残っていないと考えているのか。
あるいは……そう、門が開いたことによって、最悪オフィールへの逃亡が可能になっている。
「んん?」
悠斗は今更気が付いた。
神々によって世界は滅びると雅香は言っていたが、異世界との通路が存在する今、最悪絶滅を回避することは出来るようになっている。
避難するためには受け入れ態勢が整っていないといけないわけで、雅香はまさか、今その準備をしているのか?
もしそうだとしたら、その点を悠斗に説明してないのは、裏切りとまでは言わないが、同盟関係に問題をきたす。
「門の向こうに行くしかないか」
「はあ? だから今はまた違う選択を――」
「お前さ、俺のこと好きだろ」
「……バッカじゃないの! バッカじゃないの!」
ブチ切れた春希の拳骨を、悠斗は甘んじて受けた。
「春希、御剣はあちらの世界で、自分の勢力を築くつもりかもしれない」
悠斗の言葉に、春希の動きが止まる。
「何も地盤もないところから? どうやって? 何年かけて?」
「分からないが、あいつが一族の中で独立志向があったことは確かだ」
春希の顔が、からかわれた少女のものから、政治家のものへと変わる。
ならば、帰還にこれほど時間がかかるのも当然だ。
悠斗はともかく、春希などの目からしたら、そもそも雅香は数十年単位で向こうで活動する可能性があると見えるだろう。
「もちろんただの勘違いがもしれない。だけど万一を考えたら、こちらからもあちらの世界を掌握していかないとまずい。少なくとも一つぐらいは国家レベルの組織と結ばないと」
「御剣を随分と高く評価してるのね」
「あいつは強いだけじゃない。それは分かるだろ? でも日本にいる限り、あいつは一族の中でも、分家の当主に過ぎない」
春希は深く考え込む。
そして決断を下した。
「その考えは、誰にも言ってないわよね?」
「今初めて気付いた」
「……一族から離れるなんて、あんたみたいな部外者じゃないと思いつかないかもしれないわね。分かったわ。あちらの世界に行って、なんとか交渉できるようにして」
オーフィルの世界からの魔物の侵入を止めるためには、あちらの世界の組織も必要になるかもしれないとは思われていた。
しかしあちらからこちらに一方的に魔物を送り込める現状は、あちらで勢力を築きたい者にとっては、都合がいい状態である。
「考えすぎだといいけど……」
「確かめてくるさ、姫様」
「バカ」
そして悠斗は、再び樺太へ向かう。
全部で200名にもなる魔法使いが、樺太の大地に立つ。
今回は調査団とは言われているが、ある程度の基地となるべき場所を向こうに築いて、そこから現地の社会集団と接触するまでが目的である。
悠斗の他にも、念話に似たタイプの権能を持つ霊銘神剣の所持者が用意されていた。
しかしその権能の通り、本来こういったタイプは、戦闘に優れたタイプではないのだ。なので護衛が必要となる。
単独で動ける悠斗、しかも以前に唯一向こうの知的生命体と接触しているので、彼はある程度の自由に動く権利を与えられている。
(しかし……世界はマジで広いんだな)
悠斗がそう思うのは、集まった魔法使いの中で、悠斗と互角かそれ以上の魔力を持つ魔法使いが10人以上もいるからだ。
もちろん魔力がそのまま戦闘力とは限らないのだが、それを言うなら悠斗以下の魔力でも、悠斗並に戦える者もいるかもしれない。
たださすがに、それはあちらの経験を持った悠斗ほどではないだろう。
「前進する! 一日20kmだ!」
今回の一応の指揮官は、最も多くの戦力を出したアメリカが務めている。
ロシアと日本の指揮命令権は、半ば独立している。
あとはバチカンから派遣された者たちも、重要人物の生命を守るためには、自由に撤退してもいいということになっている。
こういう指揮系統がはっきりしていない集団というのは、なかなか戦力となりにくいのであるが、組織だった人間や魔族の集団との戦闘は回避する予定であるので、生存重視ということか。
命大事に。
(あちらに行ったら、まずアテナを探さないといけないわけか)
また魔物の徘徊する島になっている樺太であるが、今回は以前ほどの数はいない。
人類の存続を賭けているのかもしれない前進が始まった。
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