第64話 未知との接触

 事前に得ていた情報から考えるに、オーフィルの世界の文明レベルは、おそらく産業革命以前である。

 専制か合議制か立憲君主制かはともかく、王がいる国がある。

「堀と板塀にしっかりと守られた村、か」

 防衛意識はしっかりとしている。だが地球で確認された魔物の強さを考えたら、数任せの魔物以外にはあまり役に立たない。


 人口は700人前後。数名かなりの魔力を持った人間が探知出来る。

 もちろん比較的、というものであって、この調査団の魔法使いが本気になれば、村ごと消滅させられる。意味がないのでやらないが。

 門番は一人。あまり警戒心は高くない。

「さてどうするか、と言っても選択肢はないんだよな」

 悠斗を先頭に、村の門へと向かう。

 見張りが持っているのは槍と笛。人間の暗殺者であれば、遠距離から殺してしまえる。

 魔物の害はともかく、人間には狙われていない集落ということだろうか。


 それでもさすがに悠斗たちを見つけると、槍を持つ手と笛を持つ手に緊張感が漂う。

 それに向けて、悠斗は念話を発した。

『こんにちわ』

「魔法使い? 傭兵か?」

 悠斗たちの服装はある程度統一されているので、下手をすれば軍人と間違われることもあったのだが。

 ここからは設定通りの対応となる。


 念話使いが悠斗だけなので、この仕事は大変である。

『私たちは船で、違う大陸から来た。仲間たちとはぐれてしまって、その仲間を探し、帰る手段を調べています』

「うん? 違う大陸? どこの道を歩いてきたんだ?」

『森で迷ったところ、エルフに会って聞いてみたら、こちらに村があると』

「エルフ? アテナか?」

『そう名乗っていました』

「そうか……」

 村人の警戒感がわずかに薄れる。

『こちらの村で食料を補充することは出来ますか? こちらは貴金属と塩、あと布を持っています』

「見ての通り小さな村だ。時期も悪かったな。だが来た道を戻って、まっすぐ南に進む道を行けば、明日の夕方には大きな街に着ける。そこなら食料も手に入る」

『……こちらには女性がいるのですが、せめて彼女に水場を使わせてもらえませんか?』

「分かった。ちょっと待ってろ」




 警戒心は高くても意地悪というわけではなく、笛で呼ばれた村人に付き添ってもらって、悠斗と女性の魔法使いは井戸に案内された。

 親切に甘えて、顔や首などを拭く。

「文明レベルはそれほど高く見えないけど、昔の地球と言われたら信じてしまいそうね」

 この人も日本語は話せないので、悠斗は権能を使って話すしかなかったりする。

「何人か村人の姿を見ましたけど、人種が混じってますよね」

「それは確かに。エルフはいないのね」

 もしいるなら会いたい、と言いたげな口調である。

「どうもエルフは森の中に住んでいる存在みたいですね」

「地球のイメージに似てるわね」

「エルフってそもそも地球だとどんな由来なんですかね?」

「そういうの調べてる人間もいるから、聞いてみたら? まあ地球では空想上の生物だけど」

 どうやら地球には本当にエルフはいないらしい。


 門のところに戻ってから、見張りと話して悠斗たちは基本的な情報を手に入れていく。

 悠斗たちの設定としては、この大陸からの避難民が、18年前の戦争で自分たちの大陸に渡ってきたというものだ。

 そしてそろそろ人間と魔族との間の戦争がどうなったのか、調べるためにきたというわけだ。


 聞いて悠斗は頭が痛くなった。

 いずれはありえるとは考えていたのだが、勇者と魔王が相討ちになってから、人間の国家間の戦争が起こったという。

 それも勇者派と聖女派に分かれて。

 あとは地味に賢者派というのもいるのだとか。


 悠斗としては分からないでもない。

 魔王軍と戦っている間も、世俗の権力、財力、現実感を持っていた勇者派の諸国家と、神々の権威、信仰、理想主義の諸国家では、対魔王という以外には共通点はなかった。

 勇者である悠斗が聖女を説得し、彼女を通じて人間諸国家連合軍を作ったのだ。

 その要の一つである勇者が消えれば、パワーバランスが崩れるのも無理はない。


 魔族側が分裂するのは分かっていた。そもそも魔王という絶対的な力が、魔族をまとめていたのだ。

 魔王がいなくなれば、魔族は一部を除いては、人間と積極的に争おうとはしない。

 それに雅香が魔王であった長い時間の間に、魔族は理性で本能を制御することを学んだ。

 魔力と身体能力に優れた魔族が、自己制御まで覚えたのだ、それはもう、本来なら人間の手に負える存在ではない。




 小さな村の人間が、この大陸の動きの全てを知っているはずもない。

 調査団はそこそこの情報を得ると、その大きな街へ向かうこととなった。

 最初のベースから南に向かった集団とは、おそらく違う街に到着することになるだろう。近辺だけではあるが、簡単な地図も描いてもらった。

「中世っぽいと言うよりは、ファンタジーの物語に似ていますね」

 そんな会話が周囲でなされる。


 まあ竜や幻獣、魔物が出るのは、ファンタジーというのは間違いではない。

 魔法は日常に存在し、それが利用されることによって、機械や道具の発達が遅れている。

 かつて魔王が現れる以前は、世界はもっと平穏で、人間は増えてどんどんと外へ外へと広がっていったのだ。

 神々の守護があり、人間はずっと楽に暮らせていたという。


 それは人間からの見方で、魔族は魔王が誕生するまでは、人間から迫害を受けていたというのが雅香の話である。

 強大な力を持っていても、社会性がないのが魔族であった。

 人間にとっては自分たちを食料とする、魔物と変わらない存在だ。

 対話が可能であれば共棲も可能というのが世迷いごとであるのは、同じ人間でありながら国家間の戦争が絶えない地球でも証明されている。




 この大陸においては、明確に国と呼べる、人間の七つの大国がある。

 国、部族、集団など、二つ以上の国に同時に所属していたり、大国の一部ではあるが実質は独立しているという社会集団が120ほどある。

「イタリアとバチカンみたいなものだろうか?」

「昔ならチャイナと香港とか言ったんじゃないですかね」

 際どい会話をしながらも、一行は足早に移動する。


 村で聞いたよりもずっと早く、まだ太陽が南にいる間に、遠めにも明らかな城塞都市が見えてきた。

「何人ぐらいいる?」

「おそらくは一万を超えていますね」

 ここまでの大きな道の他にも、小さな分かれ道はいくつもあった。

 都市は消費の場所であるので、近隣の村から野菜や果実などはその都度運ばれるのだろう。


 地球からの一向とは全く違うが、装備を統一した集団などは目にする。

「言葉が分からんのは本当に面倒だな」

「私の霊銘神剣が今解析中ですが、おそらく三日はかかるかと」

「しかし言語としてはちゃんと感じられるんだな。イルカの声とかと同レベルとかまで覚悟していたんだが」

 オーフィルの言語は、そもそもは神々の使う神聖語が存在した。神聖文字もだ。

 それが長い年月をかけて、共通語へと変化していった。実は大陸の外の言葉も、元は同じはずなのだ。

 だからヨーロッパのラテン語を原型とした諸語、あるいはギリシャ語に似ていて、基本を学べばおおよその言語では通じる。


 実は魔族もそうである。

 神々の使う神聖語。それは原初の言葉であり、文字である。

 表意文字であり、正しい発音には意味がある。この世界に働きかけるためのものだ。

 だから人間であっても魔族であっても、正しく魔法を使うなら、同じ言葉を使うことになる。

 神々が使っていたからではなく、言葉や文字から、神々の権能は生まれたのだ。

 だからこの世界で最も偉大であるのは、言葉の神である。

 それは善でも悪でもない、超越神だ。


 正確に言うと、善でもあり悪でもある。ただし神殿はこれを認めない。

 世界は人間のために存在していると思いたがる、前世では悠斗も困らされた、狂信者たちがこの世界にはいる。

 まあ地球でもいるが。




 人間用ではない巨大な門の前にまで、一行は歩いてきた。

 どうやら特に検問などもなく、そのまま通行できるようだ。

 するとこの近辺では政治的にまずい状況などは起こっていないのであろう。

 だがこのまま通過するわけにはいかない。


 村でやったのと同じようなことをして、悠斗は明らかに戦闘員である衛兵から話を聞く。

「そういうことなら情報屋に聞くのと、市長に会えばいいと言われました」

「市長? 行政官なのか。それとも領主も兼ねているのか?」

「んん~、念話のイメージからすると行政官っぽいですけど、もちろんすぐには会えないそうで、とりあえず役所に行ってみるのがいいと」

「まあ偉い人にすぐ会えないのは当たり前か」

「ただ官僚の中の一人ぐらいだったら、すぐに会えるかもしれないと言ってましたね。念話でですけど」

「言葉が通じないのは本当に面倒だな」


 言葉が通じる雅香であったら、もっと話は早かったろう。

 それにこちらに来てそれなりに時間は経過したのに、アテナやエリンからの接触がない。

 アテナはともかくエリンなら、空を飛んで飛行機のように飛んでこれるし、風の精霊でこちらの動向を探ることも出来るはずだ。

 何か事件が起こったにしては、魔法陣の周囲には何もなかったし、やはり普通に事件に巻き込まれているのか。


 戦争か。

 エリンにしろ雅香にしろ、この世界において個人の武力としては突出している。

 純粋な一対一なら雅香が勝つだろうが、大軍を相手にするならエリンの方が向いている。

「まずは宿を見つけて、半分は残った方がいいだろうな。通信は?」

「街に入ってから使えなくなってますね。魔法の結界のようなものがあるので、これのせいかもしれません」

「ああ、魔法が普通に使われてるなら、対応もされてるのは当然か」


 集団に一人は念話系の力を持つ者を配属したが、こうやってさらに分かれるならば、もっと多めに連れて来るべきだったかもしれない。

 結果論ではあるが、今のところ一度も戦闘は発生していないのだ。

「とりあえず宿を探して、少年には簡単な単語だけでも伝わるように単語帳を作ってもらって、それから役所か」

 門の向こう、オーフィルに来れば、すぐにまた闘争の日々になると思っていた。

 しかしその危機はなかったにしても、面倒なことには変わりはない。

(雅香でもエリンでもラグゼルでもいいけど、接触して来いよな)

 悠斗は念話で知ったいくつかの言葉を書き記していく。

(そういやこっちの世界でもボールペンはあったんだよな)

 魔王謹製の超高級品であったが。


 オーフィルに来れば。ずっとそう思っていた。

 しかし実際には、何も始まらない。

 雅香もエリンも、おそらくは動いている、それなのに自分はこんなところで何をしているのか。

 勇者じゃないな、と嘆息する悠斗であった。

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