二つの世界

第56話 二つの世界

 元より異世界があるというのは知られている。

 地球の各所で眠りについている神々は、おおよそが異世界由来だからだ。

 そして新たに開かれた門。この接続先が全て同じ世界だということも、おおよそ共有されている。

 そんな異世界の、明らかに言語を操る知的生命体と接触しった悠斗は、自分がどれだけの重要人物になったかも分かっている。


「おい! 門の向こうはどうだったんだ!?」

 それが役目と言うよりは、好奇心が隠せない一団。

「森でした。ロシアにあるような針葉樹林の」

 まあ神樹の森はどれも樹齢数千年、あるいは億という単位の森である。

「意思の疎通は出来たのか?」

「ええ、俺の霊銘神剣があるので」

 そうなのである。


 悠斗の霊銘神剣”神秘”には、実は念話の権能がある。

 もちろん言語のように詳細な意思疎通は無理だが、感情や表層的な意思は伝えられるのだ。

「それで、何が分かったんだ?」

「答えてもいいですけど、ここで皆が聞いてもいいものなんですか?」

 言われて気づくが、確かに悠斗が接触したのは、向こうの世界で初めての、文明を感じさせる生命体である。

 明らかに言語らしきものを操っていたので、どうにか第一次接近遭遇を、正しい意味で図りたかったのだ。

 しかし得られた情報を、全て明らかにするのはまずい。


「場所を変える必要があるが、このあたりは安全なのか?」

「いえ、彼女曰く、魔物はあちらからこちらへは一方通行なので、今後もどんどんとやって来るみたいです。魔物の多い森だそうで」

 神樹の森は広大であり、実際は魔物の住まない場所の方が多い。

 なにせ地球で言うなら、ロシアを丸々入れるほどの広大な森なのだ。前世の悠斗でさえ、その深奥を覗くことはなかった。

「では、一度退却だな。それまでに知りえたことをある程度まとめておいてくれ」

「分かりました」




 悠斗が伝えたあちらの世界についての情報は、おおよそ次のようなものである。


・こちらへの門を開いたのは、あちらの世界の大賢者と呼ばれる存在で、それに協力したのが各国の有力者である

・門を開いた理由は、探し物、あるいは探し人である

・それはあちらの世界で大切にされていたものであり、それがないとあちらの世界では災害などが起こりやすいので困る

・いくつも門を開いたのは、そうでないと門がそもそも開けないからだ

・地球の情報を手に入れるために侵入した者がいるかどうかは分からない

・魔物が来るのは意図しなかったことである


「彼女自身も有力者の娘だということです。詳しいニュアンスまでは伝わりませんでしたが」

「むむむ」

 うなるしかない首脳部である。

 確実に文明を持つ知的生命体と接触できたのは、確かに大きな成果である。

 しかしそれと交渉するだけの権限などを、隊長たちは与えられていない。

 そもそも各国の混成部隊なので、何か交渉するのも難しい。

 それ以前にこの場にいる中で念話系の能力を持つのは悠斗しかいない。


 通信機で各国が本部と連絡を取るが、さすがに問題は政府レベルにまで上げられるらしい。

「この門はともかく、他の門はどういうところにつながってるのかは訊いたかね?」

「新宿と半島は、どちらも軍事施設関連だそうです。新宿の方はさすがに魔物が出ると困ると言ったら、責任者に伝えておくと言ってくれました」

 おお、と日本代表からは安堵の溜め息が洩れた。

 悠斗は日本人なので、他の国の門について、交渉すべき立場にはない。

「今もう一度戻って、こちらの要望を伝えることが出来るか?」

「いえ、彼女は各地の有力者に知らせるために移動するようです」

 それは軽率ではなかったかと悠斗に視線が向けられるが、そもそも悠斗にアテナの行動を静止することは出来ない。要望を伝えるぐらいなら別だが。


「最後にいいかな?」

 そう問いかけたのはアメリカの代表であった。

「あちらの世界の名前とか、固有名称などは分かったかな?」

「世界の名前とかとは違うと思いますけど、我らの世界という意味でオーフィルという単語を使うようです」

 異世界の名称が、はっきりとした瞬間であった。




 樺太門の調査団が、それぞれの国に帰国した。

 オーフィルの文明との接触自体は、他の国にも通達される。とりあえず核兵器で門を閉ざすのは待てという意見も込みで。

 ロシアや中国が賛成したかどうかは分からない。とりあえずインドやパキスタンの動向が注目される。


 そして悠斗も帰国した。

 新宿の門をまた巡回する毎日であるが、どうにか雅香と話をする時間は作った。

「異世界間を恒常的につなげる通路は、いずれ崩壊する」

 雅香の知識によるとそうらしい。

「だから勇者召喚限定の技術だったんだが、本当に短命な人間でも、一代でそこまで理論を組み上げられるんだな」

「宇宙空間に計測されるひずみは、それの影響なのか?」

「ああ。いずれはブラックホールが発生して、こちらの世界も向こうの世界も消滅する。いや、世界というか、この星系ぐらいですむか」

「ぐらいじゃねえだろ」


 このあたり技術屋脳の雅香は、純粋に学術的好奇心を抱いているらしい。

「いったん全ての門を閉じないとまずいことは確かだけど、まあ今の重力変化の具合なら、20年ぐらいはもつな」

「それが2045年の世界滅亡につながってるんじゃないか?」

「それはそうかもしれないが、今までになかったパターンだからなあ」

 転生を繰り返してきたという雅香にとっては、この異常事態はむしろ、何かを突破するきっかけに思えるのだろう。

 だが悠斗としては地球の機器は見逃せるものではない。


 ならば具体的にはどうすればいいのかと問われれば、雅香を頼るしかないのが辛いところである。

 あるいは向こうの世界のラグゼルになら、穏当な方法が思いつくのかもしれない。

「こちらとあちらの世界を認識するための物を置いて、一度門を全て閉じる。それから今度はこちらから一つだけ門をつなげるというのがいいんじゃないかな」

「こちらからなのか?」

「向こうから開くには、またいくつもの門をつなげる必要があるんだろ? ただこちらの世界には眠れる神々と、あと核兵器のエネルギーも使える」

 本当に可能なのかは分からないが、雅香の説明に無理だと思える部分は感じない。


 あとは具体的な手段をどうしていくかだが、これは自分たち二人ではどうしようもない。

 アテナというあてができたので、悠斗が向こうの世界に渡って話をつめるのがいいのだろう。しかし現在悠斗は、周辺にかなりの監視を置かれている。

 国内はともかく国外に出るというのは、難しいのかもしれない。

 半島の門が使えるなら、あそこからオーフィルに渡ることが一番確実なのだろうに。

「新宿の門を使うしかないのかな」

「それでもお前一人を行動させることはないと思うな」

 仕方のないことではあるが、悠斗は向こうの世界と交流した最初の人間である。

 今は最重要人物になっている。ひょっとした国外からも手が伸びてくるかもしれない。

 悠斗としては話せることは、日本にもアメリカにもロシアにも、均等に情報を渡した。しかし日本以外の国は、自国だけに隠した情報があるかもしれないと思うだろうし、日本の一族もそう思われる悠斗を、好意から護衛しているのだろう。




「私が行くしかないな」

 雅香は言った。

「一人でか?」

「他に頼れる者はいないしな」

 悠斗が動けなければ、それはもう雅香が動くしかない。


「それに個人的には、私たちが死んだ後に世界がどう変化しているのか、元魔王として確認する義務があるだろう」

 それはおそらく魔族を束ねた王にしか分からない、彼女なりの責任感なのだろう。


 悠斗がアテナから聞いたのは、今はもう人間と魔族は争っていないということ。

 人間の国家間、あるいは魔族の勢力間で、争いが起きているということ。

 そして人間が魔族と手を組むことも、普通にあるということだ。

「お前の仲間の中で頼れるのは、賢者ラグゼルとハイエルフのエリン、アテナの親子か。しかし知らない間に父親とは、お前も大変だな」

「二回しかしてないのに……」

「体の相性がよほど良かったんだろうな。他に知らない子供が出来てる可能性はあるか?」

「……四人ほど」

 からからと笑う雅香であった。


 そういえば彼女の方は、子供はいないのだろうか。

「お前は子孫とかいなかったのか?」

 魔王なぞしているからには、なかなかそんな暇もなかったとは思うのだが。

「だいぶ前に男として転生してた時は、何人かな。孫の顔も曾孫の顔も、しっかりと見たもんだ」


 今の人生においてもそうだが、どうやら雅香は頭の中身が男性であるらしい。

 既に恋愛とかそういうことをするような精神構造ではないらしいが、好ましく思うのは女性の方が多いのだとか。

 同性愛というわけではないが、ほとんどの男女が孫とか曾孫と感じるのだから、これはもうどうしようもないだろう。


「逆に味方に出来そうにないのは?」

「王国の権力者連中は無理かな。そもそもラグゼルのやつがどうやって王たちをだまくらかして、あの門を開いたのか分からない」

「それについては分からないでもない」

 悠斗の視線を受けて雅香が答えた。

「神剣だ。それはあちら側の神の権能が揃っているんだろう? それがないと人間を災害から守る力が少なくなるはずだ」

「そういえばそうか。お前が強すぎたのが悪いんだな」

「まあそうとも言う」


 オーフィルの現状については、アテナもそもそもあまり国家間のことは知らなかったし、悠斗には時間がなかった。

 国家間の政治状況や、以前の魔王軍の部下を使えるなら、あちらの世界のことは任せた方が向いているのかもしれない。

「あ、だけどエリンと接触する時は気をつけろよ。あいつすんげーやきもち……つかヤンデレ気味だから」

「チャレンジャーだな、お前」

 呆れる雅香である。

「他に聖女とか女騎士もいただろう? あいつらとはどうだったんだ?」

「二人とも普通に仲間だったよ。そうだな、あの二人がどうなったかは気になる」

「私たちの味方になりそうか?」

「どうだろな。二人とも神殿と王国の人間だし、まあ今の人間のお前に、無意味に敵対はしないだろうけど」


 オーフィルとつながったのは、二人が目的としていた、自分たちの勢力を作ることへの可能性となった。

 悠斗の場合は神剣によって勇者と証明出来れば、かつての仲間たちの中には味方してくれる者が多いと思う。

 雅香の場合は彼女に忠誠を誓っていた魔族が、どれだけ今の彼女を認めるかだろう。


 地球においては魔物の被害がなくならず、各国政府に目立った動きはない。

 そんな中で雅香は、また半島で行われる作戦に向けて、日本を発ったのであった。

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