第55話 前世の娘が現世の従姉(つまり攻略可能である

 エルフの名前の付け方は、両親の名前を重ねてそれに新しい名前を組み込む。

 悠斗の前世における仲間であったエリンの名前は、正式にはトゥエクセリルエリンといった。

 父トゥエクと母セリルの子エリンといった意味だ。


(いや待て、エルフと人間の間ならともかく、ハイエルフと人間の間には子供は生まれない……って俺異世界人じゃん! 生まれるのか!? 生まれたんだよな……)

 知らない間に父親になっていたら、娘が年上だった。何を言ってるのか分からねえと思うが、俺にも分からない。

 悠斗は混乱した。

「スガーラ・リュート」

 小さいが精密な肖像画を指で示し、再度アテナは言った。

(そもそもアテナって名前も、俺があいつに話したギリシャ神話由来じゃねーのか!?)

 思わず頭を抱える悠斗である。

「ユート?」

 その発音の仕方で、ああ、あちらの世界の人なのね、と分かる。

(しかし二発で当たるって……まさか他にも息子とか娘っていないよな)

 関係した人数は、一応片手で数えられる程度ではある。二進法だが。知っている限りではいないはずだが……勇者の活動の邪魔にならないように、こっそりと産んでいたという奥ゆかしい女性がいたとしたら、心当たりはある。


 悠斗は頭を振った。

「貴方は私の父に似ているように思います。ひょっとしてこの地球における菅原流斗の血縁なのではないですか?」

 言葉としてはそうなのだが、答えるわけにはいかない。

 あちらの喋っていることは分かるし、やっと接触できた現地人が、おそらくは自分の娘。

 まさに百万の味方を得たような気分ではあるが、このまま異世界言語で話すわけにもいかない。


 悠斗はまず自分の目を指差し、それから門を指差した。

 おそらくこれで、門が見たいというのは通じるはずだ。

 近くに魔法使いがいなければ、念話の魔法を使ったのだが。


 アテナにはどうやら通じたようだ。

 悠斗の手を取ると、門のほうに足を踏み出す。

「おい! 大丈夫なのか!」

 道治の声に、悠斗も応じないわけにはいかない。

「よく分からないけど、とりあえず行ってみる! すぐに逃げる準備はしておいてくれ!」

 フェニックスがそのままなので、調査団の他の人間は動けない。

 そう、フェニックスはエリンの友人にいたはずだ。他にもフェンリルだとかベヒモスだとか、悠斗が勝手に分類した存在であるが。


 門を抜ける。

 そこは見慣れた場所であった。




 森だ。

 常緑樹による、この世界で最も深いと言われている森。

「神樹の森……」

「言葉が分かるの!?」

 アテナの反応に、悠斗はしっかりと答える。

「ああ。すまなかった。ある事情があって、あちらの世界、地球の人間に、俺がこの世界の知識を持っていることがばれるのはまずかったんだ」

 喋れば喋るほど、忘れかけていた言葉がはっきりと記憶野を刺激する。

 そりゃ、こちらの世界にいる間は、ずっとこちらの言葉を使っていたのだから当たり前である。


 深い森の濃い空気で肺を満たす。

 まず第一に確認すべきことは、やはりこれだ。

「エリンは今どこにいるんだ?」

 悠斗の前世において、集団を相手にした場合、一番強かったのがエリンである。

 契約した精霊の力を使って、一人で二万の魔物を圧倒したことがある。

「お母様は森の外。もうしばらく帰ってこないと思うけど」

 普段は神樹の森にいるはずなのに、こういう時だけタイミングが悪い。


「次は私の番。貴方はお父様の何?」

 肖像画は美化して描かれるのが普通であろうが、ペンダントの中のそれは、まさに前世の悠斗であった。

 子供の頃から散々似ていると言われたが、まあある意味同一人物ではあるのだ。

 もちろん遺伝子は違う。

「君の父親はこの世界に召喚される前の世界で、姉がいたんだ。俺はその人の息子だ」

「すると私の家族?」

 エルフは血族が少ないので、相当遠くても血が繋がっていたら家族である。

 それに血縁的に言うならば、アテナと悠斗は間違いなく従姉弟である。

「その通り」

「嬉しい! そうだったらいいなって思ってたの!」

 アテナは無防備に悠斗に抱きついた。

 鎧を身にまとっているので、ラッキースケベは発生しない。


 しかし、自分の娘か。

 髪が黒い以外は母親似なので、あまり実感が湧かない。

 もしかしたら他の男がとも思うが、あのプライドの高いツンデレエルフは、相当に男に求める理想が高い。

 それだけにデレたら可愛かったのだが。本質的にはクーデレだと思ったが、今はそれは置いておく。

「アテナ、それで他にも言っておかないといけないことがある。俺も聞きたいことは色々あるんだけど、仲間を待たせているから時間が足りない」

 伝えることが多すぎるが、まずは一つ。

「君の父リュートは、確かに魔王と相討ちになって死んだ。ただ神剣の力のおかげかどうか、死後に生まれた世界に魂が戻ったんだ」

 ふむふむとアテナは頷いている。なんだか外見の美しさに対して、動作が幼いように感じるのは、自分の娘だと分かったからだろうか。

「そして転生したのが俺だ。つまりその、俺はその、君の父親になる。もちろん血縁では従弟だし、娘がいるなんて想像もしてなかったけど」

 15歳で子供がいるというのは、実は現代でも月氏十三家の一族では珍しくない。

 優秀な男性の遺伝子は、さっさと拡散させたいからだ。

「お父様?」

「うん。ただ妊娠してるなんて知らなかったから」

「いきなり言われても……それはちょっと」


 まあそうだろう。僕は君の父親の生まれ変わりだよなどと言われたら、まず悠斗は詐欺を疑う。

「証拠としては、まず俺がこの世界の言葉を喋れることが、少なくともこの世界からの転生者だという証明になると思う。それともう一つが――」

 悠斗は意識する。それは、この世界でただ一つのもの。

「光あれ」

 神剣が出現した。




『んあ? おお!? ここはもしや!』

 寝惚けた顔のゴルシオアスであるが、さすがにすぐに気付いたようである。

「神樹の森だ。門の向こうが、ここにつながってた」

『おお! 懐かしいではないか! やっとこの世界に戻れたのか……』

「神剣……」

「俺の魂に刻まれた存在だから、地球に一緒に連れて行ってしまったんだ」

「チキュウ? お父様の生まれた世界はニホンだと聞いているけど」

「中途半端に伝わってるな。地球ってのは俺が住んでいた大地全ての総称で、その中の日本という国から俺は呼ばれたんだ」


 お互いに確認したい情報が多すぎる。

 しかしじっくり話し合っていれば、仲間たちに変な勘繰りを受けてしまう。

 新宿の門は生活圏に近いが、厳重に監視されている。

「アテナ、ここの門は閉じる予定はあるのか? それとそもそもどうして門が開いたのかは知ってるか?」

「ここはお母様が管理してるから、閉じることはないわ。それと門と言っているこれが開かれたのは、お母様とラグゼルという人と、魔族が協力して作り上げたの」

「やっぱりあいつか」


 ラグゼル。悠斗の仲間であった、頭脳面では最も頼れる仲間。

 思考や思想が柔軟すぎて、場合によっては平気で魔族とも協力する男であった。

 あいつの頭脳に魔族の知識が加われば、確かに異世界に通じる方法も発見出来たのかもしれない。

 雅香でさえそう簡単には無理だと言っていたのに、本当にすごい。

「アテナ、魔王城の地下にある門のことは知ってるか?」

「詳しくは知らないけど、作られた門の位置は全てお母様が知ってるはず」

「それだけど、どうしてこんなに何個も作ったのかとか知ってる?」

「各地に魔法陣を作ってようやく、異世界への扉を開くだけの力が集まったって聞いてるけど」

 なるほど。どうしてこんなに多くの門がと思ったが、むしろこれだけ多くないと異世界の間をつなげられないわけか。

「あちらはこちらの世界の魔物が入ってきたせいで、幾つかの国が滅びてるんだ。なんとか限定した門だけにする必要があるんだけど、その方法なんて……分からないよな」

「はい。ごめんなさい、お父様」

 いきなりこんな大きな娘が出来て、困惑するしかない悠斗である。


 おそらくラグゼルならば分かるだろう。というかエリンも話は聞いているが、理論的なことはラグゼルでないと分からないと思う。

「お父様、とりあえずこの門は魔物たちが通らない方がいいの?」

「いや、つないだ先は島なんで、もう誰も人間は住んでないんだ。もし閉じるのが困るなら、魔物の好きにさせていい」

 神樹の森の魔物は多い。

「そういえば魔物が逆に戻ってきたりはしないのか?」

「この門は魔物にだけは一方通行なの。だから私や精霊の獣は普通に通れる」

 なるほど、確かに魔物が戻ってくれば、面倒なことになる。

 黒狼が戻れて魔物があちらに溢れている理由が分かった。


 とりあえず悠斗がしなければいけないのは、他に何がある?

「他の門が爆発で消えたとかいう話は?」

「あったわ。周囲の町ごと消えてしまったって」

 核だ。

 広島や長崎を一発で崩壊させた爆発だ。

 この世界の標準的な街の防御では、それを防ぐことは出来ない。


「あちらの世界にある最大の攻撃力の兵器で、この門を閉じることは出来るんだ。もし街の近くにあるなら、避難してほしいと伝えてほしい」

「分かりました、お父様」

「あとは……黒狼が守っている門がどこか分かるかな?」

「分かります! 魔族領域の砦です。ここからも遠くありません」

 神樹の森は広大であり、人間の国家にも魔族領域にも接している。

 するとやはり、半島の門を使って移動するのがいいか。

「アテナ、俺は向こうにいる仲間と一緒に、その砦の門からこちらに来ようと思う」

 樺太の門はまた魔物が出てくるので、それを処理するのが手間だ。

 半島はその島嶼部に住んでいる人間がまだいるので、あの門を利用した方がいい。

 船を用立てれば普通に本土から行けるし、雅香に言えば高空手段も使えるだろう。


 よし、だいたい決まった。

「俺は仲間を連れて、その砦の門からこちらに来ようと思う。そうだな。なんとか100日以内には」

「分かりました、お父様。精霊に頼んでお母様にも知らせておきます」

「ああ……エリンか。その、元気かな?」

「昔のことは知りませんが、お母様はいつもお母様です」

「そうか」


 エリン。さすがに生まれ変わってからは、二度と会うこともないと、意識の奥にしまっておいた。

 しかしまた会える。肉体は変わっても、また会えるのだ。

「俺もいきなり、こんな大きい娘が出来て混乱してるけどな。エリンのことはしっかり憶えてる」

 あの顔面偏差値最高女がいたので、生まれ変わっても悠斗が女の外面に誘惑されたことはない。

 クソ生意気で怒らせると怖いが、頼りになることは間違いない。


 悠斗はさらさらとした髪を持つアテナの頭を撫でた。

「出来るだけ早く来る。あとは門の近くから民衆の避難を頼むな」

「分かりました! お父様!」

 アテナの笑みは、極稀に見せる、エリンの笑顔に良く似ていた。




 門の秘密が分かり、その脅威も分かった。

 おそらく門を閉じること自体は、雅香の力と知恵があればどうにかなるだろう。


 そしてもう一つ大切なことは、これで悠斗と雅香は戦力を手に入れることが出来たということだ。

 二つの世界の接触。それは社会を大きく変え、多くの人々の命を奪うこととなった。

 だが別にこれ以外にも、人間が命を落とすことはいくらでもあるのだ。

(まずは一族への説明か)

 悠斗は門を出て、地球へと向かった。

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