第44話 上陸作戦

「仁川上陸作戦?」

「そうだ。史実の朝鮮戦争において、マッカーサーが採った作戦と、この場合は似ている」

 早朝に作戦は開始なので、多くの戦士はもう眠りについている。

 だが悠斗は雅香とこの作戦の成否について語っていた。

「実際にあった作戦に似てるのか」

「ああ。まあ当時の南朝鮮、実際はアメリカ軍が、ソビエトの援助を受けた北朝鮮軍を叩き潰した作戦だな」

「人間の軍隊と魔物の発生を同じに出来るのか?」

「戦略的には間違っていない」


 魔物が半島を北と南に移動しているのは確かである。

 南には魔物の腹を満たす人間が立てこもる島々があり、北には国境を越えると中国の人間が立てこもる都市がある。

 門から出現した魔物は、門を守ろうとする習性などない。

「まああれとは全然条件も目的も前提も違うが、似ていることは似ているんだ」

 雅香は説明する。


 日本軍と、ごくわずかに半島に残った米軍が拘束されているのは、かつてのように対国家を睨んでのものではない。

 半島において政府の判断が誤り、魔物と対抗するだけの国力をすり減らされてしまったからだ。

 これがもし昔のように、アメリカとロシア・中国が明確に敵対していたならともかく、今は国内問題でどの国家も忙しい。

 朝鮮北部の門に対して、初期の対応が遅れたせいで、朝鮮半島全体がぼろぼろになってしまった。


 雅香はこの作戦について、もう少し詳しく説明した。

「まず半島の門でも、出てくる魔物はほとんどが地上型だ。それと人間を主食にする」

 別に人間以外でも食べる雑食性の生物なのだが、人間がいればそれを好んで食べる。

 普通の動物と魔物の違いは、魔力を持っているとかどうとかより、人間の主観で決まるとも言える。


 魔物並か、それ以上の力を持っていながら、知能が高くて人間と敵対しない場合もあるものが、竜種を頂点とした幻獣種である。

「今は人間も門の周辺にはいないし、海を渡る魔物は本当にごく少数だから、北か南に行くのは当然」

「そりゃそうだわな」

「それで南に行く魔物は、本来なら日本にとってはほとんど脅威じゃない。ただ魔物のせいで押し出されてくる難民が問題なわけで」

 たとえ魔物を駆逐しても、難民が国に帰るとは限らない。

 だが日本国内に居座る理由は消したい。

「北と南に魔物は進んでるから、中央の門周辺は、魔物は少ないと衛星で判明してる。そこへ戦力を集中して魔物を除去し、門を閉じてしまうわけだ」

「迂回挟撃だっけ?」

「それは門を閉じた後の話になるな。魔法使いの中でも戦闘タイプの者は、そのまま南進。海岸付近で戦っている魔物を殲滅。これで半島の南部は人間の手に戻る」

 門を閉じてしまいさえすれば、急激な魔物の増加はなくなる。

 あとはこの半島を故郷とする人々の仕事だ。


 実は前世の魔王時代、人間の国家を相手に雅香は、散々にこの作戦を使った。

 魔族の持つ単体での機動力、火力、そして継戦能力を考えれば、真正面からのゲリラ戦とも言えるこの作戦は、戦争において非常に有効であったのだ。

 数と装備と連携で力を発揮する人間の軍隊は、補給線を絶てばあっという間に戦力は低下する。

「本当ならまず、飛行戦力で沿岸の砲台を沈黙させるのがセオリーなんだが、魔物は戦略的要所を守ってるわけでもないからな」

 魔法使いの中でも、飛行しながら存分に戦える者は多くない。

 通常兵力でも爆撃機による一撃離脱なら、危険性も少なく効果も大きいだろうが、日本軍が半島を爆撃するというのが、国内世論でダメとなっている。

 政治やイデオロギー的な理由で有効な作戦を選択出来ないというのは、戦争に敗北する国家の特徴の一つであるが、雅香はそこまでは悲観していない。


「実際問題、この作戦は成功すると思うか?」

「成功しなくても、戦力の喪失さえなければ問題ない。国内向けのパフォーマンスという面もあるからな」

 この閉門作戦は、いずれやらなければいけない新宿の閉門作戦の事前練習であり、何よりマスコミに向けた言い訳である。

「本当な核兵器を使えば一番簡単なんだが、他国の領土に向かって使うのは難しいからな。それに放射能は偏西風で日本に汚染物質を送り込んでくるし」

 中国とロシアが国内で核兵器を使ったのは、既に確認されている。

 人間がもうおらず、強力な魔物が密集した場所で一網打尽にするなら、核兵器の使用は極めて効果的な手段である。

 両国とも使用は認めていないが、普通に衛星などで確認は取れている。日本の脳みそお花畑な核兵器廃絶団体がごちゃごちゃとうるさかったが、日本政府でさえ遺憾砲を使わなかった。


 まともな戦略眼と、長期的な視野を持っていれば、人類がその戦力を使うのは当たり前のことだ。

 思えば核兵器が戦争に使用されるのは、半世紀以上なかった。この大量殺戮兵器で害獣を撲滅するというのは、極めて正しい使用法と言える。

 なお、さすがの動物愛護団体でも、異世界由来の魔物を保護しようという声は上げていない。

「竜種ぐらいになると、核兵器も通用するか微妙だけどな」

 核兵器レベルの攻撃力を持つ雅香は、悪い意味でも現実主義者だった。




 早朝5:00より、作戦は開始された。

 自衛隊の艦船に乗り込んだ魔法使い200名と、自衛隊の工兵部隊が、半島を目指す。

 旭日旗を振って送りだす光景は、第二次世界大戦を彷彿とさせるものだ。


 十三家の戦士たちの中で、ふと悠斗は呟いた。

「これってひょっとして、正確な意味での世界大戦ですかね?」

 周囲の人間は首を傾げたが、否定する者はいない。


 過去の二度の世界大戦は、世界大戦とは言いながらも世界中が戦場となったわけではない。

 ヨーロッパを主戦場とし、その影響が世界各地に飛び火したが、平和な地域もあったのだ。

 もしくは世界大戦以前から、慢性的に火種はあったので、世界大戦と言えるのかもしれない。

 狭義で言えば、大国の大半が参加したから世界大戦と呼ぶのかな、と悠斗は思った。




 門は今のところ、ほとんどが地上に出現している。

 ひょっとしたら海中にも出現しているのかもしれないが、水棲の魔物は確認されていないので、地上に限られていると考えるのが自然だろう。

 深海に出現して、こちらに来た瞬間に水圧で死んだりしているのかもしれないが、とにかく海からの攻撃を考慮しなくていいのは幸いである。


 魔物たちの襲撃はない。

 熱関知システムなどを使っても、南浦の街はゴーストタウンになっていた。

 港に接岸した船から出る第一陣に、悠斗はいた。

 彼の探知能力は、この作戦に参加した人間の中でも一二を争う。


 街並はあちこちが破壊されているが、既に魔物はいない。

 白骨化した遺体はそこそこ見られるが、新しい遺体もない。

 ここだけに見られるわけではないが、基本的に魔物は、廃墟となった都市には住まない。

 高位の幻獣種などはともかく、魔物も食べていかなければ生きていけないのだ。ならば食料のないコンクリートジャングルを放棄するのは当然であろう。


 魔物の脅威がないのを確認してから、自衛隊が上陸する。彼らの仕事は都市インフラの確認だ。

 電気やガスは当然ながら使えない。

「水道が生きてるな」

 意外ではあるが、魔物は都市自体を破壊する必要があったわけではない。

 だから水道は見逃されたのかもしれないが、大元がどうなっているか分からないので、問題なく使えるわけではない。

 元々日本と違って、水道の水がそのまま飲める国などは少ない。

 しかし浄水システムを積んでいたので、川の水だけでなく水道を使えるというのはありがたかった。

 人間が死に絶えたことで、意外と水質などは改善しているかもしれない。




 悠斗は都市の外苑にまで進出していた。

 高所から見るに、魔物の生息を許すような自然環境は存在しない。

「半島ってあんまり森林資源がないんですね」

 ツーマンセルを組んでいた十三家の人間に悠斗は呟く。

「元々自然資源の再生には興味の薄い国だったからな。魔物を狩るためには通常の軍事力だと、森とかは展開がしづらいし」


 ゲリラ戦に近いのかな、と悠斗は思った。あながち間違いでもない。

 国家規模の山狩りと考えた方がいいのだろうか。もっとも山狩りと違うのは魔物の脅威度である。

 相手の陣地に進攻するのと、防衛するのでは難易度が極端に違う。

 十三家の人間は、基本的に進攻するための訓練を受けている。悠斗はどちらも得意だ。魔族相手には篭城戦を戦ったこともある。


 後方を見れば港を中心に、工兵で簡易陣地を築いている。

 おそらくここまで魔物の襲撃はないと思うのだが、退路を確保するというのは大切なことだ。安心して戦える。

 雅香も言っていたが、この作戦は大きな犠牲を出してまで完遂するものではない。閉門作戦の本番は、あくまでも新宿の門だ。

 周囲に人間も多く、首都機能も残っている。

 だからこそ緊急の事態にもすぐに対応出来るのだが、悠斗からしてみたら戦時中のように、民間人は疎開でもしてほしいと思うのだ。


 それは今は関係ない。

 南浦から探知する限りでは、少なくとも強大な魔物の存在は感じられない。

 ただ魔物の習性を考えると、ここにいる人間を察知して襲ってくる可能性はある。

(飛行型の魔物が多いと厄介だな)

 衛星写真から見る限りでは、大半が地上タイプのようではある。

 大型の魔物も確認されているが、悠斗の知る限りでは単に大きい魔物であれば、それほど恐れるものではない。

(あちらの世界から竜種が来るとしたら、もうほとんど人類終わりだしなあ)


 悠斗が転移したあの世界では、竜種は半神の存在であった。

 権能においては神々が上回ったが、純粋な破壊の力では神々でも及ばない。

 あちらの神話によると世界が終わる時には、眠れる竜が目覚める時であるという終末信仰さえあった。


 そして悠斗は思い至る。

 もしあちらの世界につながることがあれば、竜や幻獣の力を借りれば、こちらの神々にでも対抗出来るのではないか。

 試練において悠斗は竜と戦ったことがあるが、大半の魔族よりも竜は強かった。

 それにもう一人。

 時間の流れが違うので、あちらの世界の友人たちは、寿命で死んでいるかもしれない。

 だが少なくとも一人は、間違いなく生きている。


 雅香もこのことには気付いているのではないか。魔族はおおよそが、人間より長命だ。

 新宿の門の中の探索に、志願するべきではないか。

 考慮の余地はある。

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