第43話 半島遠征

 前世において勇者と呼ばれた悠斗であるが、労働環境は最悪に近かった。

 いや、余裕がある時は本当に楽なのだが、忙しい時はまともに寝ている暇もない。

 人類の存亡を賭けた戦いであると思っていたから、必死になって働いた。

 守りたい人間と、隣で戦ってくれる仲間がいたから。


 現世においては、よりしっかりとしている。

 家族もいるし、仲間もいる。……これで彼女がいれば万全なのだが。

 そんな彼は一学期の間を、主に新宿防衛戦で働いていた。

 去年までは夏休みと言えば、月氏十三家の総本山で修行と交流をしていたのだが――。


「閉門作戦?」

「断ることも出来るわよ」

 SF研究会の部室で、二人きりの時に春希がそう言った。


 世界各地に現れた新型の門。

 日本の新宿の門は、これまでの活動で魔物の封じ込めに成功している。

 だが内部の調査は全く進んでいない。ここに日本の戦力の多くが取られてしまっている。


 政府と十三家は、方針を変更した。

 まず、朝鮮半島の門を封じることを先にしようというものである。




 半島の門から出現する魔物は、それほど恐ろしいものではない。

 脅威度では明らかに新宿の方が高い。それでも先に半島をどうにかしようというのは、魔物ではなく人間の問題である。

「避難民ね……」

 悠斗が思い浮かべるのは、前世でも農村から魔物を避けて都市へやってきていた村人たちのことである。

 スラムで物乞いをするか、稼ぎの悪い肉体労働をするか、傭兵になるか。

 男はそのあたりで、女は主に体を売るのが仕事であった。


 朝鮮半島にあった南北の国は、基本的に既に一部の都市以外は人外の領地となっている。

 そして都市部を食わせるだけの食料も確保できず、魔物を狩って食べるか、あるいはもっと悲惨なことになっている。

 別に人道的見地などは関係なく、その難民が日本に押し寄せてきて、いい加減に途中で沈めるのも面倒になってきたわけだ。


 韓国には徴兵制度があったため、はっきり言って素人のレベルならば、日本よりも兵隊を促成培養しやすい。

 半島に残った米軍と協力して、一気に門を封鎖してしまい、最低限人が住めるようにしてしまいたい。

 アメリカもチ中国が混乱して太平洋に進出する余裕がない現在、半島にまで戦力を置いておく必要性が薄いのだ。

 本土の治安維持に軍事力を戻したい。そして太平洋の西側の守りは日本に任せたいというのが本音だ。


 アメリカの仮想敵国は、中国とロシアであった。

 ロシアは気候的な事情もあり、魔物が繁殖しにくい。しかしそれも最初だけの話。

 寒冷な場所でも繁殖出来る魔物が増え、すると今度は下手に国土が広いだけに、防衛するだけの戦力が足りなくなる。

 ロシアはまだ共産時代も、戦力として魔法使いの血統を保存していたので、民間の力でどうにかなっている。

 問題は共産主義時代に徹底して魔法使いを弾圧し、その多くが国外に流出してしまった中国だ。四川省や西安あたりはまだいいのだが、北京から上海にかけての広大な土地で、魔物が跳梁跋扈している。

 半島を人間の手に取り戻すというのは、そこを日本の盾として、戦力をより新宿の門の調査に使えるということなのだ。


「そんなことに子供を動員するなよ」

 弱音を吐く悠斗であるが、春希の返事はふるっている。

「月氏の成人年齢は15歳だから」

「児童虐待反対!」

 まあ以前に菊池の人間も言っていた通り、15歳で月氏一族が普通に一人前として認められるのは確かである。

 権利も認められれば、罰則も大人のものと同じになる。


 しかしこの作戦は、いつから始まるのか。いつ終わるのか。

「夏の集まりはどうするんだ?」

 あの年から毎年、悠斗は月氏一族の総本山とも言える土地に招かれている。

「作戦は夏休み前からの二週間を予定してるわね。短期決戦よ」

 戦争はだらだらと続けず、短期間で相手を無力化するのが基本である。

 だがそれをすると、半島にまだ残っている人間に、被害が出そうな気がするのだ。

「民間人の保護は?」

「そういうのは現地戦力に任せる予定だけど、まああたしらには知ったこっちゃないわね」


 月氏の人間は春希に限らず、大なり小なり一般人の人命を軽視する傾向がある。

 それは単純に、戦力を維持するのが重要だと考えているからだ。

 近代以降の戦争と違い、月氏の個人に依存する戦闘は、後背地をそれほど重要視しない。

 それでも日本人に対しては守護者としての責任感があるが、外国人に対しては全くない。もちろん同盟を結んでいたりすれば別だが。


 人類の生存圏は、縮小しつつある。それは間違いない。

「しゃあねえな。さっさと参加して終わらせるか」

 異世界の人々のために魔王と戦った勇者は、月氏の一族よりはかなり、博愛精神にあふれていた。




 地球には、転移系の魔法がないらしい。

 あちらの世界ではごく一部、超古代の遺産として転移魔法が残っていた。

 最終決戦ぎりぎりで、仲間が一部の解析を完了し、それもあって魔王が前線にやってきて、悠斗と相討ちとなったのだ。

 魔族は平気で転移を使っていたので、おそらくあれも魔王が残したものだったのだろう。


 雅香は転生してからこっち、前世以前の力を公開していない。

 彼女の魔法、特にゴーレム練成系の魔法は、使えばかなりの戦力になるだろうが、いざという時のために温存しているらしい。

 何が言いたいかというと、閉門作戦のためにまず対馬に行かなければいけない悠斗は、対馬まで飛行機に乗って行くことになったわけだ。

 正直自前で飛んだ方が速いのだが、魔物と間違われて撃墜されたら洒落にならない。

 そして作戦に参加する関東の一族も、やはり同じ飛行機に乗っている。

 その中には雅香もいた。


 久しぶりに二人になる機会で、トイレに立って隔離された空間に移動する。

「転移? あんなもん公開したら世界が終わるだろう」

「魔族の中には単身で使ってくるやつもいたよな?」

「簡単に使えるものじゃないぞ。まあ人間側に渡したら、確かに便利な技術になっただろうが」

 魔族は基本的に個体の能力が高く、数のある種類は悪食で、人間や同族の遺体を食う。

 だからあちらの世界では補給において、はるかに人間側が不利であった。


 だから人間側がその技術を利用可能になったことが、あの決戦へとつながった。

 現世においても転移魔法が使えれば、前線への補給がものすごく楽になるし、戦力の移動も簡単になって適切な運用が出来る。

「それでも転移を人間に伝える害の方が大きい。と言うかおそらく十三家の中には、不完全かもしれないけど転移を使えるようになった家がある」

「秘密主義すぎだろ」

 そうは言うが現代世界においては、政府首脳などの一般人を守るのが難しすぎる。

 単なる転移であれば、結界で移動を封じることが出来るが、その結界を作成と維持にかける人員が無駄である。

「それに九鬼家はあんまりそういうのが得意じゃないからな」

「まあ脳筋だよな」


 逆に言えば雅香は、今でも転移が使えるということになる。

 それを教えてもらえれば、悠斗としてはすごく便利だ。雅香は来たる時の決戦のために、どうしても今は温存しておきたいのだろうが。

「そんでお前、最近は自分の勢力とか拡大出来てんの?」

「九鬼家の中ではやっぱり難しいな。菊池家と並んで男尊女卑の家系だから。まあ私ぐらいになると別格だが」

 つまり九鬼家以外で、自分のシンパを作っているということか。

「作戦行動中は単独行動になることもあるだろう。その時に自分の力をちゃんと把握しておいてくれよ」

 雅香の計画はまだ途中であるらしい。




 対馬空港に到着した悠斗は、空港のフェンスを囲む人々を見た。

「あれ、なんですか?」

 同行の十三家の人間に尋ねる。

「半島からの避難民だな。無視しとけ」

 無視と言ってもハングルの書かれたプラカードなどを持っているので、どうせ読めないのだが。


 同行者の中には親切というか、逆に悪し様なことを言うものがいる。

「朝鮮人は図々しいからな。日本の力で半島を取り戻すとか言ってる」

「そういや半島の能力者はどうなったんですか?」

 朝鮮半島に魔法使いは少ないとは聞いていたが、まさか全て死に絶えたというのか。

「いの一番に逃げてきて、うちらと合流してる。まあ前線に回してるけどな」

 悠斗の理解する限りでは、力を持つ者は弱者を庇護する義務がある。

 それを実践していたからこそ、あちらの世界のような前近代的な貴族社会も許容出来たのだ。

 貴族家の跡継ぎが戦死するというのは、珍しいことではなかった。


「今回の作戦にも?」

「一応は参加させるけど、あいつらはほとんど役に立たないからな。個人ではまともなやつもいるんだが、朝鮮人は歴史的に見ても、侵略されて勝ったことがない民族だし」

 ひどい言い方だなと悠斗は思う。

「お前も気をつけろよ。あいつらを下手に頼ると、そこから戦線が崩壊するからな。後ろから脅して突っ込ませるぐらいなら使えるけど、肩を並べて戦えるもんじゃない」

 風評被害では、と悠斗は思ったのだが、周囲の一族の人間はうんうんと頷いている。


 無能な味方は有能な敵より恐ろしい。悠斗が前世で学んだことの一つである。

 そしてそういう無能は、逃げ出す時だけ有能になったりするので、機会があれば殺しておくに限る。

 悠斗も戦線を放棄した足手まといを処罰したことはある。

 さすがに殺すのはなんだったので、前線の一番前で敵に突っ込ませた。

 戦死すれば家族には累が及ばないので、それが一番優しい殺し方だったのだ。


 朝鮮軍は基本的に、日本軍が魔物を掃討し、確保した場所の守備にしか使わない。

 十三家は割とそのあたり排他的なのかとも思うが、今回の参加者の中には、どうも日本人らしくない容姿の者もいる。


 現在の世界では、大陸国家は極めてその勢力を維持するのが難しくなっている。

 島国でもそこに門が開いてしまえば、やはりそこを塞がなければ国家存亡の危機である。

 日本のように島国でありながら国力と戦闘力の高い国家というのは、なかなか珍しいものなのだ。

 鎖国せよ!




 宿舎に案内された悠斗は、四人部屋に押し込まれた。

 他の者も同じ待遇なので、そこで文句を言うわけでもないが、作戦は翌朝からとなる。

 空港の施設の一部を使って、作戦と現状が説明される。


 現在朝鮮半島は、ほぼ無人の大地となっている。

 北側にはまだ戦力を保持して粘っている者もいるようだが、連絡は取れていない。衛星からの映像でそうだろうと判断されているだけだ。

 この作戦はまず、半島の近くに存在する朝鮮軍を後押しして、島嶼部に押し寄せている魔物を排除・拘束する。

 これには比較的劣った戦力が回される。

 そして精鋭は海路を西から回り、朝鮮北部の南浦と言われていた都市の跡に上陸する。


 かつて朝鮮戦争において使われた仁川上陸作戦を、より北方を上陸地点として行うのだ。

 本当はさらに北側から上陸し、目的地となる門を目指したいのだが、あまりにも近すぎると今度は、退却する時に不都合が生じる。

 悠斗の頭の中には現地の地理情報がないので、おそらくこれで正しい作戦なのだろう。

「南浦を確保して簡易陣地を作成した後は、そこを仮設本部として艦隊との連絡を取る。なおこの任務は十三家の戦力を失うことは許されない。敵勢力が想定以上であると確認されれば、すぐに退却して作戦を練り直す」

 死んでも作戦を遂行しろ、と言われないだけ、ありがたいと思うべきか。


 敵地に進攻し、戦略目的を達成する。

 前世以来の「戦争」が始まろうとしていた。

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