第42話 日常となる非日常
月曜日から金曜日までは学校へ。
土曜日は補習を受けた後、新宿外壁へ。
それが悠斗の日々の過ごし方である。
「なんか俺の環境ってブラックじゃないか?」
「何を今更」
本日の相棒は、技能研修のために九州からやってきた菊池家の少年である。
年齢は悠斗と同じで、かつて悠斗がぼこぼこにした菊池家の彼とは、従兄関係にあるらしい。
悠斗に対しては、おおよそ友好的であった。
どうやら同じ一族であっても、血が近ければ逆に潜在的な敵であったりするらしい。
当主の継承がどうとか説明を受けたが、要するにお家騒動である。
この人類全体が忙しい時にお家騒動かと呆れる気もするが、それだけまだ日本には余裕があるということだろう。
あちらの世界でも前線や兵站はともかく、王家や国家間では政治的な問題があったりした。
魔物や魔族でなく人間も殺したりするのは、気分が重かった悠斗である。
そんな悠斗と違い、菊池家の人間は基本的に、倫理観がおかしい。
なんでも大陸や半島から、沈没しかけの船に乗って日本を目指す難民を、容赦なく船を破壊して沈めていくのだ。
確かにそれはやられていると、話には聞いていた。
だが本当に菊池家がやばいのは、そういうことを嬉々としてやるというところだ。
戦争が大好きな人間はいる。戦いが大好きな人間はもっといる。
だが人殺しを出来る人間は少ないし、あえて船だけを破壊してとどめをささないというところは、一般的な倫理観からしては異常だ。
悠斗もあちらの世界では、殺し合いに狂った人間はたくさん見てきたし、そういうのと共闘せざるをえなくなったこともある。
だがそれは、世界が違うから起こったことだと思っていた。
しかし今の地球は、日本の中でも人間の命の価値が軽い。
生きる力を失った人間は死ぬ。リアルで死ぬ。社会保障はぎりぎりで、老衰で穏やかに死ぬことはかなりの贅沢になっている。
だが逆に動ける人間は、80歳を超えても90歳を超えても、老害と呼ばれずに働いていたりする。
世界からは、老後という言葉が消えたとも言える。
人類が生涯現役だからこそ、どうにか社会が崩壊していない。
20世紀後半に比べると日本でも明らかに、余裕というものはなくなっていた。
「しかし菊池よ。お前らって普通の人間殺す時、どういうメンタルで殺してるの?」
別に煽るつもりではないが、悠斗は純粋にそこに興味がある。
訓練された兵士でも、戦争で殺しあうことでPTSDを発症する。
あちらの世界では死が日常にありすぎたので、あまりそういった話は聞かなかったが、戦場でしか生きていけなくなった者の話は枚挙に暇がない。
「菊池家は九鬼家とは違う方法で、精神を鍛えるからな」
難しい顔で菊池はそう告げる。
「九鬼家の男は生まれた時から、自分が早死にすることは分かってる。だからこそ覚悟が生まれて強くなると言ってもいい」
その理屈は多少分かる。早死にするからさっさと子供を作っておけというのは、あちらの世界でもあった価値観だ。
「菊池家の男は、その成人の儀の最後の試練を突破できる者が、半分しかいない」
それは、かなり厳しい試練となりそうだ。
「教えてもらっていいか?」
「ダメだ。菊池家でも、その試練に合格した人間以外は、知らされてない」
「そっか」
まあ半分も死ぬような試験であれば、それは確かに問題である。
最後の最後まで鍛えて、それでも半数を死なせてしまうというのは、どちらかと言うと欠陥品に近い。
「お前の方はどこの家の所属になってんだ?」
菊池が聞いてきたのは、それこそ悠斗こそ誰かに聞きたいことであった。
当初の予定であれば、悠斗は宗家の血統の強化に使われるはずであった。
本来の血筋は小野家の分家の斗神家の更に分家。
小野家から庇護を受けていなかったことにより、所属なしの一般人扱いである。
平時であれば悠斗は出産経験のある一族の女性をあてがわれて、試しに一人産んでみろ、という扱いをされてもおかしくないのだと聞く。
ただ、現在は戦時下だ。
戦時下だからこそ血を残すという考え方もあるのだろうが、一般の血が入って薄まった悠斗の遺伝子が、どの程度次代に受け継がれるか。
ただ悠斗が幼少期に訓練を受けていないにもかかわらず、ここまでの戦闘力を持っているという事実は確かである。
どこかで一発子供をこさえてくれ、というのが上層部の本音であろう。
だがそれは一族の考え方だ。一度外に出た家系の悠斗からしてみれば、とても納得の出来るものではない。
(まあ肉体的にはやりたい盛りの十代なんだけど、中身はもうアラフォーのおっさんだしなあ)
一族の子作り観というのは、男を種馬、女も産む機械のように考えていると思えてしまう。
人間がそのまま兵器になるのであるから、数を揃えたいというのは分かる。
しかしこの関連性は、弱い男には一族の中からは女を宛がわないという現象になってしまっている。
正直なところ悠斗は、別に誰かが好きなわけではないし、どちらかと言うと抵抗がある。
前世ではそれなりに女遊びもしたが、どちらかというと切羽詰った事態での、性欲の爆発と言ってもいい。
(あっちの世界で、俺の認知してない子供がいても、おかしくないんだよなあ)
勇者の力。悠斗は前世ではそれを、世界を移動する時に神々から与えられるものだと思っていた。
しかし地球に戻ってきて分かったのは、前世の悠斗も潜在能力は高かったということだ。ならばもしあちらの世界に自分の血が残っていたら、とも考えることがある。
頭の中で数を数える。何人いただろう。
そもそも地球人と異世界人の間で、子供が出来るとも限らないのだが。
どうでもいいことを考えている間に、今夜もまた反応があった。
「さて、お仕事するか」
「そうだな」
この場には二人だけで、おそらく門から出た魔物とも一番早く接敵だろうが、二人の顔には緊張感はない。
戦うのは当然、殺しあうのは当然という、覚悟が備わっている。
壁のすぐ傍に建てられたプレハブ小屋から、門の方を見る。
間には様々な魔物を迎え撃つために、あえて残されたビルの残骸などがある。
「まずいな」
「何が」
「急ごう」
言葉も少なく駆け出し、悠斗は短く説明する
「飛行タイプだ」
「面倒な」
菊池もわずかに顔をしかめて同意した。
門の黒い影から、分離した丸い影が、ゆらゆらと浮かび上がる。
直径は10mほどだろうか。その浮上する速度はそれほど速くもないが、問題は地上から離れているということだ。
「お前って飛べる?」
「多少はな。でも空中戦をするほどじゃない」
「じゃあ遠距離戦は?」
「菊池はそういう系統じゃないけど、まあ普通程度には」
菊池はやはり接近戦で一番力を発揮する。持っているのも一振りの刀だ。
同じ武闘派でも弓矢メインの家系もあるのだが、日本はどちらかと言うと接近戦に強い魔法使いが多い。
悠斗もかなり万能ではあるのだが、白兵戦での攻撃力が一番高い。
「とりあえず足止めはして、地面に落とすことを考えないとな」
「お前は空中戦出来るのか?」
「地面から狙う方が得意だけどな」
そう言っている間に、空中にある黒い球が薄く円状になり、そこから魔物が現れる。
巨大なそれは、炎をまとった鳥だ。
(火食いカラスか)
「新種だな」
悠斗の知識にはあるが、地球では確認されていない。
鳳凰やフェニックスといったものとは違う。それらはもっと高いクラスの、幻獣種と呼ばれるものだ。
「とりあえず一人で戦ってみる」
「無理はするなよ」
狂乱の菊池家の戦士ではあるが、戦闘は基本的には保守的だ。
悠斗は頷くが、一匹ならそれほど恐ろしい敵ではない。
大気を踏みしめるようにして、悠斗は魔物の高さにまで駆け上がった。
敵は一体だけだ。
羽に炎をまとった朱色のカラスは、すぐに悠斗を敵と認めた。
開いた口からは、炎が火炎放射器のように放たれる。
(射程はともかく、威力はたいしたことないんだよな)
魔力で障壁を張った悠斗は、正面からその炎の中に突っ込んだ。
飛行するタイプの魔物の厄介さは、その機動力にある。
戦闘だけでなく、逃避を選択させた場合、建造中の壁を乗り越えていってしまうからだ。
だから、サーチ・アンド・デストロイが基本となる。
魔力の消耗を度外視しての短期決戦が、逆に魔力の消耗を抑えることにつながる。
己の吐き出した炎を突破してきた悠斗を確認するのとほぼ同時に、火食いカラスは脳天を真っ二つにされていた。
生命を失ったカラスは、その炎も消え去り、地上に落下する。
門の中に入ってしまうのを横に蹴飛ばして、地面に落とす。
着地した悠斗は、まだ空中から視線を離さない。
まだ来る。
「やるじゃないか」
「まだ来る」
「まだかよ」
空中移動を維持しながらの攻撃は、普通よりもずっと魔力を消耗する。
それでもまだまだ悠斗には余裕があるが、いくらでもというわけではない。
空中の門はまだ維持されている。あれをぶった切ればどうなるのか。
これまでの例からすると吸収されてしまうだけだが、全力の攻撃ならばどうか。
しかしその全力を他人には見られたくない。
「とりあえずこの火食いカラス、全力で殺していく」
「おう」
今日の門の監視役の中には、遠距離攻撃が得意なタイプの魔法使いもいたはずだ。
それが来るまで待つという選択もあるが、春希のような誘導タイプの攻撃が使えるかは分からない。
下手に任せると、壁の外に逃がしてしまうかもしれない。
そうなれば被害は拡大する。
(体長5mってとこか。火食いカラスの中でも大型だな)
「しかしこいつ、火食いってよりは火吹きじゃねえ?」
どうでもいい菊池のツッコミを聞き流しながら、悠斗はまた地面を蹴って空中に躍り出た。
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