第41話 魔界都市

「昔の話だけどさ、地震で新宿が五芒星だったか六芒星だったかに分断されて、その中でサイキックバトルアクションを繰り広げる小説のシリーズがあったんだよね」

「へえ」

 春希の反応は鈍かったが、弓はメガネをキラリと輝かせた。

「菊池秀行先生の魔界都市シリーズ」

「そうそう、よく知ってるな」

 悠斗の前世でさえ、既にそこそこ古いシリーズではあった。もっとも長命のシリーズであったので、知名度は高い。

「私もあれは読んだ」

「あんま女の子向けじゃないんでない?」

 エロいシーンがけっこうあって、前世の悠斗はドキドキしながら読んだものだ。


 それはともかく、新宿隔離構想が議会で可決され、現在は政府肝煎りで新宿の門を巡る巨大な壁が建築されつつある。

 おそらく巨人であっても破壊出来ない質量の壁であり、同時に魔法の対策も考えられている。


 当初この門に対する問題は、首都機能の移転さえ考えられていた。

 しかし現実的に考えて、人口1000万を超す首都機能を、どこに移すかという問題がある。

 自衛隊が守りやすい神奈川や、日本のおおよそ中心である名古屋も考えられたのだが、インフラ的にも移動するのは難しかった。

 なので新宿の門の周囲を囲むというアイデアが出てきたのだ。


 焼け太りと同じで、日本の経済はこの大土木事業と、インフラ整備によってかなり活性化している。

 国内では他の地域の被害が減りつつあるのは、十三家が各地に拠点を置いているからだ。

 やはり首都一極集中は間違っている。


 海外ではアメリカは国内の魔物はどうにかなりそうであるが、メキシコ国境の問題がある。

 おおよそヨーロッパの植民地時代に、文化的な能力者の血統を分断された地域は弱い。

 カーストという悪しき風習を残したインドが、かなり上手く対処出来ているのは皮肉である。

 あとはチャイナはチベットがほぼ独立しており、内政も上手くいっている。

 というか、チャイナは内陸部が本当にひどい。

 地政学的な問題もあるだろうが、四川省はほぼ独立した政体を取っている。

 これも全て文化大革命で能力者の特権を排除したからである。共産主義バンザイ。


 ただ、チャイナと半島はひどいことになっているが、そのせいで難民が日本に押し寄せてきているという現実もある。

 ……こっそり十三家の人間が、ボートピープルの船に穴を開けまくっているのは内緒だ。

 そもそも日本でもそんな数の雇用は確保できないので、十三家がえげつない雇用を生み出した。

 民間軍事会社である。

 対馬にハンター支部を作り、まともに日本語も話せない連中を、ハンターとして確保した。しかし魔物相手ではなく、不法入国者を主な相手としたものだ。

 後ろには督戦隊よろしく月氏の魔法使いが控え、逃げ出した者は処分していく。

 これで格安の肉盾を、同胞殺しに使えるので、日本としてはハッピーである。

 お優しい人権団体がこれに抗議しないのは、お察しというわけだ。




 今の日本が抱えている問題は、大きく二つである。

 北海道の防衛と、新宿の門だ。

 北海道は慢性的に魔物の活動があり、農業生産を守るために魔法使いと自衛隊を、多く戦力として配分している。

 もう一つがこの、新宿の門の封印である。


 十三家に伝わる方法としては、門の神々を封印すれば、門自体も封印出来る。

 だがこの門は、どうも他の門とは違う。

 出現する魔物が、明らかに他とは異質なのだ。

 新宿以外にも、わずかだがこのタイプの門は存在する。朝鮮半島と樺太半島に一つずつ、そして台湾だ。

 台湾は初期の封じ込めに成功し、門は消失した。

 これも不思議なことで、日本からも学者が派遣され、新宿の門を封じる手段を考えているらしい。


 しかし悠斗と雅香にとっては、この門の異常性は明らかだ。

 この門は、あの世界に通じている。

 出現した魔物に関しては、悠斗よりも雅香の方が詳しい。なにしろ前世においては、魔物の品種改良にさえ手をつけていたのだ。

 遺伝子操作まで可能であった雅香の力は、あちらの世界の神々にも匹敵するものだ。

 本当ならもっと話し合いたいのだが、なかなか両者の都合が合わず、かといって電話などで話したら盗聴が怖い。


 一応、絶対に盗聴されない方法というのもある。

 前世の異世界の言語を使うのだ。

 あちらに召喚された折、悠斗は最初、言語の権能を司る神の力で、言葉を翻訳してもらっていた。

 しかしそれでは都合の悪いこともあり、必死でちゃんと勉強したのだ。

 もちろん魔王はあちらの世界の言葉を話せるので、それを使えばたとえ盗聴されても、意味は分からないだろう。

 第二次大戦中に、日本が暗号代わりに薩摩弁を使っていたようなものだ。




 門を巡る戦いは、おそらく大きなものになる。

 新宿の門を閉じるために、何度か調査隊が送られたが、まともに中の様子を探索する前に、強力な魔物に襲われて撤退していた。

 他の門と違い、新宿の門は本命と言っていい。

 近いうちに悠斗たちも、中の探索に突入するかもしれない。


 あちらの世界につながっていた場合、どうするべきか。

 科学兵器が存在する地球の方が、短期的な戦いでは有利になるだろう。

 だがあちらの世界の方が優れている点もある。それは兵站だ。

 魔法使いは武器や防具がなくても、究極的には自分の身一つで戦うことが出来る。

 弾薬がなくなれば捕球を受けなければいけない一般の兵隊とは、そこが違う。最悪水と食料だけである程度の戦力を維持出来る。

(そういやあいつは精霊の力でそのへんもどうにかしてたよな……)

 悠斗が思い出すのは、あの美しい精霊使い。

 古代より生きる最後のハイエルフ。そして最後まで悠斗の決意を揺るがした存在。


 もし、新宿の門の先が、あの世界であるならば。

 悠斗は前世において、勇者としての責任は全て果たしたと思っている。だが男としての責任は、果たしていない。

 雅香は世界と世界の間で、時間の流れが違うこともあると言っていた。だから今更あの世界に戻れたとして、仲間たちが生きているとは限らない。

 だが彼女だけは、間違いなく生きているだろう。あの世界樹と共にある、永遠の乙女は。

 今更再会したとしても、ちょっと怖いが。


「お、また活性化してるみたいだぞ」

 監視ルームの中で、モニターに張り付いている者が注意を促す。

 門には色々な種類があるが、新宿の門は地面に開いた穴だ。

 ただしその境界から先は闇で、数十mほどはそれが続くらしい。

 その闇の表面が蠕動し、魔物を生み出してくるのだ。


 待機室ではソファや仮眠のベッドなどがあり、今は五人の男共が待機している。

 その視線が一番年少の悠斗に向けられる。

 この中では唯一の霊銘神剣の持ち主、それが悠斗だ。

 戦闘力も隔絶しているが、それ以上に霊銘神剣の能力が万能すぎる。


 悠斗の持つ霊銘神剣『神秘』は、科学的に起こりえないことを起こす。

 単一ではなく、多くの便利な機能を持っている。

 意外と戦闘力を底上げする攻撃力は持たないが、特定の敵に対しては絶大な力を発揮したりもする。

 神々の神剣に比べれば、武器としての性能は低いが、それでも新規で作られた霊銘神剣の中では、格別の性能だという。


 その中の一つに、予知能力がある。

 万能ではないし、漠然としたものであるが、良いか悪いかの単純な選択だけなら、ほぼ確実に当ててくる。

 ギャンブルで使えば大儲け出来そうではあるが、そういう細かいことは予知出来ない。


 悠斗は太刀を抜く。

 いまだに慣れたとは言えないが、武器としての使い勝手はいい。

 そして浮かぶイメージ。

「来ますね。出ましょう」

 緊張感が走り、待機室の中から能力者は飛び出した。




 新宿区を中心としたこのほぼ円形の土地の中には、民間人はもう一人もいない。

 正確にはハンターなどは民間人であるのだが、政府や自治体の依頼を受けていれば、純粋な民間人とは言えないだろう。


 新宿の門は、円形の穴であり、直径が100mほどである。

 この大きさであれば、あちらの世界の竜種や幻獣種の中でも、強大なものは通過できない。

 もっとも空間を歪めてくるような幻獣はいるので、油断は絶対に出来ない。

 竜や幻獣の中でも高位のものは、人間以上の知能を持っている。


 建築中の巨大な壁は、まず鋼鉄製の骨組みが作られている。

 作業員は昼夜を問わずに作業に従事しているが、門が活性化するたびに避難しなければいけないので、危険であるし時間もかかる。

 金払いはかなりいいとのことだが、悠斗がその立場であったら、絶対に選ばない仕事である。


「来るぞー!」


 拡声器の響きが、区外にまで伝わる。

 一応壁の外とは言え、魔物が突破してくる危険性は高く、実際に被害も出ている。

 それなのに土地にしがみつくのが、悠斗には理解出来ない。

(この辺りの地価なんて、今は暴落してるはずなのに)

 必要な土地は公的機関が買い上げたが、それ以上のことは出来ない。予算の関係である。

 確かに壁が完成すれば、その外側にはまた色々と施設が出来て、地価も上がるだろう。だが今も住んでいる必要性はない。

 普通に避難所が用意されているのに……日本人は平和ボケということだろうか。




 悠斗が物思いに更ける間にも、黒い水溜りのような門が激しく動く。

(五体か)

 数は少ない。しかしスピードのあるタイプだ。

 幸いにも地上型だ。これが飛行型であれば、めんどくささは数倍になる。


 複眼の、角を三本持つ巨大な狼。

 三角狼というなんともならない名づけをされたこの魔物は、集団で行動する。

(でかいな。討伐推奨レベルは20ってとこか?)

 魔物の脅威度を判定し、それに対抗するハンターにも、戦闘力を判断する基準がある。

 レベル20というのは、なかなか民間で対処出来るレベルではない。自衛隊でも戦車などがないと危険だ。


 しかし悠斗は出現したそれを、太刀を一閃してまず一体倒す。

 続くハンターたちは、障壁を作り出して魔物の足を止めるのが仕事だ。その間に悠斗が追いつく。

 自衛隊の兵器を使うところまで行かせてしまうと、建設中の壁が破壊される可能性がある。それはまずいのだ。


 追いついた悠斗は、一太刀ごとに魔物を倒していった。

 息も切らさない。ただ、少し返り血を浴びてしまったのは不覚である。

 こいつらの中には血液が毒の魔物もいるのだ。それ以前に、血でべとついた作業着は不快である。

「浄化」

 霊銘神剣の権能の一つを使い、その汚れを洗い落とす。

 浄化はただ汚れを落とすだけでなく、精神的な状態異常や、呪いの類まで消し去ってしまう。

 戦闘力にはそれほど結びつかないが、便利な権能であることには間違いない。


 門の反応は穏やかなものになった。

 今日も誰も殺さず、悠斗の仕事は終わった。

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