第45話 閉門作戦
門を閉じると一言で言っても、どうすればそれが可能なのか。
台湾での成功例から言うと、門の中に核兵器規模の攻撃を加えれば、門は維持されなくなり消滅する。
どこから核兵器なぞ用意したのかと問われれば、アメリカではなく中国からの物らしい。
別に略奪してきたわけではなく、一部勢力が売りつけにきたのだとか。
ミサイルなどは付属していなかったので、門を閉じるのにしか使われなかった。
しかしいくら困っていたとは言え、台湾のような比較的小さな国が、自国内で核を使うとは驚きであった。
今回の作戦には何を使うのか。
日本は非核三原則をまだ廃絶していないので、新宿の門を閉じるのに核兵器は使えない。
そもそも自国の首都で核を使うというのは、ゴジラの世界でも不可能であった。
門の周辺が無人と化した半島でならば、核を使うことも出来る。もっとも日本にはその選択はない。
「多重魔方陣による広域殲滅魔法」
春希が説明したのは、十三家でも時間と手間と人手がいる魔法であった。
核兵器と違うのは、その被害範囲を限定的に出来ることだ。そもそも門の中で核を爆発させても、放射能などはさほど影響を残さないのだが、それでも首都機能が残っている都市では使えない。
当初は新宿の門は、あのまま維持するということも考えられていた。巨大な壁で周囲を覆うのは、そのための隔離でもあったのだ。
しかしそれではまずいと判断されたのは、台湾の門が閉鎖されてからだ。
新宿の門の規模が拡大した。
台湾の門が消滅したのと同時であった。
この二つの現象を、分けて考えることは無理である。
つまり門の向こうとこちらはつながっていて、一箇所を封じても他のところが開くか、他のところが大きくなる。
さすがにこれ以上の門の拡大は、日本政府も一族も許容出来ない。
ならば既に周辺が壊滅している半島の門よりも先に、日本の門を閉じるべきだというのが順番だと思うが、核兵器以外で門を閉じるのが可能かを試したかったのだ。
悠斗からすると、どっちも危ないような気がする。
他には雅香しか分からないので仕方がないが、竜種や幻獣種がこちらに来ることが出来るほどの門が拡大すれば、今の新宿を封鎖する程度の壁では全く意味がない。
それほど強力な竜でなくても、通常戦力だけでは自衛隊を壊滅させるだけの力はある。
雅香の計算によると、貫通弾であっても竜種の防御力を突破することは出来ない。
十三家の戦士が接近戦で挑むしかないが、竜種の攻撃はシン・ゴジラ並に理不尽であるので、防御の薄い前衛では一撃で全滅するだろう。
もちろん門の向こうの状態によるので、雅香や自分の知識が前提にあれば、新宿門の調査が一番優先となる。
その知識を共有できないのが、悠斗たちの弱点である。
十三家には情報を明かしたほうがいいのではないかと悠斗は思うのだが、これには雅香は反対している。
今の雅香や悠斗が十三家の中で尊重されているのは、あくまでも一族の一員としてである。
雅香の計画している違った組織を生み出すのが明らかになれば、粛清の対象になりかねないと、雅香は言う。
この事態では戦力になる自分たちを排除することはないのではないかと悠斗は思うのだが、雅香の考えを否定するには、色々と情報が足りない。
存亡の危機とまでは言わないまでも、世界大戦以上のパラダイムシフトが起こっているこの世界でも、国家の垣根を越えた協力は出来ていないのだ。
悠斗たちが周囲を警戒する間に、防御陣地の作成は終わっていた。
衛星通信のための機器も設置が終わり、目的地となる内陸の20kmまでは、通信機器が使えるはずだ。
魔法による通信は、門周辺の魔力の異常により使えないのだとか。それは前世でもあったことだ。
科学の力が魔法の力を上回るというのは、異世界物でよくある話であるが、現実でもそうなるとは思わなかった。
作戦はここから第二段階に入る。
陸側から魔物の脅威を排除し、旧北朝鮮の首都平穣の南30kmにある門を目指す。これが主力だ。
一部はこの陣地に残り、退却路を確保する。
門を閉じることに成功すれば、第三段階に移行する。南へ進撃して通常戦力で魔物を抑えている軍と、前後からの挟み撃ちだ。
もっとも重要なのは第二段階までで、消耗が激しければ撤退だ。
今の南にいる魔物も、これ以上の追加がなければ、いずれは駆逐して半島本土に戻れるだろう。
日本からの物資や食料の援助は相変わらず続くだろうが、少なくとも現地で食料の自給さえ出来るようになれば、それだけでも日本の負担は減る。
現在の日本の抱える問題は食料の分野が大きいので、これが解消されるとなると助かる。
作戦の第二段階は、これも翌早から開始された。
索敵能力の高いメンバーを前にして、門へのルートを急ぐ。
乗り物を用意して欲しかったが、交通網が各所で寸断されていることも分かっていたので、自分の足で走るしかない。
身体強化を使えば、一日で到達出来る距離であるが、消耗を抑えるために二日をかける。
夕方には中継点に到着し、簡易型の通信中継器を設置。
ここで一晩体を休め、明日には門へ到着となる。
二人一組で三交代の不寝番をして、休息はちゃんと取る。
悠斗は雅香との組み合わせとはならず、20歳ぐらいの小野家の戦士との組になっていた。
一応はこの作戦はツーマンセルで行われるため、他のことも共同作業となることが多い。
サバイバル技術は十三家の戦士も訓練しているようだが、実地で散々に行ってきた悠斗の方が、これは優れている。
それにしても静かだ。
あちらの世界ではそれなりにあったが、地球の夜がこんなに静かなのは初めてではないのか。
空を見上げると天の川が見える。前世では見えなかったのに、空気汚染をはじめとする環境汚染は、格段に良化していっている。
人間が減ったから。
人間一人あたりの生活レベルを上げるには、人間を減らすことが第一。
日本はかつて出生率がどんどんと下がっていたが、世界的に見れば人口はどんどんと増えていた。
大気汚染なども日本に限ってはその害は減っていたが、中国などでは深刻な問題となっていた。
しかし人間が減っただけで、多くの環境問題は解決した。
魔物がどれだけ人間にとって邪悪な存在だったとしても、地球環境に対する人間の邪悪さには及ばなかったということだ。
皮肉だな、と星空を見上げていた悠斗であるが、その存在に気付くのは早かった。
「あれ、あれなんだと思います?」
バディを組んでいる男に、指先で示す。
空間が歪んでいる?
月の形が、欠けているように見える。もう片方は普通の欠け方なので、二箇所で欠けているように見える。
「これは……本部案件か?」
作戦中ではあるが部隊長を起こし、上陸地点の基地へ通信する。
空間が歪んで見えるのは、門に関連することである。放置しておくわけにはいかない。
世界各地でこれは確認されているようであった。だが、作戦の中止はない。
朝を迎えた一行は、半島の門へとたどり着いた。
多重魔方陣は一族の中でも最高レベルの機密である。
しかしちょっと見たからといって、真似できるものではない。
月姫とその周辺の一部、あとは各家の中の一部が知りうる、戦略レベルの魔法である。
人手と時間と手間が必要であるため、実戦で使うならば都市一つを丸々破壊するとか、要塞を破壊するとか、そういった場合にしか使えない。
今回の術式は、その破壊力を限定した範囲で炸裂させるものだ。
戦闘班が門から漏れ出した魔物を狩り、安全を確保する。
その間に悠斗は雅香と会話をする機会を得た。
「どう思う?」
それはこの作戦に関する問いではない。
広域殲滅魔法は、雅香の得意とするものであった。そもそも技術的な引き出しの多さは、神剣を使わない悠斗では全く敵わない。
「この作戦は中止した方がいいな」
「あの揺らぎはやっぱり、門と同じようなものなのか?」
「間違いないな。それにしても宇宙空間でああいった影響があるのは……」
雅香は計測により、あの揺らぎが大気圏外で発生していると判断した。
宇宙空間に門が開いたところで、魔物はほぼ即死か、大気圏に突入して燃え尽きるだろう。
だが、竜種は違う。
竜種は戦闘力においては神に匹敵するものであり、その生存能力も並外れている。
宇宙空間に出現したとしても、大気圏に降下してくることは不可能ではない。
他に幻獣種でも、それぐらいの力を持つ存在は多い。
宇宙空間に門が開くのか?
それなら対空兵器が使える科学兵器が有利にも思えるが、逆に魔法使いは空中戦に長けた者は少ないので、被害は拡大するかもしれない。
空中には防壁は築けないのだ。
「結界を張るにしても、維持する方が難しいしなあ」
さすがの雅香も、これには手が思いつかないらしい。
異世界との完全な通路の確立。
世界中で恐れられていることが、まさかどの国家の領地でもないところで起きようとしているとは。
新宿の門もそうであるが、この半島の門も封じるのは延期した方がいいのではと、悠斗は思う。
「だけどそれを説得する材料がないな。一族だけなら月姫に話せば通るかもしれないが、政府の方は無理だ」
首都に門があるという今の状況を、国民の誰しもが不安に思っている。
雅香がその危険性を口にするにしても、前世までを説明して、その説得力を増す必要があるだろう。それでも確実とは言えない。
「これは人類詰んだかな?」
気楽そうに言う雅香に、悠斗も苛立ちを隠せない。
どちらにしろ作戦は継続である。
山のふもとに存在する門は、大きさは新宿の半分ほどであるが、後の特徴はほぼ一致している。
これを消滅させるための準備を、魔方陣を作る担当の者たちが働いている。
どうしたらいいのか、悠斗にも分からない。
人生経験では悠斗など及びもつかない雅香も分からない。
こういう場合はむしろ、何かをした方が状況は悪化するのかもしれないが、何もしないでいるのも恐ろしい。
状況の危険性を理解していながらも二人は動けなかった。
しかしいつでも動く準備はしていた。
「門に動きあり!」
だからその警告が発せられるよりも早く、霊銘神剣を手にしていた。
門の闇の中から現れる、巨大な生物。
シルエットはよく見たものであるが、とにかく大きさが規格外だ。
「黒狼か」
雅香の言葉には苦い色が感じられる。
黒狼。魔物ではない。
それは破壊と殺戮と食欲に満たされた、魔族でも持て余していた幻獣種であった。
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