異世界不死者もまた す

第24話 無傷の勝利

 僕達三人は迷宮の中にいた。


 51階層からは最も迷宮らしい雰囲気で、洞窟エリアだった。洞窟の壁に張り付いた緑色の光る苔が、暗い空間をほのかに照らしている。ライトアップされた鍾乳洞のような幻想的な風景が広がっていた。


 この洞窟にはアンデット系のモンスター、スケルトン、リビングアーマーなどが多く出現するそうだ。


 兄の情報では、ここの魔物は剣術を使うものがいるらしい。僕にとっては鬼門となるだろう。緊張感が高まる。


 この洞窟は見通しが悪いが、兄の探知魔法ならば敵が丸見えだ。兄のおかげで不意打ちが無くとても安心して進める。


 僕達はしばらく通路を歩き続け、広い空間の入り口に来ていた。中には一体の人体骨格が剣を持ってフラフラしてこっちを見ている。


「あれはもう気づかれてるだろうな。」


 僕達にとっては薄暗い空間だ。兄のスキルでいることは分かるが今回は章子が視認できる距離まで行く必要があった。僕達とスケルトンまでの距離はすでに50メートル無いだろう。


 今回は妹が40レベルになった時に覚えたエクソシズムの効果を確認しに来たのだ。アンデッド系モンスターに特攻のある浄化魔法である。いつも裏方である章子がこの階層では主力になる可能性を秘めている。


 ちなみに、レベルが上がると兄と妹はスキルが増えることがあるらしいが、僕はまだ一回も増えたことが無い。未だに5個しかない。おかしい。女神様は依怙贔屓しているに違いない。


「ああ、まぁしょうがないだろう。章子行けるか。」


「うん。やってみる。」


 兄から声をかけられて浄化魔法の準備をする。章子は大きな杖を前に掲げる。杖から大きな光の矢が生まれる。薄暗い空間を明るく照らす。


「行くよ、行け!」


 章子はそう言うと、光の矢は飛んでいき、眩しい光線を作ってスケルトンに向かっていく。光の矢の輝く軌跡は空間の奥の壁まで当たる。


 静かな空間にカタカタカタカタという乾いた音が反響する。


 骨はまだ動いていた。


「外したか。」


 兄が言う。


「いや避けたな。」


 僕は見ていた。スケルトンは横にフラフラのステップで避けていた。


「そっかー、次はもっと大きいの作って、もう一回やる?」


 残念そうな章子が聞いてくる。


「いや、それでも避けられるかもしれん。僕が動きを止めてくる。その間に魔法を当ててくれ。兄貴、あの骨のステータスは?」


「レベル53、攻撃力1000、防御力500、魔力100だな。幹太のステータスだと近接戦闘は危険かもしれん。もう少しレベル上げをするべきかもだな。」


 今の僕のステータスはレベル46、攻撃力1070、防御力570、魔力200である。


「章子の強化魔法があれば、ステータスは余裕で上回るはずだ。章子、頼む。」


 章子の強化魔法があれば自分の攻撃力は1500前後になるはずだ。


「ああ、うん。」


 妹が自分に強化をかけてくれる。


「まぁ、良いだろう。」


「じゃあ、行ってくる。」


 僕はスケルトンに向かって、走り出した。スケルトンからはまだカタカタ音がする。神経を逆なでする不快な音だ。


 スケルトンはショートソードを1本持っているようだ。僕はスケルトンに向かって剣を振り下ろす。


 スケルトンは僕の剣を自分の剣で受け止め、鍔迫り合いになる。


 スケルトンの剣と僕の剣の刃と鍔がカチカチ音を立ててぶつかり合う。


 すぐ目の前のスケルトンから骨のぶつかり合うカタカタという音がする。


 この骨、意外と力が強い。気を抜いたら押し倒されそうになる。力を入れて相手を押す。


 敵の骨も同様に力を入れてくる。僕達は密着した状態になってしまった。


 敵から少し距離を取ろうと少し引き下がろうとしたその時、右足に相手の骨の足が絡まる。


 自分のバランスが崩れてしまう。それと同時に骨の剣は力を増して僕にのしかかった。


 僕は背中から地面に倒されてしまう。地面にたたきつけられる。背中に衝撃がはしり、肺から空気が吐き出される。


「カハッ」


「幹太!章子早くしろ!」


「分かってる!」


 お兄ちゃんと章子の大きな声が空間に響き渡る。自分はそれどころではない。スケルトンの骨という体からは考えられない重さの剣が上からのしかかっている。まだ鍔迫り合いの状態は続いている。下に寝転がっている僕の状態は不利だ。


 自分の巨大な諸刃の剣は自分自身の鎧を砕いて、とうとう自分の体に食い込む。左胸に自分の剣が食い込んでしまっている。


「いてぇ。」


 スケルトンの剣も自分の首筋に迫る。目の前の髑髏はカタカタ言って笑っているように見えた。暗い眼窩から目が離せない。


 やばい、死ぬ。


 そう思ったとき。目の前を太く眩しい光線が通り過ぎた。思わず目を閉じてしまう。


 自分の体にのしかかっていた大きな圧力が無くなる。目を開けると、スケルトンの首は無くなっていた。残った骨はバラバラになった後、魔石になった。


 助かった。死ぬかと思った。


 遅れて冷や汗が出てくる。ゆっくりと体を起こして、自分の体を見下ろすと、鎧は切り裂かれ、自分の血が流れ出ている。体温が下がっていくのが分かる。鳥肌が立っていた。


 痛い。章子に早く治してもらわないと。


「幹太、大丈夫か!?」


 兄と妹が駆け寄ってくる。


「ああ、大丈夫だ。超余裕だ。」


 なるべく笑顔を作る。痛くて涙が出そうだ。本当は大丈夫じゃなかった。すごく痛い。こんなけがをしたのは始めてだ。この世界に来て、けがをしたこと自体初めてかもしれない。


「あぁ!幹太、ごめんね。」


 章子は近くによって来ると、僕のそばに座って回復魔法をかけてくれた。自分の傷は一気に閉じ、痛みが治まる。


「章子のせいじゃないよ。魔法凄かったな。助かったよ。回復ありがとう。章子のせいじゃないよ。僕が悪いんだ。最初から全力で斬りかかればよかったんだ。動きを止めようとしたら逆手に取られたんだ。大丈夫だ油断しただけだ。」


 そうだ、最初からスラッシュのスキルを使えばよかったのだ。今回はスラッシュで粉々にしてしまうのではないかと思ったため普通に斬りかかったのだ。それが間違いだった。手加減するべきでは無かった。


「幹太。」


 章子が心配そうな声で僕の名前を呼んだ。


「いやー悪かったな。僕が油断したせいだよな。ごめんごめん。次は大丈夫だ。問題ない。章子のせいじゃない。僕のせいだ。自業自得だよな。笑えるぜ、ハハ。」


 僕は土を払うようにして立ち上がる。


「幹太。」


 今度はお兄ちゃんが僕の方を見て名前を呼んだ。お兄ちゃんは心配そうな顔をしている。兄がそんな顔をするのは珍しい。


「どうした、兄貴。あぁ、鎧が壊れちゃったな。着替えるからちょっと待ってくれ。」


 僕は壊れた鎧を急いで外して、アイテムから新しい鎧を出し取り付ける。少し時間がかかる。着替えている途中兄が言う。


「幹太、今日はもう帰ろう。」


「幹太、そうしよう。」


「でも、僕は大丈夫だぞ。僕は元気だ。今日はお兄ちゃんの魔法の有効性も確かめる予定だった。それまでは終わらせてしまおう。待ってくれ、もう着替え終わるから。良し。」


 自分が心配されている状況が許せなかった。何より自分のせいで今日の予定が狂ってしまうことが許せなかった。僕は大丈夫だ。傷は治った。痛みはもう無い。行けるはずだ。なぜかやる気に満ちている。心臓が高鳴っている。ドキドキしているのだ。このままでは帰れない。


「敵がこっちに向かって来ている。二体だ。配置が悪い。一体ずつなら、俺の魔法の検証ができたかもしれん。配置が悪いせいだ。今回はこれで終了だ。帰ろう。」


 そうか、配置のせいか、一体ずつじゃないからいけないんだ。運が悪かった。俺が怪我をしたせいじゃない。


 いや、違うな。それは違うな。


「…リベンジがしたい。ここで、負けたまま、帰りたくない。戦わせてくれ。さっきのは油断しただけだ。」


 僕は小さな声で、でも決意を秘めた声で言う。


 僕はこのスケルトンへの恐怖心を抱えたまま、帰りたくなった、逃げたくなかったんだ。スケルトンを余裕でひねりつぶして、叩き潰して、今回も超余裕だった。と思って家に帰りたかった。いつもそうだった。超余裕だった。


「幹太、どうして?帰ろう?今の幹太おかしいよ。もう一回砂漠でレベル上げよう。お兄ちゃん達レベル上げ好きでしょ。もっとレベル上げれば大丈夫だよ。また来よう。」


「大丈夫だ章子。お前のせいじゃない。僕のせいなんだ。心配しなくて大丈夫だ。」


「やばいよ、意味わかんない…。お兄ちゃんも何か言ってよ。」


 章子が隣で考えている様子のお兄ちゃんに助けを求める。お兄ちゃんは一体何を考えているのだろうか?


「いや、やっぱり今日は帰ろう。この階層はお前と相性が悪いんだ。幹太、お前は死ぬことに反対だったはずだ。今日は帰ろう。嫌な予感がする。」


「お兄ちゃん、距離は?」


 僕はお兄ちゃんに敵までの距離を聞く。骨が二体こっちに来ているのだ。正直お兄ちゃんと章子が何を言っているのか分からない。僕は戦わないといけないのだ。


「幹太、今のお前はさっきの怪我のせいで興奮状態にあるんだ。少し頭を冷やせ。また明日来るのが良い。」


「骨の足音が聞こえる。章子、お兄ちゃん下がってくれ。」


 奥の通路から、カタカタカタカタ音が聞こえる。骨が来ている。殺さないと。


「章子、不味い、幹太を引きずってではもう逃げきれない。ここで倒さないといけない。ここで戦うのが、幹太のためになる。魔法の準備をしてくれ。さっきよりでかいやつだ。俺もうつ。幹太、囮になってくれ。」


 お兄ちゃんも戦うことにしたようだ。二人は僕から離れて、後方に下がっていく。骨のぶつかり合う音が徐々にどんどん大きくなる。


 スケルトンが二体並んでこちらに向かってくるのが視認できる。


「お兄ちゃん勝てるの?」

「勝てる。だが、幹太には囮になってもらう。不死の検証をすることになるかもしれん。」


「それって、」

「幹太、挑発を使ってくれ。」


 後ろで兄と妹が話している。


 二体もいると後ろに抜けられる可能性がある。挑発を使うべきだろう。僕は挑発を使う。


 骨たちの音がさらに大きくなる。スケルトンは目の前にいる。


 今度はスラッシュのスキルで一気に粉々にしてやる。


 スケルトンたちも剣を振り上げて、自分を斬ろうとしている。


 もう僕の間合いに入る。僕は二体とも切れるように横に剣を薙ぎ払った。


 僕の巨大剣は左の一体の剣をはじきながら、その体を粉々にした。しかし、右のもう一体の骨の剣に受け止められる。


 一体を潰した。これで一対一だ。でも、このままだと、またつばぜり合いになる。僕は止まった剣にさらに力を入れて、スラッシュをもう一度使う。


「おらぁ!」


 僕の剣は残りの骨の一体を斜め後方に吹っ飛ばした。いや、おそらく避けられたのだ。骨は後ろに下がることで衝撃を殺したのだろう。僕の剣はスケルトンの体を傷つけることは無かった。


 僕とスケルトンは剣を構えてしばらく向かい合う。


 その時、大きな火の矢がスケルトンに当たる。スケルトンは炎に包まれながら、もがいているようだ。そこに、眩い光線がスケルトンの上半身を通り過ぎる。光線が通り過ぎた後にはその上半身はかき消えていた。残った火のついた下半身はバラバラになって地面に落ちると魔石になった。


 終わった。勝ったんだ。当然だ。僕のステータスは強化魔法で、相手を大きく上回っているのだから。超余裕だった。


「幹太!」


 妹がまた近寄ってくる。


「終わったな。楽勝だったな。」


 僕は後ろを振り向いて答える。きっと僕は笑顔だろう。


「そうだな。幹太のおかげで俺達は無傷だった。今日は少し早いが帰ろう。」


「ああ。そうだな。僕はもう少し進んでも良かったけど、帰ろう。」


 お兄ちゃんから帰ると言われて、僕も素直に帰ることにする。今日はもう疲れた。


 僕達は三人で並んで薄暗い通路を歩く。


「幹太、怪我してない?」


 左隣の章子が話しかけてくる。


「大丈夫だぞ、無傷だ。それにしても章子の魔法凄かったな。」


「次からは、俺の火で全体的に広範囲を燃やしながら足止めして、章子の魔法で即死させるのがよさそうだな。酸素の心配もあったが、おそらく大丈夫なはずだ。俺のストーンショットも効くだろう。幹太はこの階層では後ろに下がっていた方が良い。」


「そうかい、まぁ、そうかもな。」


 右隣のお兄ちゃんがこの階層の方針を話しかけてくる。この階層では僕は後ろで見ておくことが多くなるのだろう。まぁ、仕方がない。


 三人は僕を真ん中にして歩いている。ふと、僕が真ん中になって歩くのは久しぶりだなと思う。


 僕は今回、心配はかけたが、この二人に敵を近づけることなく守れたはずだ。


 結果的に無傷の勝利だった。それで良いじゃないか。




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