第25話 兄への疑惑

 帰る途中、ギルドの中の受付で、ギルド長のザックさんに呼び止められていた。お兄ちゃんとザックさんが話しているのを僕と妹の二人は少し後ろで聞いていた。


「この街の領主がブラックブラザーズに興味を持っているようだ。一度会って話がしたいそうだ。会ってみてくれねぇか?」


 何でも領主様が僕達と会いたいと言ってくれているそうだ。僕達もこの街でずいぶん有名になったような気がする。


 街中を歩いていても、最初にこの街に来た時とは違う注目を受けるようになった。領主が話してみたいと思ってもおかしくないのかもしれない。


「はぁ、領主がわざわざ…、なぜですか。」


 お兄ちゃんは会うのか迷っているのだろう。


 僕は会う必要は無いと思っている。この世界で知り合いを増やすメリットはあまり無いだろう。領主と会って僕らの力になってくれるだろうか?そもそも何の話をするつもりなのだ。僕達から領主と話したいことなんて無い。


「実は俺がヘンリ、いや、領主のヘンリクス・グラン・エルフォードと仲がいいんだ。その娘がな、黒髪黒目の人間に興味を持っているらしい。ヘンリのやつはだいぶ親馬鹿でな。娘が会いたいと言っているから、会わせてやりたいそうだ。」


 この世界、この国、アリシア王国というが、ここ周辺に住むアリシア人は茶色や、金色の髪、茶色の瞳、青色の瞳が一般的である。


 赤色や、灰色など、他の色の髪も多いが、真っ黒な黒髪は珍しい。領主の娘がなぜ会いたいと言っているのか。おそらく、珍しいものを見てみたいという無邪気な興味か。


「なるほど、そう言うことなら、会ってみましょう。いつですか?」


 少し驚く、お兄ちゃんは会うつもりらしい。


「なるべく早い方が良いだろうな。今からでもいいが、明日なんてどうだ?」


「良いですよ。」


「じゃあ、明日領主の館に行ってくれ。あっちには俺が連絡しておこう。場所は分かるか?」


「分かります。それじゃあ、これで。」


「ああ、よろしく頼む。」


 そんな感じで、僕達はギルドでの会話を止め、宿屋に向かう。兄と妹はこれから何をしようか話している。服屋、武器屋、レストランの話をしているようだ。今日は迷宮探索を早めに切り上げたので、まだ昼前なのだ。


 部屋に戻ってきた。


 僕はこの時疑問を感じていた。なぜ、お兄ちゃんは領主と会うことにしたのか。時間の無駄だろう。


 僕とお兄ちゃんは椅子に着いた。


「なぁ、どうして、領主と会うことにしたんだ。」


 僕は自然な感じで聞いてみる。


「あぁ、章子が友達が欲しいらしいからな。その領主の娘と仲良くなれないかなと思ったんだ。」


「は?」


「え、私のためだったんだ。」


 ベッドに腰を掛ける章子は驚いている。僕は正直理解できていない。


「話していただろう。友達が欲しいと、あと、領主の娘のレティティアについて。章子はレティティアちゃんと仲良くなりたいんだろう?」


「別に仲良くなりたいって程じゃないけど、あっちはお嬢様だし、ただ興味があっただけだよ。確かに、仲良くなれたら、嬉しいけど。」


 僕はまだ理解できない。僕は章子からそんな話は聞いていないのだ。おそらく、二人部屋の時や、昨日のように僕が一人で図書館に行っているときなど、僕がいないときに話していたのだろう。


「へー、そうなのか。でも、兄貴がそんなこと心配してたなんてなぁ。」


 この世界で友達を作っても別れる時が来る。作ってもあまり意味が無いだろう。お兄ちゃんもその意味が分かっているはずだ。


「ああ、そうだ。幹太は一人行動が好きだし、俺だって一人で用事を済ませたい時がある。章子が一人でいても寂しくならないようにしたいなと思っていたんだ。」


 なるほどな。やっとお兄ちゃんの考えをすべて理解できた。今までの反感がすべて解消できた。


 章子を一人にしないようにすること。これは僕とお兄ちゃんの間にある共通の課題だった。僕たち二人は近い将来、章子をかなり長い時間一人きりにしないといけない可能性があることを予見しているのだ。


 ここで、もし領主の娘と仲良くなれたら、どうだろうか。領主の娘など、理想の友人であるだろう。おそらく護衛がついているはずだ。一緒にいる章子も守ってくれるだろう。僕達がついていなくても安心である。そして章子も寂しくなく、楽しく過ごせる。


 なるほどな。流石お兄ちゃんだ。僕はいざという時は精霊の風のクリスさんを頼ろうかと思っていた。しかし、迷宮は危険だし、クリスさん達にも迷惑をかけることだし、章子の方には無理やり預けられたという疎外感を与えることになるなどの色々な心配があった。


 でも、友達ができればどうだ。おそらく章子は自分から、レティ何とかちゃんと遊びたいと言い出すだろう。そしたら、僕達兄二人の自由時間が始まる。


 レティちゃんも黒髪黒目の僕達に会いたいと言っているくらいだ。章子と会えてうれしいだろう。誰にも迷惑が掛からず、全員が幸せになれるのだ。


「なるほどな。つまり、明日は『章子の友達作ろう大作戦』の決行日ということか。」


「そういうことだ。」


 兄は力強く頷く。


「えぇ、そんな大したものじゃないでしょ。ただ、私と同じくらいの年齢で、少し興味があっただけだよ。」


 いきなり、変な作戦名を付けた僕とそれに頷く兄を見て、妹が焦り始める。


「必要なものは何だろうか?」


「贈り物か、良いな。アクセサリーかお菓子だな。」


「ちょっと、私抜きで話進めないでよ。」


 妹が何かを言っているが関係ない、僕とお兄ちゃんは作戦会議中だ。


「お菓子が無難な気もするが、好き嫌いが分からないから危険だな。」


「その好き嫌いについても良い話題になる。お菓子をプレゼントして、「私このお菓子嫌いなんですー。」と言われたら、「そうなんですか!ごめんなさい、どんなお菓子が好きなんですかー?」という風に話が広がるだろう。」


「何言ってるのお兄ちゃん。」


 少し演じ始めるお兄ちゃんに妹が少し引いている。


「馬鹿たれ!レティちゃんは他人からもらった贈り物についてその場で何か言うような悪い子じゃない。ただ気まずい雰囲気が流れて、後々悪口を言われたりするだけだ。「あいつ、私にクッソ不味いお菓子プレゼントしてきたんだよねーマジウザだわ。」みたいな。」


「なるほどな。その可能性は捨てきれない。」


「いや、幹太の言ってる方が性格悪いし。そもそも幹太はレティティア様のこと知らないでしょ。」


 章子ぐらいの年の女の子のことはよく知っている。表ではニコニコしつつ、裏では他人の陰口ばっかり言っているに違いない。僕の経験上、半分以上の確率で当てはまる。というか、女は全員悪口を言うのが好きなのだ。


「となると、アクセサリーだが、これは難しいぞ。相手は領主のお嬢様だ。きっと宝石をじゃらじゃら身にまとっているに違いない。半端なものを送ればその場で捨てられても文句は言えないだろう。」


「確かに。…いや、さすがにそれは無いだろう、この街の領主はそんな感じでは無いらしいぞ。」


「レティティア様はちょっと体の事情があって控えめなお嬢様なんだって。幹太が思っているような女の子じゃないよ。」


 そうか、そんな女の子では無かったか。まぁ、少しふざけてみたかっただけだ。


「そうか、じゃあ、何が良いのだろうか。うーん。俺達にしかできない贈り物。そういえば、レティちゃんは俺達の黒髪黒目が気になっているんだよな。だったら、章子の黒髪を…。」


「いいアイデアだな。」


「気持ち悪い!ちょっとマジで言っているのお兄ちゃん達。」


 章子がドン引きしている。


「お兄ちゃん達はいつも本気だ。章子の黒髪が、章子とレティちゃんを繋ぐ、運命の赤い糸ならぬ黒い糸になってくれると確信している。」


 僕は真剣な表情で章子を見つめて言う。


「いや、俺はそんな気持ち悪いこと思っていないぞ。」


 お兄ちゃんから突然裏切られる。今まで乗ってくれていたのに。


「俺が良いアイデアだって言ったのは、俺達にかかわる俺達にしかできない贈り物のことだ。」


「そうだよね、幹太キモ過ぎ。」


 妹の罵倒は聞き流す。妹のような年頃の女の子は悪口を言うのが大好きなのだ。やっぱり僕は間違っていなかった。


 それにしても、俺達にかかわる俺達にしかできない贈り物か。


「元の世界、日本のものか、トランプなんか作ったが、あまり贈り物って感じじゃないなぁ。折り紙で鶴でも折ったら良いかもな。」


「あぁ、良いな折り紙。でも、この世界にもしかしたら折り紙はあるかもしれんぞ。あったら悲惨だぞ。幼稚園生じゃないんだから。」


「何をそんなに迷っているんだか…。あほらし。私美味しそうなケーキ屋さん見つけたからそれ買って行こうかな。」


 章子はケーキを買っていくそうだ。


「章子、さっき言っただろう、食べ物は危険だと。ケーキが嫌いだったら、どうする?」


「ケーキ嫌いな女の子なんていないし。幹太は馬鹿だな。そんな簡単なこともわからないから、もてないんだよ。」


 くそ反論できない。ケーキと言っても多種多様だろう。ケーキが全部嫌いな女の子は非常に少ないはずだ。何種類かケーキを買っていけば、おそらくその人を喜ばせる何らかのケーキがあるのだ。


「そうだなぁ。一人一個のプレゼントを買っていくなんてのはどうだ?」


 お兄ちゃんが提案してくれる。


「誰のプレゼントが一番か勝負ということか。」


「そういうことになるかもな。明日までに各自プレゼントを用意しよう。」


 僕とお兄ちゃんの目の間で火花が散る。この勝負負けられない。僕の贈り物のセンスが一番だと証明してやる。


「なんか最初は私の友達を作るため贈り物だったと思うんだけど、もういいや…。ついていくのめんどくさ。お兄ちゃん一緒に買い物行こう。」


 章子とお兄ちゃんは一緒にプレゼントを選ぶのだろう。悪いが、僕は単独行動させてもらう。


 僕は根に持っているのだ。僕をモテないといった章子を絶対に見返してやる。







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