第23話 二度あることは三度ある


 僕は次の日図書館に来ていた。お兄ちゃんと章子は買い物に出かけた。


 章子の希望で今日は休みだ。まぁ、僕も少し休みたかった。図書館には用事もあった。章子はお兄ちゃんに任せて僕は自由行動させてもらっていた。お兄ちゃんには感謝しないといけない。


 僕は三階の閲覧席に座って本を読む。


 魔法についての本だ。決して、魔法が使えるようになる本ではない。魔法の分類や仕組みについての教科書みたいな本だ。


 魔法の歴史から始まり、分類、仕組み、それぞれの魔法の特性などの各論にうつる。


 僕は本を読み終える。


「カンタ、また来ましたね。」


 僕の待っていた声が聞こえる。


「来てあげましたよ。エレーヌさん。」


 顔を上げると、やっぱりそこには銀髪司書さんがいた。いつものように向かいの席に腰を掛ける。僕達の周りにはだれもいない。そろそろ閉館の時間だ。


「何の本を読んでいるのですか?」


 司書さんは僕に質問をする。僕は本を閉じて表紙を見せて答える。


「魔法理論の本です。」


「どうして、二階にある本を三階で読んでいるのですか?」


 司書さんは不思議そうにすこし首をかしげる。


「どうしてだと思いますか?」


 僕は質問で返す。


「私に会うためでしょう。」


 司書さんはにやけながら答える。


 その通りだ。二階で読んでも司書さんにはきっと僕に会いに来るだろうが、三階で読んでた方が彼女に会える可能性が高いような気がしたのだ。


「自意識過剰ですね。」


 僕もにやけて返す。


「フフ、カンタ、私が貸した本が返却されているようでしたが、もう読んだのですか?」


 アウレリア神話のことだろう。


「ええ。なんとか、読みましたよ。僕にとってはとても難しい本でした。」


 難しかった。読むのが大変だった。


「そうですか、早かったですね、何かわかりましたか?」


「ああ、いえ、やっぱり僕はペルマ人ではありませんよ。エレーヌさんは僕のことをペルマ人だと思ってこの本を貸してくれたんでしょう。でも違いますね。」


 多分そうなのだろう。この銀髪司書さんは僕が自分自身を知るために選んでくれた本なのだろう。


「まぁ、そうでしょうね。私も考えましたが、やっぱりカンタはペルマ人ではないでしょう。そんなことは知っていますよ。私が貴方にその本を貸したのはそれだけが理由ではありませんしね。」


「へぇ、じゃあ、どうしてですか?」


 何だろうか、他の理由とは、何か重要なことが書いてあっただろうか。少し本の内容を思い出す。


「カンタに意味の分からない本を読ませて、苦労させたかったんです。」

 司書さんは美しくも憎たらしい魅力的な笑顔で答えた。


 くそ、やられた。この司書さんは僕に難しい本を読ませて意地悪したかっただけなんだ。


 いや、それだけじゃない、同じ苦行を味わわせてやりたかったのだ。僕もお兄ちゃんとノアさんに本を勧めた、全部失敗したが、この司書さんは僕で成功させたのだ。まんまとやられた。


「…もうエレーヌさんから勧められる本は読みません。」


 僕は軽くにらみながら、悔しそうに答える。


「フフ、それは残念です。」


 笑いながら、少し落ち込んだような表情を作る。僕をからかっているのだ。


「はぁー。」


 僕は大きなため息が出る。


「ため息をすると、幸せが逃げますよ。」


「これは深呼吸ですよ。」



「フフ、カンタは面白いですね。」


「はぁー。」


 また大きなため息が出てしまう。司書さんに嫌な思いをしてほしいのだ。他人のため息を聞くのはおそらく不快だろう。


「私、カンタのことを調べましたよ。最近頑張っているみたいですね。50階層を突破したとか。」


 僕達兄妹は黒の三人組として少しこの街で有名になっている。司書さんが知っていてもおかしく無いだろう。顔が広いみたいだし。


 昨日の50階層突破はこの街の今日のニュースの一つになっていた。


「僕もエレーヌさんのこと調べましたよ。学校や図書館建てたりしてるとか、案外優しいことしているんですね。」


 案外ね。


「フフ、カンタ、それで強くなる理由は分かりましたか?」


 司書さんの方から聞いてくる。


 僕は大きく息を吸う。


「やっぱり僕は、迷宮の奥に向かうために強くなりたいです。迷宮の奥に僕は行かないといけないのです。」


 僕は前回と同じ理由を言った。


「…どうして?」


 司書さんは前回と違い、すぐに点数をつけず、さらに理由を問う。


「元の世界に帰るためです。」


 僕は本当のことを言った。太陽の団と精霊の風の人達も知っていることだ。もう隠す意味が無いと感じ始めていた。


 何より、正直に話して、協力して欲しかったのだ。司書さんは案外優しい人だ。きっと力になってくれる。


「なるほど、そうゆうことでしたか。」


 司書さんはとても賢い人だ。すべて察しがついたのだろう。


「協力してくれませんか?僕は早く迷宮の100階層にたどり着き、元の世界に帰りたいのです。」


「でも、だめです。私はやはり、早死にする人とこれ以上の関係になりたくありません。」


「僕は死にません。」


 前にも言った台詞だ。


「人はやがて死にます。」


 司書さんは寂しそうな表情をした。



「僕は死んでも生き返るんです。」


「カンタ、貴方は人ですか?神ですか?」


 鷲のような金目が僕を貫く。司書さんは少し怒ったように言う。


「僕は人です。」


「じゃあダメです。人はやがて死にます。」


 アウレリア神話でのペルマ人の話が頭の中をよぎる。不老不死のペルマ人は結局最後は死んだのだ。


 僕はペルマ人ではない、本当にこの世界では死なないのだ。だが、これ以上のこのことを説明しても司書さんは分かってくれないと思った。


「剣を教えてくれないんですか?」


「カンタ、もう少し、よく考えて下さい。貴方はもうわかっているはずなのです。自分だけの力で気づいて欲しいのです。私も貴方に剣を教えたい。でも、今のままだと、だめなんです。早く強くなる理由に気付いて下さい。」


 なんだよ、強くなる理由って。正直たくさんありすぎる。


 強くなって、偉くなりたい。尊敬されたい。お金持ちになりたい。大切な人を守りたい。目的を達成したい。嫌な人間を潰したい。もっといっぱいある。強くなれば何でもできる。


 僕には司書さんの求める強くなる理由が分からない。


「…そんなこと言って、僕に教える自信が無いだけなんじゃないですか?」


「私はそんな安い挑発には乗れません。」


 ダメか、まぁ、そうだろう。だが僕にはまだ作戦がある。僕は馬鹿ではない。司書さんから剣を教えてもらうために多くの作戦を練ってきた。


「…隣の街のエルフォールにエドワードさんの知り合いの特大両手剣の使い手がいるそうです。次はその人を当たってみようと思います。」


「カンタ、私から逃げないでください。貴方が100階層行くために必要な師匠は私以外あり得ません。」



「意味が分からないです。」


「私の正体を調べていないのですね。」


 銀髪金目の美女ということしか知らない。調べようと思えば、調べることもできた。銀髪金目の種族、巨大迷宮エルドラドで冒険者をしていた、迷宮の教科書の著者オフィーリア・ハイドラコ・ラヴィンの知り合いであること、手掛かりはきっといくつもあったのだ。


「他人が隠していることは調べたくないです。」


 司書さんは語りだす。


「それでは教えてあげましょう。」


 司書さんは突然立ち上がる。椅子がガタンと音を立てる。背の高い銀髪司書さんの金目が僕を見下ろす。再び司書さんは口を開く。


「私の本当の名前はユリーシア・シルウェステル。最初に大迷宮の最深層にたどり着き巨大迷宮を生み出した者の一人です。カンタ、強くなる理由が分かれば、貴方を最深層までたどり着ける剣士にすると約束しましょう。」


 ユリーシアさんは振り返り、僕に背を向けて歩き出す。銀色の波が夕日を反射して揺れる。

 

「早く強くなる理由を見つけてください。私はあまり待ちたくありません。」


 僕に背中を向けたままそう言うと、ユリーシアさんは本棚の奥に消えていった。


 


 僕はしばらく誰もいない三階の閲覧席に取り残されていた。

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