第20話 アウレリア神話
その日の夜。僕と兄の二人はテントで本を読んでいた。章子はこのテントにはいない。クリスさんと一緒だ。
「そういえば、僕のせいで皆に僕達の正体ばれてしまったね。僕がばらさない方が良いかもって言ってたのに、ごめん。」
僕は本を読みながらお兄ちゃんに聞く。
お兄ちゃんは読んでいる本を閉じた。大きな欠伸をして、少し体を伸ばす。
「んーー、別にいいぞ。お前だけのせいじゃないしな。ばれても何も悪いことは無いだろう。」
「そうだなぁ、兄貴の言うとおりだったなぁ。」
本当に兄貴の言うとおりになってしまった。やっぱりお兄ちゃんは僕よりも色々なことを知っているんだ。でも、こんなに早くばれてしまうなんて、少し悔しいなぁ。
「それで、幹太は50階層から先はどうしたいんだ。方針は変わったのか。」
お兄ちゃんはまた本をパラパラ開く。
「いや、やっぱり僕達三人だけで行こう。」
「んーー、そうか。まぁ良いだろう。」
「ごめん。」
お兄ちゃんは僕の意見を一応は受け入れてくれる。
「幹太は怖いんだろう。」
「まぁ、そうだね。」
「あの人達との別れが。」
「まぁ、そうかもね。僕らはこの世界で生きていない。彼らはこの世界に生きてる。あまり仲良くなっても別れがつらくなるだけだよ。」
「違うな。俺らは俺らの世界で生きている。彼らが俺らの世界に生きていないんだ。」
お兄ちゃんは僕の答えを否定する。
「おんなじことさ。」
「違うな。お前は彼らが死んでしまうのが怖いんだろう。お前は優しすぎる。この迷宮の最深部に至るためには使えるものは何でも使うべきだ。」
お兄ちゃんはまた僕の考えを否定する。
お兄ちゃんはこの世界をゲームだと思えと僕に言っているのだ。お兄ちゃんが今僕に伝えようとしていること、お兄ちゃんがしようとしていることが僕には理解できる。その考え全てをは、僕はまったく肯定できない。お兄ちゃんは恐ろしいことを考えているのだ。
お兄ちゃんに特別な感情をもって近づいてきているあの人であっても、お兄ちゃんにとってはきっと…
いや、この考えはよそう、今は関係が無い。
「まぁ、僕たち三人だけでも大丈夫だろう。」
「彼らと一緒の方が俺達の生存率は高いぞ。幹太は俺達が死ぬことは反対だっただろう。」
「確かに今でも、僕は自分たちが死ぬのは反対だ。でも、彼らの命を犠牲にしてまでそんなことは思っていないぞ。最悪僕は死んでもいい。でも、彼らはダメだ。」
「んーー、まぁ、いいさ。今は幹太の意見に従ってやるよ。」
「助かる。」
僕はお兄ちゃんが僕たち兄妹にとって正しいことを理解している。お兄ちゃんは僕より賢いのだ。おそらく、今この時このような話をすることもお兄ちゃんにとっては単なる思い付きではない。すべてに意味があるのだ。そのすべてを僕は察することはできないだろう。
「その本まだ読み終わらないのか?」
僕は司書さんから貸してもらったアウレリア神話の本をここ一週間ほどずっと読んでいた。
「うーん。ちょっとわかりにくくてね。あんまり面白くも無いし。司書さんに勧めてもらったから頑張って読んでるだけだな。でも、もうすぐ読み終わるよ。」
「どんな内容なんだ。」
お兄ちゃんに教えてあげるために頭の中で神話をまとめ始める。
「うーんとね。少し長くなるよ。
アウレリアっていう時空をつかさどる女神がね、天界で戦争を起こすんだよ。自由と革命のためにね。そしてね、まぁ、ボロ負けするんだよね。アウレリア女神は一人だったから当たり前なんだけど結構頑張ったみたいだね。
その後、アウレリア女神は誰もいない場所に追放されるんだ。アウレリア女神はしばらくずっと一人で寂しい思いをしたらしい。でも、アウレリア女神は空間をつかさどる女神だから、そこの空間を押し広げてこの世界を作ったんだよ。
世界だけじゃ何も意味がない。アウレリア女神、もう、女神っていうね。女神は自分の力を分け与えた12人の人間を順番に作り出したんだよ。これがペルマ人、僕達と同じ黒髪黒目の人達なんだ。彼らには寿命が無かったんだ。女神と同じ不老不死。彼らはとても長い間一緒にいたらしい。
でもね、ペルマ人は不老不死でも、やっぱり人だったんだ。精神が摩耗してしまったらしい。止まった時間と大して変化のない世界で、ペルマ人は苦しんだんだ。女神は苦しむ仲間たちを放っておくことができなかったから、ペルマ人から不老不死の力を吸い取って、また別の今度は寿命のあるたくさんの生き物を作り出したんだ。人間だけじゃなくて、植物、動物、獣人、妖精とかありとあらゆる生き物だよ。
ペルマ人はとても喜んだんだ。動き出した時間に感謝したらしい。ペルマ人は皆が大魔法使いだったから、大陸を作ったり、海を作ったり、山を作ったりして、その生き物たちの暮らす環境を整えて遊んだらしい。
この時どうして、自分たちの不老不死を奪われたのに楽しくしてるんだっていうペルマ人もいたんだけど、すぐいなくなったみたいだ。
また、女神とペルマ人は楽しい時間を過ごしたんだ。
でもね、今度は女神が天界に呼び出されるんだ。追放の罰が終わったらしい。女神はねペルマ人と一緒にいるのが楽しかったんだ。
でもね、やっぱり天界に帰りたくなったんだよ。この世界にはすでにたくさんの生き物がいた。人間たちは村を起こし、町を作っていた。女神は考えたんだ。私がいなくてもペルマ人は大丈夫だなって。そう思って女神は天界に帰るんだ。
でもね、それは間違いだったんだよ。ペルマ人はとても嘆き悲しんだんだ。女神様に捨てられたって、私達より天界を選んだってね。ペルマ人たちは女神に戻ってきてもらうためにもっともっとこの世界を楽しい世界にしようと思っていろいろしたらしい。悪いことをして、心配させて戻って来させようともしたらしい。まぁ、これは少しだけね。
そんな時、誰も気づかないような大きさの別の世界、後に迷宮と呼ばれるものができたんだ。これはとても小さくて人間達は誰も気づかなかった。でもペルマ人は気づいたんだ。今は小さいけど、この迷宮が自分達の世界を改変していることに気付いた。
まぁ、それを止めようといろいろ頑張ったみたいだけど、原因は分からず彼らにとうとう寿命が来てしまったんだ。そしてまぁ、また長い年月が経って迷宮が大きくなると、迷宮は人に発見されて、みたいな話。」
僕の長い話をお兄ちゃんは黙って聞いてくれる。分かりやすく説明できなくて申し訳ない。
「ふーん。面白そうじゃないか。」
「読んでみたら分かるけど、全然面白くないよ。文章は意味不明だし。時系列はめちゃめちゃで説が複数ある。説というか、解釈だな。海ができたのは、ペルマ人の涙だとか、魔法だとか、女神のトイレだとか、正直どうでもいい話ばっかりなんだ。」
「ふーん。そういうのも面白いところなんじゃないか?」
「じゃあ、読んでみなよ。」
僕が本を兄に押し付ける。
「いや、いい。」
兄はそれを僕に押し返す。
「なんでだよ。」
「面倒くさそうだからな。幹太のおかげで話は大体わかった。」
「くそ、教えなければよかった。」
お兄ちゃんにも同じ苦行をしてほしかった。
「ありがとな、幹太。」
お兄ちゃんは僕をからかうように笑って言う。
「くそ兄貴。」
「ハハ、愚弟。最初からお前は俺の手のひらだ。」
「はいはい、もういいよ。」
僕は横になって目を閉じた。もう寝よう。
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