第18話 会議という名の確認行為


 次の日、僕達は会議室にいた。会議室には、見慣れた十人の冒険者と、ギルド長がいた。今度はお兄ちゃんは奥の方に座っている。章子はクリスさんの隣に座っている。僕はというとまた入り口の近くに座っていた。向かいの席にはまたガシア人のアンさんがいた。


「カンタ君も二人の所に行った方が良いんじゃない?」


 赤目のアンさんが僕に声をかけてくる。


「僕は行きそびれてしまったので、ここで良いです。」


「ハハ、幹太君は端っこが好きなんだね。私と同じだ。」


 アンさんは笑っている。僕は端っこが好きだといったわけでは無いが、見抜かれてしまったらしい。


 今回の会議で僕が発言することは無い。兄に任せて大丈夫だ。


 一番奥のギルド長が話を始める。


「良く集まってくれた。今回こうした場を作ったのは、とうとう50階層の主サンドワームの討伐へと動き出すためだ。無事達成されれば、これはおよそ30年ぶりになる討伐だ。」


 まぁ、そうだろうなと思った。サンドワームの討伐に動き出すだろうことは決して驚きではない。


「やっとか。」


 エドワードさんは声を出す。他の人たちは黙って聞いている。


「ブラックブラザーズ、カズキの探知能力はノアール以上だ。それにミドルボーイのモンスターを引き寄せる力を使えば、厄介だったサンドワームのヒットアンドアウェイ戦法を大きく軽減できるはずだ。」


 僕達のスキルについてはお兄ちゃんがしているはずだ。


「サンドワームを安全に倒せる戦力がついに整った。ヒドラ討伐と同様に順調な討伐になること祈っている。各自サンドワーム討伐の準備を進めてくれ。作戦開始は三日後だ。何か質問はあるか。」


「俺は無い。やっと先に行けるぜ。」

「私もないわ。ザックは慎重すぎよ。」


 エドワードさんとクリスさんは賛成している。他の冒険者もうれしそうに頷いている。


「俺は反対です。」


 お兄ちゃんが声を上げる。他の人間がぎょっとお兄ちゃんの方を注目する。


 そうなのだ。僕達は反対なのだ。


 これは僕と兄が話し合って決めたことだ。この太陽の団と精霊の風の冒険者たちと一緒に冒険するのはもうなるべくしないようにしようと決めたのだ。


「俺達は三人でサンドワームを倒せます。」


 お兄ちゃんが続ける。


「それは危険だ。」

 エドワードさんが止める。


「わ、私もさすがにそれは反対よ。」

 クリスさんも反対する。


「なぜ、三人だけで行こうとする?俺はその行動を許可、支援しないぞ。」

 ギルド長のザックさんはそう言う。


 しかし、僕達はギルドの許可も支援も必要無い。


「俺は、少なくとも今の作戦で皆様と迷宮に行きたくありません。俺達は迷宮の魔物をより多く倒さないといけないのです。」


 そうなのだ。これが最大の理由だ。前回の討伐作戦の開始前の僕達のレベルは33、終了後は35だ。たった2しか上がっていないのだ。


 僕達は三人だけの時は僕が挑発でモンスターを大量に引き付け、お兄ちゃんが倒すという強引なレベリングをしていたのだ。本来なら4ぐらい上がっていていいはずなのだ。


 確かに3日で10階層分攻略したのは早い。僕が少し不安だったのだ。レベルが低い状態でどんどん深い階層に潜っていくことが。僕達はモンスターを多く狩りつつ、レベルを上げながら、深い階層に潜っていく必要があるのだ。


 レベルが低い状態で深い階層にいけば、どうなるのか。少し不安なのだ。


 お兄ちゃんは死ぬことに抵抗が無い。自殺しようと思っていたくらいだ。僕が怖いのだ。いくらゲームのような世界とはいえ、しっかり強くなって安全に攻略を進めたいのだ。


「だったら、しょうがない。少し危険だが、今回は戦闘は回避しない方向で行ってやろう。」

「え、えぇ。そうね。三人だけで行くよりはそっちの方が良いでしょうね。」


 エドワードさんとクリスさんは譲歩してくれる。優しい人たちだ。


「それは、だめです。皆様の迷宮中毒が加速します。」


 そうなのだ。これがもう一つの理由。この世界の人間はレベルが上がるのが遅いくせに迷宮中毒になるのだ。僕が厚い迷宮の教科書を読んで分かったことだ。


 迷宮中毒は魔力への総被曝量ではなく、単位時間当たりの被曝量の影響が強い。僕達の超高速レベリングによる高密度の魔力にあてられ続ければ、彼らの迷宮中毒は加速し、迷宮から戻って来られない人間になるだろう。


 迷宮の魔力への感受性、耐性などは個体差がある。魔力量に相関関係があるとされるデータもあるが、魔力量の少ない戦士でも迷宮中毒になりにくい人がいるため、迷宮中毒へのなりやすさは諸説ある。

 太陽の団と精霊の風のメンバーはおそらく一般人と比較して、迷宮中毒になりにくい人なのかもしれない。しかし、濃い魔力を浴び続ければ、いつかは迷宮中毒になるはずだ。


 迷宮中毒は理性を失う危険な状態だ。彼ら冒険者は自分たち自身を迷宮中毒者と嘯くが、まだ本当の迷宮中毒ではないことは分かっているはずだ。


「それはお前たちも同じだろう。」


「俺達は大丈夫なんです。」


 エドワードさんと兄の口論になる。


 僕達は迷宮中毒になるのかまだわからないが、魔力にあてられ続ける快感というのは感じたことが無い。第一僕達は迷宮中毒など気にしてる場合ではない。だが、この世界の人間にとってはかなりの問題だ。


 僕達と比較して、この世界の人間は迷宮の魔物を倒すことによるレベルの上昇というメリットが少なく、迷宮中毒というデメリットが大きい。


 戦闘を適切に回避しつつ、適度にモンスターを狩ること。これこそがこの世界の人々にとっての最も安全な迷宮攻略法なのだ。


 ふと前を向くと、アンさんの赤目がこちらを見つめていた。自分の考えていることを見透かすような目。僕はすぐに目線をそらし、発言している兄の方を向く。


「どうやって三人でサンドワームを倒すつもりだ。あいつは危険な魔物だぞ。俺達の先輩は食われて死んだ。」


「俺達は浮遊魔法が使えます。」


 まだ完璧には使いこなせないが、すぐに完ぺきに使えるようになる。兄と妹はすぐに浮くことができるようになった。全身に一定の加速をつけ続けるの浮遊魔法は、体の各部分に適切なベクトルの加速をつけるよりも簡単だ。昨日の夜トランプをした後、浮遊魔法の先輩である僕が、浮遊魔法の感覚を細かく教えたのだ。自分よりも学習が早かった。おそらく魔力ステータスの差だろう。


「サンドワームは空を飛べるぞ。浮遊魔法が使えても危険なことは分かっているだろう、カズキ。」


「分かってます。でも、三人だけで行きたいんです。これは俺たち三人の都合です。」


 僕と兄が話し合って決めたことだ。妹はベッドで横になって意見を出さず、黙って聞いていた。僕達の会話は章子にはまだ難しいだろう。


「ショーコちゃんは?ショーコちゃんもお兄さんに賛成なの?」


 クリスさんは下を向いている隣の章子に問いかける。


「私は、」


 妹が話し始める。おそらく賛成だろう。妹は僕達の決定に反対意見を出さなかったのだから。


「私は、サンドワームはここの皆で倒したいです。でも、三日後は少し早すぎるんだと思うんです、多分。七日間ほど時間を下さい。七日間、私達は迷宮に入って魔物をたくさん倒してきます。その後皆で階層の主を倒すのが良いです。」


 これも昨日僕と兄で話し合った内容であった。十分なレベリングをした後に彼らと階層の主を倒せば良いと。それは本当は兄が出した意見だ。でも僕は三人だけで倒すことを希望したのだ。お兄ちゃんは僕を尊重してくれた。


 だが、章子も同じような意見を持っているとは思わなかった。お兄ちゃんは僕の目指す場所を察して僕に納得してくれた。章子はおそらく僕の考えを、見えている未来を完全に理解していない。


 だが、章子が今ここでこのような意見を出すとは正直思っていなかった。



 章子はまだ少しうつむいている。章子にも何か考えがあるのだろう。よもや何も考えないで言うわけはあるまい。


 お兄ちゃんと僕とで目が合う。僕は黙ってお兄ちゃんに任せるという目線を送る。


 クリスさんがショーコちゃんはこう言ってるけど…と言って兄の方を見ている。


「そうですね。それでは、皆様を待たせることになりますが、それくらい時間を頂けますか?」


 ザックさん、エドワードさん、クリスさんは当然だと言ってすぐに賛成してくれた。



 僕達、お兄ちゃん達が妹の章子の意見を、考えをすぐに蹴り飛ばすわけがない。当然妹の意見を取る。


 だが、もう少し早く教えて欲しかったなと思い、僕は小さくため息をついた。




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