第17話 強くなる理由


 その後、僕達は宿に向かったが、部屋にいても暇だったので図書館に来ていた。兄と妹は一緒に買い物に行くようだ。


 図書館には夕日が差し込んでいる。入っている人は少ない。そろそろ閉まる時間かもしれない。僕は柱についている地図を見る。剣術の本と、魔術の本があればいいなと思ったのだ。


 二階に武術関連と魔法関連のコーナーがあるみたいだ。魔法関連のコーナーはとても大きい。二階の半分以上を占めているようだ。


「カンタ、また来ましたね。」


 後ろから聞き覚えのある声がする。


「また来てあげましたよ。司書さん。」


 僕は振り返らずに答える。


 銀髪司書さんは僕の隣に立つ。司書さんは古そうな本を一冊手に持っている。


「何の本を探しているのですか?」


「剣を学べる本ですね。あと、魔法ですか、加速魔法を上手に使えるようになれる本とかありますか。」



「そのような本で私がおすすめできる本はありませんね。戦い方というのは実際に体を動かして学ぶのですよ。加速魔法は徐々に体に慣らしていかないといけません。歴戦の戦士になれば上手に使えるようになります。いきなり加速魔法だけ上手になっても体を壊しますよ。」


 そうか、剣術書とか見てみたいけどな。何かしら勉強になると思うけど。加速魔法で体を壊すか、まぁ、ゆっくり使えば大丈夫だろう。僕の体は頑丈だし。


「そうですか。何か強くなれる本は無いんですか?」


「そんな魔法の本はありませんね。」


 銀髪金目の司書さんは当然のように答える。


「司書さん、僕に剣を教えてくれませんか?」


 僕は司書さんにもう一度聞く。今日は本を探すためだけに来たのではない。司書さんに剣を教えて欲しいとまた頼むために来たのだ。司書さんは僕に剣を教えてくれる唯一心当たりのある人だ。


「私はエレーヌです。」


 司書さんは僕の言葉と関係のないことを答える。しかもエレーヌなんて、どうせ偽名だろう。姿をエルフに変えてるくらいだ。


「エレーヌさん、僕に剣を教えてくれませんか?」


 僕は素直にエレーヌと呼びなおす。


「この前言った通りです。早死にする弟子は持ちたくないです。」


「僕は死にません。」


 僕は死んでもきっと生き返る。


「…死なない人間などいません。」


 司書さんは少し間を開けて言葉を返す。


「僕は早く強くならないといけないんです。」


「それならば、カンタ、貴方に問いましょう。なぜ強くなりたいのですか?」


 司書さんは体をこちらに向ける。


 僕も体をそちらに向けて向かい合う。司書さんの金目は夕日の光を反射して輝く。金色の輝きは僕の目を貫く。


 僕は目をそらさずに答える。


「迷宮の最深部に到達するためです。」


 嘘はつかない。自分の本当の気持ちだ。早く日本に帰らなくてはいけないのだ。今の自分の愚直な剣では行き止まってしまうはずだ。


「20点ですね。カンタ、正直なことは評価しましょう。しかし、分かっているでしょう私は迷宮に入るのは反対です。残念ながら、今のカンタに剣を教えたいとは思えません。」


 僕は目線を外して下を向く。


「カンタ、何があったのですか?」


 落ち込んでいる様子の僕に司書さんが声をかける。


「昨日、迷宮でエドワードさんという槍使いと手合わせしたんです。全く歯が立ちませんでした。これから自分の力がどんなに強くなっても、どんなに速くなっても勝てないような気がしたんです。」


 僕はエドワードさんにボロ負けして、本当はかなりショックだったのだ。だってエドワードさんはこんなに強いのにまだ迷宮の最深層には程遠いのだから。僕はエドワードさんを大きく超えて迷宮の最深部に到達しなくてはいけないのだ。


「そうだったんですね。ですが、それは当然です。エドワード、太陽の団のリーダー、この街の冒険者のトップですよ。」


「知っています。」


 太陽の団リーダー、エドワードさんと、精霊の風リーダー、クリスティーナさんはこの街の冒険者の双璧である。


「…先ほど、死なないと言いましたね。かつて私の仲間たちは皆そう嘯きました。私達は死なないと。今更そんな馬鹿な台詞をまた聞くことになるとは思いませんでした。不思議なペルマ人の少年カンタ、私が貴方に会ったのは偶然じゃないような気がするのです。貴方のことを知るためならば、剣を教えるのもいいかもしれないとも思い始めています。」


「だったら、」


 剣を教えてください。と言おうとした僕の言葉を司書さんは遮る。


「ですが、やはりすぐにでも死んでしまいそうな弟子は持ちたくないのですよ。カンタ、もう少し強くなる理由を考えておいて下さい。」


「…わかりました。」


 僕が強くなる理由か。


「カンタ、この本を読んでください。」


 司書さんはずっと手に持っていた古い本を僕に渡す。表紙にはアウレリア神話と書かれている。


「ずいぶん古い本ですね。この上に載ってるカードは?」


 本の上には白いカードが乗っていた。


「貴方の貸し出しカードですよ。」


 カードの名前の欄にはカンタと書かれている。住所もなぜか書かれている。


「勝手に作ったんですか、この住所もどこですか、僕はこんなところに住んでいませんよ。」


「それは私の住所です。カンタはどうせ住所不定でしょう。感謝してください。私は偉いのでこれくらいはできます。」



「そうですか、まぁ、ありがとうございます。」


 頼んでないけど、お礼を言っておく。


「さて、そろそろ閉館です。残念ですが、お別れです。また来なさい。」


「また来ます、今度は剣を教えてもらいます。」


 フフフと笑うと、銀髪司書さんはどこかに行ってしまう。長い銀髪が背中で揺れている。


 しばらくその美しい後ろ姿を見ていたが、僕も帰ることにする。






 宿の部屋に帰ってくると、兄と妹はすでに部屋の中にいた。


 兄は椅子に座って本を読んでいる。章子は近くのベッドで足をぶらぶらさせている。


「何読んでんの?」


 僕はお兄ちゃんに聞く。


「魔法理論についての本だよ。買ったんだ。」


「へー。」

 確かに、僕も本は買えばよかったな。癖で図書館に行ってしまったが、今の僕達はお金があって、しまう場所がある。図書館を使うメリットは少ないだろう。


「そっちは何か良い本あったか?」


「いや、探してた本とは違った。仲良くなった司書さんに神話の本を貸してもらったよ。その本読み終わったら見せてくれよ。」


「ああ、いいぞ。まだちょっとしか見てないんだが、この世界の魔法は思ったより奥が深いぞ。」


 お兄ちゃんはもうすでに4分の1ほど読み進めているようだ。


「へー、そう言えば、僕も最近魔法を使う練習をし始めたんだ。ちょっと見てくれないか?」


 僕はそう言って、自分に加速魔法をかける。


 自分がゆっくり上方に加速していくことをイメージする。徐々に自分の体が軽くなっていくのを感じる。


「すごい、幹太、浮いてるよ。」


 章子が僕の方を見て驚いている。


 そう、今の僕は床から10センチほど浮いている。ずっと一定の場所にとどまるのはまだ安定しないので、すぐ床に落ちる。


「どうだ、すごいだろ、驚いたか。」


 僕は自慢げに言った。僕は自分が加速魔法を使えると気付いてから、二人にはばれないように自分の体に加速魔法をかけ練習していたのだ。


「ああ、驚いた。第一属性の派生魔法の浮遊魔法だ。加速魔法の応用魔法だな。すごいぞ、お前も魔法が使えるようになったんだな。良かったじゃないか。」


 お兄ちゃんが驚いて、褒めてくれる。惜しみない称賛というやつだ。


「へへ。」


「俺の魔法も第一属性の魔法と第二属性の魔法の派生魔法が多いから、加速魔法が使えるはずなんだが。」


 お兄ちゃんは手を横に何度も振っている。


「動き速くなれ―で、加速魔法は使えるぞ。」


 僕はいつか聞いた役に立たないアドバイスをお兄ちゃんにしてあげる。


「うーん。」


 お兄ちゃんは手を机と平行にしてフリフリしている。


「私も空飛びたい。」


「フフフ、これは僕だけが神に許された魔法なんだよ。」


 僕は調子に乗って答える。


「キモ。」


 妹は僕の方を軽蔑した目線で見る。キモは流石にお兄ちゃん傷つくぞ!


「いや、章子も練習すれば使えるはずだ。章子の魔法は第一魔法と第三属性の派生の神聖魔法だ。光の玉を浮かせていただろう。あれと同じことを自分の体ですればいいだけなんだ。」


 お兄ちゃんは僕の言葉を否定して章子にアドバイスをする。


「そうなんだー、私も練習しよう。」


 章子は嬉しそうに言う。


 その時、突然ブンと大きな音が鳴る。


「イタ。」


 お兄ちゃんが声を上げる。


 音のなった方向を見るとお兄ちゃんが右手を抑えている。手は変な方向に曲がっていた。


「お兄ちゃん!」

 章子がすぐに白く輝く回復魔法をお兄ちゃんにあてる。お兄ちゃんのあらぬ方向に曲がった腕は白く光りながら元に戻った。


「ありがとうな、章子。」

 お兄ちゃんは苦笑いしながら、お礼を言った。



「防御力が足りないんだ。」


 僕は呆然としていたが、気づいたことを声に出した。


「なるほどな、幹太の高かった防御力は加速魔法のスキルに耐えるために最低限必要なステータスだったんだな。俺は防御力150のまんまだ。幹太気をつけろよ。章子も気をつけろよ。章子は防御力450まで上げているが、魔力900の最大出力だと腕を吹っ飛ばしかねない。」


「うん、わかった。」


 章子は怯えた表情で頷いた。


 お兄ちゃんは加速魔法を自分の腕に対して使うことができたのだろう。しかし、自分の体はその加速した運動エネルギーに耐えることができなかったのだ。


 そういえば、つい先ほど、似たようなことを司書さんに言われた。なぜ忠告できなかったのか。ふざけて変なアドバイスをしている場合ではなかった。深く後悔する。


 僕がしっかりアドバイスしていれば、お兄ちゃんは痛い思いをしなくて済んだのだ。


「兄貴、加速魔法はゆっくり体に慣れさせていく必要があるみたいだ。この世界の戦士は修練を続けることで自然と身に着けていく技術らしい。」


 司書さんから聞いた言葉をそのまま口に出す。


「そうか、そうだろうな。体を痛めないためには体の各部分をバランスよく加速させないといけないだろう。それぞれ別々のベクトルだ。頭の中で考えて使える魔法じゃないな。幹太のスラッシュのスキルは最も最適化された負担の少ない加速を体にかけることができるスキルなんだ。いや、すごいな、お前のスキルが羨ましいぞ。」


「そ、そうか。」


 それでも僕は、お兄ちゃんのスキルの方が羨ましい。でも、ここでは言えない。


「防御力はあげないといけないようだな。」


「僕は今攻撃力が850ある。攻撃力が上がって、自分の力が強くなり、動きが速くなったのを感じた。でも、それだけじゃなくて、速く動くものがよく見えるようになったんだ。動体視力が上がっているんだ。他にもいろんなことが強化されてるかもしれない。極振りは危険なんだ。攻撃力にも少し振った方が良いかもしれない。章子は確かすごく低くなかったか?気を付けないといけないかもしれない。」


「なるほどな。」

「うん、気を付ける。」


 僕たち三人は真剣な表情になる。


「すまんな、俺が加減もわからず加速魔法を使ってしまったせいで、雰囲気が悪くなってしまった。また大富豪でもしよう。」


 お兄ちゃんはそう言うとトランプを取り出し、シャッフルし始める。


 違う、今回お兄ちゃんが痛い思いをしたのは、お兄ちゃんのせいじゃない。僕が適切なアドバイスをしなかったからだ。僕のせいなんだ。僕は調子に乗っている場合ではなかった。


「わーい、次は幹太を大貧民に落としてやるからね。」


 妹は楽しそうにして僕にケンカを売ってくる。


「ガハハ、かかってこい、下賤の者。」


 僕はふざけて返す、この楽しい雰囲気を壊すわけにはいかない。暗い感情は心の奥にしまい込んだ。


 でも、僕はもう同じ失敗はしない。自分のせいで、家族の誰かが傷つくなんて許せない。

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