第10話 ゴブリンの王国 お兄ちゃん無双
次の日も迷宮の草原をひたすら歩いた。モンスターのゴブリンは少しずつ強くなっているようで、お兄ちゃんのファイアーボールとストーンショットは少しずつ大きくしないと即死級のダメージを与えることができなくなった。
8階層からのゴブリンは遠いところからの魔法だと避けることがたまにあった。そういう時は、僕も敵を倒したかったので、お兄ちゃんに譲ってもらい、高速移動のスキルを使って一気に距離を詰めて、斬り殺した。
高速移動のスキルは5メートルほどの距離を飛び出して瞬時に移動するスキルだった。移動速度の変化に慣れるまで、時間がかかりそうである。暇なときに、高速移動のスキルを使って、行ったり来たりをしていると酔ってしまった。
「何してんの?」
章子が嫌そうな目で聞いてきた。
「いや、高速移動の練習。」
「風、すごいんだけど、離れてやってくんない?」
「いや、酔ったからもういいや、次から気を付ける。すまん。」
僕は気持ち悪くなりながら答える。
「幹太は移動の時もスキルの練習して偉いな。隙間時間を上手に使うのは良いことだぞ。」
お兄ちゃんは褒めてくれる。お兄ちゃんの手には石できたコップが握られている。お兄ちゃんは先ほどから綺麗なカップを何個も作っている。
「ふーん。」
章子は杖を持つと先端から白い光を僕に向けて出した。
白い光が当たると、酩酊感が収まる。
「ありがとう。」
「別に、ヒールって、酔いにも効果あるのか気になっただけだから。」
章子はツンデレっぽいことを言った。
「章子も偉いな。スキルの効果を研究するのは大事だなことだ。」
「別に。」
妹は少し照れている。
章子はお兄ちゃんに褒めて欲しかったのかな。
「うーん、10階層への入り口に冒険者が12人あつまっているようで、先に進まないようだ。」
お兄ちゃんは完成した綺麗なカップをアイテムにしまうとマップを見て言った。
「へー、何かあったのかな。」
「一番考えられるのは、10階層の主の復活だろうな。前回の討伐からまだ1年経って無かったが、まぁそういうこともあるんだろう。」
階層の主は確かおよそ一年ごとに復活するんだっけか。
「へー。強いのか?」
「ゴブリンキングだな。ランクD相当なんだが、ゴブリンは中で集落を作っているらしい。討伐の記録は毎回ランクDの冒険者が5人ぐらいとランクEの冒険者で合わせて20人ぐらいのパーティを作って討伐していたな。」
「たむろしている12人と協力できれば行けそうだな。ランクC3人とそれ以外で合わせて15人だ。」
「人数足りないが、まぁ行けるかな。」
「私、回復魔法と強化魔法くらいしか唱えられないけど、ランクCの冒険者の一人として数に入れても大丈夫かな。」
「章子お前の強化魔法のステータス上昇率はチート級だぞ。もっと自信持て。」
お兄ちゃんが鑑定をして気づいたことだが、章子の強化魔法を受けた後の僕の攻撃力は400を超えていた。およそ1.5倍である。
「でも、私戦えないからなぁ。」
「強化魔法で十分戦ってるって。」
「そうだぞ。章子、戦い方は人それぞれなんだ。」
そんな会話をしていると、10人ほどの冒険者が集まっている9階層のゲートに着いた。近くの冒険者たちはこちらをじろじろ見ながら、何か話している。12人のうち6人は女性だった。半分も女性なのは驚きである。
近くの男の人が声をかけてきた。
「君たちは三人だけでここまで来たの?もしかして、高ランクですか?」
「いや、俺たちはCランクです。」
「CランクでもEの僕らからしたら高ランクですよ。その年で、いや、見た目は関係ないのかな。いや、これは失礼しました。」
「もしかして、ゴブリンキングが復活しているんですか。」
僕が話しかける。
「そうみたいです。さっき中に入ったら、木の柵が建ってて、ゴブリン達が組織立って動いてたんです。ゴブリンキングが復活している可能性が高いでしょう。」
「そうですか、じゃあ、倒しに行きましょう。」
お兄ちゃんは軽く言い放った。
「え、いや、今はギルドに報告しに戻る前に少し休憩していたところです。そろそろ暗くなってくるので、ここで泊まるか迷っていたんですよ。」
男の人は先に進む気が無いようだ。兄の言葉を聞いて驚いている。
「そうですか、俺たちは今から倒しに行こうと思うんですけど、一緒に来ませんか?」
話しかけてきた男の人は迷っているようだ。
「私たちはまだ主に挑戦できるような実力は無いんです。ランクCの貴方の実力が分からないので、何とも言えません。パーティメンバーと相談してきます。」
男の人はそう言うと後ろに下がって、パーティメンバーと会議を始めた。
「ねぇ、もう僕たちだけで行っちゃわない?待つのめんどくさいよ。もしかしたら邪魔になるかも。」
僕は待つのがめんどくなってお兄ちゃんに言う。
「そうだな、でもな、一応な。」
そういえば、ランクEってどれぐらい強いのかな。ゴブリン一体ぐらいの強さだったら、全く頼りにならないけど。
「この人たちのレベルは?」
「ああ、ちょっと待て。9、8だな。」
弱いな。そんなものなのかな。
しばらくすると、冒険者の集団がこっちに向かってきた。
「できれば、ついて行かせて欲しいです。後ろでサポートなどさせてください。」
「分かりました。それでは後方で妹の護衛をお願いします。俺たち二人が先行します。危なくなったら章子と一緒に逃げてください。」
お兄ちゃんはサポートを受け入れた。サポートと言いつつ、危ない前衛を僕たちにやらせて、自分達は安全な後ろで見物という風に取れなくないけど、妹を任せることができるならそれでもいいのかな。僕はお兄ちゃんに従うから、お兄ちゃんが良いならそれでいいや。
「やっぱり、妹さんなんだー、かわいいー!」
一人の魔術師らしき女性が妹の章子を見て言った。
「おい、カーラ、失礼だぞ。」
「だって、見たこと無いよ、こんな種族。ドワーフじゃないよね。なんかの妖精族だと思うけど。もしかして、人間?」
「人間です。」
章子は詰め寄られて困った様子で答えた。
「カーラあんまり近づくな、怖がっているだろう。ごめんなさい、うちの仲間が。」
「いや、大丈夫です。よろしくお願いします。」
章子は冒険者にちやほやされている。他の人たちもかわいいと口をそろえて言っている。この世界の人間はほとんど美男美女なのだ。つまり美女にちやほやされる妹が羨ましい。
「行きましょうか。幹太、行くぞ。」
「ああ、わかった。」
お兄ちゃんに声を掛けられ、雑念を振り払う。
僕たち二人はゲートに向かった。
ゲートを抜けると200メートルほど先に大きな木の柵が建っているのが分かった。想像以上に大きかった。
「集落っていうか、立派な砦だな。」
僕は思わずつぶやく。
「そうだな。」
「強化魔法はまだ残ってる?」
「いや切れてる。章子、強化お願い。」
「あ、うん。」
後ろで妹が返事をすると二人ともしばらく薄い光に包まれる。
「とりあえず、燃やすか。」
お兄ちゃんは杖を取り出し、前に掲げると大きな火の玉を出した。火の玉はどんどん大きくなって、自分の倍くらいある大きさになった。
「でか。」
すごい熱気を感じる。
「これぐらいで良いかな。」
お兄ちゃんはそう言うと火の玉を飛ばした。巨大な火の玉は凄い速度で飛んでいき、砦に穴をあけた。木でできた砦は燃え広がって、穴はどんどん広がっていき、木の柵の大部分が崩落したのが分かる。
「さすがに遠すぎたかな、小さくなってしまったようだ。」
お兄ちゃんは満足いっていない様子だ。
「十分だろう。」
僕はそう言って前進する。
お兄ちゃんは僕の隣を歩きながらも、巨大な火の玉を何個も飛ばし続けていた。
僕たちが柵の立っていた場所に着くころにはゴブリンの集落はほとんど黒焦げになっていた。僕の出番は無さそうだった。
「幹太、熱くないか?」
「熱気は感じるけど、熱くは無いな。」
「自分で燃やしておいてあれだが、俺は少し熱いな。」
防御力の高いおかげで熱によるダメージはほとんどないのだろう。
その時、グオォォォと空気を震わせる音が鳴り響く。軽い地震を錯覚するほどの声に驚愕する。
「ほとんどのゴブリンは燃えてしまったようだが、まだ奥の方で、10体くらい残ってるな。おそらくその一体はゴブリンキングだろう。さっきの声の主かもな。」
お兄ちゃんはそう言うと水の魔法を出して、周りを消火し始めた。水をかけるとすごい煙が出ている。あまりにたくさん水を出すので、周りが白い煙だらけになってしまった。
「おい、遠くが見えないぞ。」
「熱いから消そうと思ったんだが、失敗したな。でも、俺には見えてる。」
お兄ちゃんはそう言うと、石の弾を何十発も飛ばした。石の弾がヒュンヒュンと風を切る。遠くで、キキッとかギギとかのゴブリンの鳴き声がする。
「まだだな。」
お兄ちゃんはまた石の弾を何十発も飛ばした。
白い煙が薄くなった頃、前の方で緑の巨体が立っているのが分かった。
緑の巨体は、王冠のようにも見える兜を付け、豪華な鎧を付けていた。手には巨大な棍棒を持っている。
「グオオオォォォォォ!!!」
再び空気が震える。残った周囲の白い煙がかき飛ばされる。
「あれがおそらくゴブリンキングだな。あいつだけ、ストーンショットをはじき返しているようだ。」
「じゃあ、もっとでっかいやつ作ってやっつけちゃいなよ。」
「言われなくても。」
お兄ちゃんは杖をゴブリンキングに向けた。
ゴブリンキングは、グググと荒い息を吐きながらこっちに歩いてきている。
お兄ちゃんは杖をゴブリンキングに向けている。
ゴブリンキングは、細かい表情が分かる距離まで近づいてきた。緑の肌はところどころ赤くなったり、黒くなったりして汚れていた。表情を見るとお兄ちゃんを睨みつけているようだ。お兄ちゃんとゴブリンは睨みつけあっている。
お兄ちゃんは杖をゴブリンキングに向けたままそらさない。
お兄ちゃんは杖を向けたまま魔法を出す気配がしない。
「いや、兄貴。早くしなよ。」
しびれを切らして言う。ゴブリンとの距離は10メートルもない。
お兄ちゃんは額に一筋の汗を垂らして言った。
「すまん、魔力切れみたいだ。」
「ええ。」
まさかのMP切れ。
「無駄遣いしすぎだよ!」
お兄ちゃんは移動中はずっと魔法の練習をしているのだ。確かに魔力が切れてもおかしく無いだろう。
「すまん。」
「まぁ、僕は全く仕事してないから、全然いいけどさ。」
僕は前に出る。ゴブリンキングの視線はお兄ちゃんを睨み続けているようだ。
剣を抜いて、挑発のスキルを使う。するとゴブリンキングに向けて赤い波動が広がる。ゴブリンキングは赤い波動が当たると、またグオオオと叫ぶ。今度はお兄ちゃんじゃなくて、僕を睨みつけているようだ。
「うるさいなぁ。」
僕は耳をふさぎたくなるのを我慢して、剣を上に構える。
ゴブリンキングはこん棒を掲げてこちらに走ってくる。
僕は高速移動のスキルを使って一気にゴブリンキングに近づくと、剣を力いっぱいに振り下ろした。剣は緑の巨体を切り裂き、地面にたたきつけられ、地面をえぐった。
緑の巨体は僕の速さに全く対応できず、後ろに飛ばされ、数歩後ずさる。
剣を地面から抜きゴブリンキングの方を見ると、ゴブリンキングは肩から下腹部まで鎧ごと深く切り裂かれ、血が噴き出していた。手に持っていたこん棒を落として、グギ、グギ喘ぎながら、血を止めようと傷口を押さえつけている。
少し浅かった。もっと引き付けて斬るべきだったと後悔する。
今度は剣を左に構えて、高速移動とスラッシュのスキルを使い、ゴブリンキングの右横を通り過ぎる。
僕の見る景色は一瞬で変化する。ゴブリンキングの上半身は後ろに飛ばされドンと、下半身はズシャと音を立てて倒れた。
ゴブリンキングが倒れたのを確認すると、剣を背中に戻した。
「幹太は、俺の魔法が羨ましいっていうけど、俺はお前の戦い方のほうが羨ましいよ。」
お兄ちゃんが後ろから声をかけてくる。
「そうかね。ありがとう。でも、今回の敵はほとんどお兄ちゃんが倒したようなものじゃないか。僕はボスだけ倒して良いとこ取りしただけだよ。」
「そういうことじゃないさ。かっこよかったよ。」
「そう、まぁ、ありがとう。」
お兄ちゃんに褒められると、結構照れる。
「そういえば、後ろの人たちは?」
「ちょっと離れてるけど、こっちに来てるよ。」
「結局、戦いに参加したのは僕たち三人だけだな。」
寄生プレイのようなものである。
「まぁ、そう言うな。あ、レベル上がってるぞ。」
「おお。やったぜ、また攻撃力上げよう。」
僕達のレベルは22になっていた。
「保留しておくのも良いと思うがな。」
兄の言葉は自分が保留になっているから、仲間が欲しいのではないかと深読みしてしまう。
「おにいちゃーん。」
章子の声が聞こえる。声の方向を見ると章子がこっちに走って来ていた。
「お兄ちゃん、大丈夫だった?怪我してない?」
お兄ちゃんに抱き着く勢いで近づくと心配そうに聞いた。
「してない。大丈夫だぞ。」
「してないよ、どっちも無傷、楽勝だったな。」
「そっか、良かったー。白い煙がいっぱいになったり、大きな声が聞こえたりで心配だったよ。あ、あの魔石めっちゃ大きいね。もしかして、ゴブリンキングのやつ?」
章子は少し離れたところにある大きさある魔石を拾って、お兄ちゃんに見せた。
魔石は大きいだけじゃなくて、紫色も濃くなっているようだった。
「そうみたいだな。」
「なんか高く売れそう。」
「そうだと良いな。」
お兄ちゃんは魔石をアイテムにしまった。
「章子、他の冒険者の人たちは?」
「燃えた木の柵が熱くてこっち来れないみたいだよ。」
「そうか、じゃあ、戻ってあげようか。」
「うん。」
お兄ちゃんと章子は燃えた木の柵を越えられない冒険者たちの方に向かう。
僕は一般Eランク冒険者の防御力の低さにため息をつき、二人の後をついて行った。
「それにしても、カズキさんの魔法とてもすごかったですね。これがCランクの本気の戦いってやつですか。」
「ハハハ。」
「ショーコちゃんもまだ小さいのに強化魔法使えるなんて、もう立派な神官なんだね。すごいわ。」
「えへへ。」
僕たちは10階層の出口を目指して歩いていた。兄と妹はEランク冒険者に囲まれながら歩いている。
僕はというと、少し離れて、一人で前を歩いている。たまに燃えた木材などが道をふさいでいると後ろのEランク冒険者たちは通ることができないので、持ち上げて、横にどかしたりする。
自分は今回ゴブリンキング倒しただけで、Eランク冒険者たちは僕の戦いを見てないからか、僕の周囲には誰もやってこない。少し悲しい。
まぁ、燃えた木材どかすときに火の粉とか飛び散るし、近くにいても危ないだけだし、別にいいけど。
でも、やっぱり少しちやほやされたくて、担いだ巨大な剣を片手に持ち、ぶんぶん振り回す。露骨な怪力アピールである。少し力を入れて振ると、ブォンと音を立てて、小さな風が起きる。そばの木材は風にあおられると、火力を増して燃え上がる。
あ、やば。僕は剣を背中に戻す。
誰も見ていないよな、と思って後ろを振り返ると、全員お兄ちゃんと章子に夢中で誰もこちらを見ておらず、安心する。
いや、安心している場合では無い、僕は本当は見て欲しかったはずだ。しかし、もう何をやってもちやほやされることは無いだろう。あきらめることにしよう。
しばらく歩くとゲートが見えてくる。
僕は後ろからくる集団を待たずに中に入る。
ゲートをくぐるとそこは鬱蒼と茂った森林だった。草原で見えていた夕日は見えなくなり、あたりは急に暗くなる。
次からの階層は森林エリアのようだ。近くに生えている木はとても太くて大きい。自分が抱きしめても両手で半周ほどしかできないだろう。日本では見ることのできない大木が作る壮観に感動していると、後ろのゲートが騒がしくなる。
「幹太、少しくらい待ってくれても良いだろう。」
「ああ、すまん。すごいなこの森。」
「ああ、無事11階層に着いて良かった。よし帰ろうか。そろそろ暗くなる。」
お兄ちゃんはあまり景色に驚いている様子ではない。
「そうだね、ゲートを戻ればいいのかな?」
「ギルドのゲートを思い浮かべながら、ゲートをくぐるんだ。この大きなゲートは1階層のゲートとつながっているそうだからできるはずだ。」
「分かった。」
後ろの冒険者たちも帰ることにしたらしい。
「今日はありがとうございました。9階層から歩いて帰ると2日かかってしまうので、今日は助かりました。」
一人の男が礼を言ってくる。この人はこのパーティのリーダーでギルという人みたいだ。
「いえ、それでは帰りましょう。」
お兄ちゃんは後ろのゲートに向かう。
「ショーコちゃん帰れるの?手繋いで一緒に行きましょう。」
「おい、カーラ、この子はもうCランクだぞ、それぐらいできるにきまってるだろう。失礼だぞ。」
「いや、ありがたいです。お願いします。」
章子はカーラさんと手を繋ぐ。とうやら、カーラさんは妹がツボにはまったらしい。
「ショーコちゃんお手々すべすべね。」
カーラさんは少し気持ち悪いこと言っている。カーラさんは肩まで伸びたの茶髪と大きな胸が特徴的な美女である。美女は多少気持ち悪いことを言っても許されるのだろう。妹は嬉しそうだ。
僕たちはゲートを戻る。
僕たちの異世界迷宮の冒険はとても順調だ。三年もたたずにクリアできるのではないだろうか。
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