第6話 はじめてのかいもの
朝になると、ギルドに行き、混雑した食事場の空いたテーブルを探して座った。
「朝は混むんだね。」
「そうみたいだな。」
「すごく、色んな人がいるよ。」
「あまり、キョロキョロするなよ。」
受付とゲートの方は特に混んでいた。
「何頼む?」
「私はこのグッドモーニングセットにしようかな。」
「俺もそれにしよう。」
「僕はまた日替わり定食でいいや。」
注文が決まったので、近くを通った猫耳ウェイトレスさんを呼び止める。
「すいません、グッドモーニングセット二つと、日替わり定食を一つお願いします。」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
忙しそうな猫耳ウェイトレスさんは、そう言って厨房の方に消えた。ウェイトレスさんは忙しそうで、ずっと料理を運んでいる。
「注文ありがとな。」
「忙しそうだね。」
「そうだね。」
妹は忙しそうな猫耳ウェイトレスさんを見ている。ウェイトレスさんは他にも何人かいたが、猫耳が生えているのはさっきの人だけだ。
「そういえば、お昼ご飯はどうする?」
「一緒に食べようか。俺もお昼までにはギルドを出るよ。」
「私たちも、買い物は昼までに済ませようか。その後、図書館に三人で行こう。」
「そうだな。待ち合わせ場所はどこにしようか。」
「またここで良いんじゃない。」
「連絡手段があればいいんだが。」
「12時にここに集合しよう。」
「はーい。」
「分かった。」
「お待たせしました。」
ウェイトレスさんが料理を運んできてくれる。
「どうも。」
「ありがとう。お姉さん。」
「フフ、ごゆっくりどうぞ。」
猫耳ウェイトレスさんは少し微笑んで、別の机に向かった。今日の日替わりはシチューがメインのようだだった。モーニングセットはパンと卵と薄い肉とスープとサラダのようだ。
「美味しそうだね。」
「そうだね。」
「よし、早く食べるか。」
僕たちはいただきますを言って、ご飯を食べ始めた。
「見て見て、この服可愛くない?」
僕と章子は、兄とギルドで別れた後、章子の生きたいと言っていた洋服屋に来ていた。妹は、少しひらひらのついた黄色のワンピースを持ってはしゃいでいる。
「そうだな、試着してみれば。」
「そうする。」
妹は他にも何着か服を取って、試着室の方に向かった。
僕も着る服選ばないとな。普段から鎧姿は少し邪魔だ。重いわけではないが、ずっとこの姿だと疲れる。長ズボンとシャツを何枚かとった。僕も試着室の方に行く。
章子が出てくるのを待って、しばらくすると、カーテンが開いた。
「可愛くない!どう?」
「ああ、似合ってると思う。可愛いんじゃないか。」
自分の妹だから、そこまで可愛いとは思わないけど、客観的には可愛いと思う。妹は母に似て色白だ。妹には昔から男の友達が多い。きっともてているのだろう。彼氏とかいるわけではなさそうだけど。
「へへ、ありがとう、ちょっとブカブカだけど、これ着てこう。」
「僕も試着するわ。」
「私、お兄ちゃんの服見とくね。」
章子と交代して試着室に入る。鎧を脱いで、服を着てみると少し大きいような気がしたが、まあいいだろう。生地は少しゴワゴワしている。とりあえず一通り着て、気に入ったやつを着ておく。鎧はメニューのアイテムにしまった。
試着室を出て、章子を探す。章子は男性用の服の前にいた。
「選んだか?」
「ねぇねぇ、お兄ちゃんのサイズってどれくらいかな?」
「僕がLで少しだけ大きい気がしたな。LLだったら、余裕で入ると思うぞ。LLが良いんじゃないか。」
「そうなんだ。分かった。」
妹は何着か服を選び取った。
「それにしても、ここは服のサイズが豊富だね。3XLだって。メチャ大きいよ。」
「ここの人たちは、大きい人が多いもんな。」
おそらく2メートルを超えているだろう人、人外が普通にいる。前の世界だと、自分の身長は平均身長より高かったが、こっちの世界では平均以下だろう。この世界の建物が広く感じるのは大きい人に合わせているせいかもしれない。
「よし、これでいいや。レジに行こう。」
「ああ。」
いくつか下着を追加して、レジ?に行って、会計をする。今着ている服を合わせて全部で55000だった。少し高いような気がするが、まぁこんなものだろう。服を買って、店から出る。
「服屋さんの時計だと今10時だったよ。次はどこに行く。」
章子が時間を教えてくれる。まだ12時までには時間があるな。
「魔道具屋に行ってみよう。」
「分かった。」
僕は地図を見て気になっていた、魔道具屋グリモワールに行くことにする。
地図を見ながら、章子と並んで歩く。目的地の魔道具屋グリモは少し遠い。
どこで曲がるといいかな。次の次の角で曲がろうかな。でも最短ルートだともう少し先で曲がった方が良いんだよな。いや、大きな道を通った方が良いだろう、時間はあるし、次の次で曲がろう。
そんなことを考えていた。
「幹太!」
隣の章子が腕を引っ張った。
「おお!」
引っ張られて驚く。
「危ないよ、足元見えてる?」
「え?」
言われて下の方を見ると、どうやら、道の縁石に躓きそうになっていたらしい。
「ああ、すまん、気付かなかった。あ、ありがとうな。」
「もう、ちゃんと前見て歩きなよ。さっきも人とぶつかりそうになってたよ。」
「そうだったのか、すまん。」
「別にいいけど、地図見たいなら止まって見なよ。私は全然待てるから。」
「いやもう大丈夫だ。もう覚えたよ。」
「ならいいけど。」
妹は少しだけ、不機嫌になってしまったように見える。
そういえば、お兄ちゃんは歩きながら、メニューを見てても危ないことなんて無かったな。僕にはお兄ちゃんと同じようにはできないんだな。そう思うと少し劣等感を感じる。僕が章子にお兄ちゃんほど頼りにされていないのは、それが理由だろうなと思う。
暗い考えを振り払いつつ、前を向いて歩く。
道路には時折馬車が走っている。馬車につながれているのは馬に似た四足動物だ。道には、角の生えた人、獣耳の生えた人、翼がある人、おじさん顔なのに小さい人、色んな人がいて見ていて飽きない。
そんな景色を眺めて歩いてしばらくすると、目的地に着いた。魔道具屋グリモワールは二階建ての建物だ。
中に入ると、多様な道具が置いてある。客も多く、かなり繁盛しているようだ。扉の近くになった買い物籠を手に取る。
「そういえば何を買うの?」
「ランプとか、腕時計とかかな。良さそうなのがあったら他にも買いたいな。連絡の取れる道具とかあったらほしいんだけどな。この世界には携帯とか無さそうだしな。」
「ふーん。」
「章子は何か欲しいものは無いか?」
「私は別に思いつかない。幹太に任せるよ。私は2階を探してこよっか。」
「ああ、じゃあ、よろしく頼む。」
「うん。」
妹は階段の方へ行った。僕はあたりを見て回る。しばらくして、明かりの置いてある場所を見つける。ランプは大きいものや小さいもの、懐中電灯の形をしたもの、多様な形のものが置いてあった。
持ち運びやすそうなランプとライトを一つずつ手に取った。値段を見ると、ランプが3000エル、ライトが2000エル、合わせて5000エルだった。二つとも籠に入れる。
次は腕時計を探す。時計のコーナーを見つけて、並んだ腕時計を見る。値段を見ると安いやつでも1万ぐらいしているようだ。ショーケースに入れられたものもあり、高いやつは10万以上している。さすがに腕時計は高いような気がするな。もっと安い店があるかもしれないし、もっと見て回るべきかな。でも、めんどくさいしな。まだお金には余裕あるし、買っておこうかな。
少ししり込みしたが、やっぱり買うことにする。1万エルの皮のバンドの時計、2万エルの金属のバンドの時計、同じく2万エルの女性用見える細い金属でできた腕時計を手に取った。
とりあえず欲しかったものは確保できたので、他の商品を見て回ることにする。
水の出る水筒なんてものが置いてある。便利そうだな。でも、お兄ちゃん水の魔法が使えるって言ってたよな。だったら無駄になるだろうな。連絡手段になる道具は無いかな。
しばらくすると、妹が戻ってきた。何やら手に持っている。
「何か良いのあったの?」
「こんなのどう?向かい合うコンパス、あと、やがて至る運命の場所へと導くコンパスだって。」
「なにそれ?」
「向かい合うコンパスは二つで一組で向かい合った方向をさすんだよ。これ持っておけば、大体の位置が分かると思う。」
「へー、便利そうだな。でも、コンパスは二組か三組あった方が良いんじゃない?」
そういいながら、章子から商品を受け取る。
「一組しかなかったよ。」
「その運命なんちゃらのコンパスは?」
「やがて至る運命の場所へと導くコンパスだよ。近くの強大な魔力のある場所をさすんだって。強大な魔力が私達の運命を導くって書いてあったよ。」
「へー、よくわかんないな。」
妹から受け取った商品の値段を見ると結構高い。お金には余裕があるし、戻してきてというのは嫌なので、全部買い物かごに入れる。
「いろいろ選んできてくれて、ありがとな。」
「えへへ、もっと感謝してもいいよ。」
章子は笑顔になる。
会計は全部で、20万ちょっとした。結構大きな出費になった。コンパスは章子が持ちたいようななので、渡しておいた。
「よし、行きますか、運命の導かれる場所へ!」
店外に出ると、妹は運命のコンパスを見て言った。
「そっちは店にぶつかるだろ、そろそろギルドに帰ろう。」
「あれー?」
僕ははしゃいでどっかに行こうとする妹を止めて、ギルドに向かった。
ギルドに着くとまだ待ち合わせの12時まで余裕があった。朝とは違って、空いているギルドに安心する。食事場の机に章子と向かい合って座った。
「いらっしゃいませ。」
猫耳ウェイトレスさんが来てメニューを開いてくれる。
「ああ、どうも、後からもう一人来るんで少し待っても良いですか?」
「かまいませんよ、今は空いてますニャ。」
「お昼はすくんだね。」
妹がウェイトレスさんに話しかける。
「そうですね。朝と夜は混みますニャ。昼は皆さん、迷宮の中ですからね。」
「そういえば夜って来たこと無いね。今日は夜も来ようよ。」
「お客様のような、可愛いお嬢様にはおすすめしませんニャ。」
夜は危ないのかもしれないな。確かに酔っぱらった冒険者たちが騒ぎを起こしてそうだ。章子はまだ微塵も色気を感じない中学1年生だけど、ロリコンとかの異常性癖者がいたら危険だ。
「えへへ、かわいい?」
「はい、その服も似合ってますニャ。」
「あ、ありがとう、でも、お姉さんもかわいいよ。」
「フフ、ありがとうございます。」
ウェイトレスさんは可愛く笑った。
「夜はカイナクチナというお店がおすすめですニャ。私も良く行きますニャ。」
「へー、じゃあ今日はそこへ行こう。教えてくれてありがとう。」
「いえいえ、今の時間は暇なのですニャ。そういえば、その羅針盤は運命へ導くコンパスですニャ。久しぶりに見ました。」
猫耳ウェイトレスさんは妹が大事そうに持っているコンパスを見ていった。
「知ってるの?」
「ええ。旅をするときは近くの迷宮都市をさすので便利ですニャ。今も迷宮の方をさしているでしょう。迷宮の中では、くるってしまって使い物になりませんけど。」
なぜか、お姉さんの目が怪しく光っているように見える。
「へー、ところで、お姉さんの名前はなんていうの?あ、私は章子だよ。」
「私はセーカニャ。よろしくニャ、ショーコ様」
「章子で良いよ。セーカさん。」
「お仕事中の癖のようなものですニャ。」
「その尻尾は自分の思い通りに動かせるの?」
「動かせますニャ。」
ウェイトレスさんはくねりと尻尾を動かした。
「いいなぁ。」
「お客様は皆様、尻尾と耳が好きなようですニャ。」
どうやら僕たちが耳と尻尾を見ていることに気付いているようだ。
「つい見ちゃってた。嫌だった?」
「いえ、でも少し珍しいですね。こちらの人は目をそらしたがる人が多いですニャ。ここのアリシア人から見ると不気味に見えるそうですニャ。」
「へー。」
ウェイトレスさんの話を聞いていると、お兄ちゃんがやってきて、僕の隣に座った。
「二人とも、早いな、待たせたか?」
「んにゃ。」
「今来たところだよ。」
「いらっしゃいませ。」
「注文は決まったの?」
「私は日替わりでいいや。」
「じゃあ、ぼくも。」
「じゃあ、日替わり三つ下さい。」
「かしこまりました。」
注文を取ると、ウェトレスさんは席を離れた。
「そういえば、腕時計。はい。」
僕は腕時計を三つ出して、お兄ちゃんと章子に一つずつ渡した。
「おお、ありがとう。」
「これ、私にくれるつもりだったんだ。」
「いや、時間わかんないと不便だろ。」
お兄ちゃんには、金属の腕時計、章子には、細い腕時計を渡した。自分は黒の皮のバンドである。
「じゃあ、私からもお兄ちゃんにこのコンパスあげるね。このコンパスは、私の持ってるコンパスの方向をさすから、私がどこにいるか、お兄ちゃんの探知を使えば大体わかるようになると思うの。」
そう言って章子は向かい合うコンパスの一つをお兄ちゃんに渡した。
「なるほど、ありがとな。章子が迷子になった時に役立ちそうだな。」
「そうでしょ。」
迷子になる前提の章子に少しあきれる。
「で、迷宮については何かわかったの?」
「ああ、もうかなり分かった。」
ご飯を食べながら、聞いた話をまとめると、大迷宮ユーカディアは魔力の密度から、100階まであると予測されているらしい。
10階層ごとに階層の主がいて、階層の主は他のモンスターよりかなり強力である。
迷宮は最深層まで誰かが到達すると、生まれ変わりさらに大きく成長するらしい。ユーカディアはもともと50階層までしかなかったが、50年ほど前に最深層まで到達され、生まれ変わり、大迷宮と呼ばれるようになったらしい。
現在の到達最深階層は61階層である。
迷宮のゲートは10階層ごとのゲートとつながっていて、一度行ったところであれば、好きな階層に移動できる。
10階層ごとに階層の主という強力なモンスターが存在している。
モンスターはどこからともなく湧いて出てくる。階層の主もまた同じで、倒して1年ほど時間はかかるが復活する。
「50年で61か―、僕たち三年でクリアできるのかな。」
「いや、正確には、10年で61階層なんだ。61階層に到達したのは、40年前の記録なんだよ。今現在の攻略自体は復活した50階層のボスで止まっているそうだ。」
「どういうこと?」
「60階層の主がよほど強敵だったらしくてな。当時の最強パーティの主力が大きな被害を出して討ち取ったそうだが、そのパーティはそれ以降、迷宮に入るのは止めてしまったらしい。被害がよほど大きかったのか。」
「そうなのか。」
「ねぇ、ご飯も食べ終わったんだし、図書館に行こうよ。」
もうとっくにご飯も食べ終えて、話に夢中になってしまった僕とお兄ちゃんに妹が退屈した様子で言った。
「そうだな。」
こうして、僕たちは図書館に向かうことにした。
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