第7話 琥珀の追究

 この街の図書館は赤っぽいレンガでできた大きい建物だった。この街の建物は大きいものが多いが、この図書館は特に敷地が大きく感じられた。


 中に入ると、広々としていて、多くの本棚に本が敷き詰められている。


「私、絵本コーナー行ってくるね。」

「気をつけろよ。」


 そう言って妹は子供コーナーと思われる場所に消えた。


 中学生にもなって絵本か。

 僕とお兄ちゃんは柱についている地図を見ながらどこに行こうか考える。


「僕は、3階の迷宮関連って所に行こうかな?」


「そうか、俺は、一階をうろうろしておこう、章子が気になるし。18時頃までには、また集まろう。下に降りてきてくれるか?」



「分かった。」


 そう言って兄と別れ、すぐ近くにある階段へと向かった。


 迷宮関連の本はとても多かった。ざっと見ただけでも、「いい迷宮の見分け方」、「行って帰るまでが迷宮探索」「今すぐ分かる迷宮 トラップ編」とか、「初心者のための迷宮攻略」とか、「迷宮都市の発展について」「迷宮が生み出したもの」とかいろいろな本があるようだ。


 どの本を読もうか迷っていると、本が大量に入ったカートを押している司書さんと思わしき人物が来た。すぐ近くで、本を戻し始める。


 司書さんは長い銀色の髪を後ろで一つにくくっていた。女性のようだが、背がとても高く、自分よりも少し高いように思われる。薄い青いエプロンをまいた腰はとても細くスタイルの良さを強調している。


 おすすめの本を聞こうかなと迷う。迷宮の本について詳しく無いかもしれないけど、聞くだけ聞いてみようと決意する。


「すいません、迷宮について分かりやすい本とかありますか?」


「はい?」


 振り返った司書さんはとても美人だった。大きな金色の瞳は輝いていて、肌は陶器のように美しかった。輪郭、鼻、口、すべてのパーツが整っていて、彫刻のような美しさがあった。


「迷宮についてでしたか?」


 少し見惚れてしまっていた。僕は我に返る。


「ええ、迷宮について全く知らない人でも、良くわかるようになる本とか知ってますか?」


「まったく知らないですか、そうですね…」


 司書さんは本棚の方を向いて本を探し始め、一冊の古そうな本を手に取った。


「これなんか、どうでしょうか?」


 銀髪司書さんから本を受け取ると、表紙には「迷宮学 概論」と書いてある。


「少し、表題が難しそうですが、分かりやすい本ですよ。」


「へー、ありがとうございます。」



「いえいえ。」


 そう言って、銀髪司書さんは本を戻す作業に戻った。


 僕は近くにある閲覧用の机に行き、席に座って本を開いた。


 目次には、迷宮について、迷宮の誕生、迷宮の成長、迷宮の変化、迷宮の空間、迷宮の生み出すもの、迷宮の魔物、迷宮と世界などの大きな項目が並んでいる。全部で500ページぐらいある。とりあえず、読んでみることにする。


 はじめに  近年の世界は迷宮の出現、および、成長により、著しく変貌を遂げている。もはや迷宮は、命知らずどもの墓場というだけでなく、………………………




 図書館の窓から差し込む光が少しオレンジ色になった頃。僕はようやく、迷宮の変化という項目まで読み終わった。司書さんは分かりやすくて、おすすめって言ってたけど、教科書のような本で内容が結構重たい。いや、分かりやすいことは分かりやすいんだけど。200ページ近く読んだので疲れてしまった。


 内容はとても興味深いものだった。例えば、迷宮の発生について、自然発生説、迷宮の主説があるようだ。自然発生説には、魔力集中の偏り、世界の歪み、世界の衝突、魔物達の巣などいろんな説があるが、魔力集中の偏り説が現在最も有力とされている説らしい。迷宮の主説はおそらくこの著者が気に入っている説で、迷宮の主と呼ばれる超強大な魔術師が作り出したものという説だった。


 自分が知りたかったことと少し外れているような気がしたが、面白かったので良しとする。次の迷宮の空間のところを続けて読むか迷う。



「少年は、勤勉ですね。」


 突然声を掛けられて、顔を上げると、机の向こう側には銀髪司書さんが立っていた。


「え、ああ、本とても分かりやすかったです。ありがとうございました。」


 司書さんは席に腰を掛けた。


「最近は閲覧席に座って本を読む人は少なくなりました。本は年々増えていくのに、人はどんどん減っていきます。」


「そうなんですか。」


 司書さんは周りの空いた机を見渡しつつ言った。


「少年は、迷宮に興味があるんですか?」


 金色の瞳はまっすぐに自分のことを見ていて、少し目のやり場に困る。


「はい。実は冒険者なんです。」


「そうなんですか。」


 銀髪司書さんは残念そうに少し目を伏せた。


「司書さんは迷宮の事詳しいんですか?」


「私も昔は冒険者だったんですよ。ここの迷宮ではありませんが、迷宮には何度も入りましたよ。ずっとずっと昔の話です。」


 司書さんはその落ち着いた雰囲気からは30代ほどに感じられなくはないが、シミもしわもない肌などから考えると、10代後半と言ってもおかしくない気がする。


「へー、ずっと昔って、司書さんはずいぶん若く見えますけど…どこの迷宮ですか?」


「少年は上手ですね。グレイトバレーのエルドラドです。」



「へー。」


 黄金郷か、どこだろうか、わからないけど。


「迷宮は危険な所です。もっと安全な仕事を探した方が良いですよ。少年はまだ若いんですから。」


 銀髪司書さんは僕に忠告してくれる。


「そうですね。でも、迷宮にはいかないといけない理由があるんです。」


「そうですか。それは差し出がましいことを言ったかもしれません。少年はペルマ人ですね。真っ黒な瞳と髪に、少し黄色い肌。ペルマ人には興味があったんです。神に捨てられた、いや、遺された伝説の民族ですね。どこから来たんですか?」


 ペルマ人とは初耳である。日本ではよく色白と言われたが、この世界では、黄色く見えるんだな。


「ペルマ人かどうかはわからないですけど、ウラストストレリアから来ました。」


「大陸のちょうど向こう側じゃないですか。」



「ええ、まぁ。」


「ウラストストレリアというとガシア人ですけど、少年の目は赤くないですしね。」


 銀髪司書さんは顎に手を当てて、何かを考えるような動作をする。


「司書さんは、金色の瞳に、銀色の髪で綺麗ですね。何人なんですか?」


「え?私がそう見えるんですか?」


 銀髪司書さんの大きく見開かれた目がこっちを見つめる。大きな金色の瞳は琥珀のように見えるほど綺麗だ。


「金髪碧眼のエルフに見えませんか?」


「え?」


 どういうことだろうか、どう見ても銀髪金目のお姉さんにしか見えない。しかし、銀髪司書さんの困惑している様子から考えて、僕が何かおかしなことを言ってしまったことが分かる。


 僕の頭は高速で回転し始める。


 もしかすると、お姉さんは変装をするような魔法を使っているのではないだろうか。それを自分が看破してしまったのだろう。おそらく、女神様から受け取ったスキルの効果かな。


「いや、見間違いでした。金髪碧眼のエルフに見えます。」


 銀髪司書さんは何か隠したいことがあるに違いない、僕はとっさに知らないふりをすることにする。触らぬ神に祟りなし。


「どんな見間違えですか。」


 銀髪司書さんは疑うような目をしている。


「アハハ、夕日のせいで見間違ったのかもしれません。」


「私の耳どう見えますか?」


 銀髪司書さんは銀髪をかきあげて耳を見せた。耳介は普通の大きさだったが、少し上の方がとがっていた。エルフもそういえば、とがった耳をしているよな。


「えーと、とがって見えます。」


「どんなふうに?」


 銀髪司書さんは詰問するように言った。怖い。エルフの耳は長いイメージがあるけど、この世界ではどうなんだろうか、横に細長くとがった耳をしていますといえばいいのかな。いや間違っているかもしれないしな。


「あ、そういえば、僕待ち合わせしているんでした。ごめんなさい。さようなら。」


 僕は逃げることを選択する。そろそろ待ち合わせの時間なのは本当だし。綺麗な人だったから、もう少し長く話したかったけど、しょうがない。


 僕は急いで立ち上がって階段の方に走った。


「あ、待ちなさい!」


 止める声も聴かずに逃げた。焦って本を戻さずにおいてきてしまった。まぁ、司書さんが戻しておいてくれるだろう。


 一階に降りると、お兄ちゃんと章子はすぐに見つかった。


「幹太、遅かったな。今から三階に行こうと思ってた所だ。」

「遅すぎるよ、何してたの?」

「本読んでたんだよ、それしかないだろ。それよりも、早く夜ご飯食べに行こう。」


「ああ、いいけど、どうしたんだ、そんなに焦って。」

「ガリ勉はこれだから…」

「早く。」


 僕は二人を引っ張って外に出た。


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