天使剣士の憂鬱 ⑪

 十四日目。

 銃に代わる対戦方法が思い浮かばないまま、武道場を訪れた文妻は、対戦初日のごとく、試合場中央に正座する智葉に迎えられた。文妻の姿を認めると手をついて深々と頭を下げる。

 顔を上げた智葉は、口を開いた。

「今日の対戦ですが、私は試合放棄します。よって、文妻先輩の勝利、故にこの対戦シリーズも今日で終了ということになりますので」

「は?」

 唐突な言葉に文妻が思考停止する。後ろに控えた忍と陽子は、そう来たかぁ、という表情で顔を見合わせた。

「聞こえませんでしたか? 今日は試合しません。文妻先輩の勝ちでいいです。よって明日以降の試合もありません、と言いました」

「なんでだよ」

 憤然として文妻が詰め寄ると、智葉は人の悪そうな笑みを浮かべた。

「ほら、先輩だって怒るじゃないですか」

「あ、う」

 そこで初めて、昨日の意趣返しだということに気がついた文妻は言葉を失う。

「でも、もう今日で終わりにしませんか、というのは本当です。その、私もむきになって引き際を失っていたのも事実ですし、それに……」

 少し顔を赤くして言い淀む智葉に、忍と陽子が警戒信号を受信する。

「昨日の、先輩の、私の一つの道にかける姿に敬意を表するという言葉が凄くうれしかったので、私としては対戦する意味を失ったのです。それに、私も、先輩が見せてくれた様々な可能性に、今となっては敬意を持っていますので、その、仲直りをしていただけるとうれしいかなと」

 智葉の言葉を、真剣な表情で聞いていた文妻は、大きく一つうなずいて口を開いた。

「うむ、そういうことなら確かにもう対戦する必要はないな。ともあれ、俺は斎藤に無礼な事を言った。申し訳なかった」

 驚いた智葉が立ち上がって文妻に詰め寄る。

「いえ、最初に無礼な態度で接したのは私です。先輩に先に謝られたら立つ瀬がないじゃないですか」

 そういうと、深々と頭を下げる。

「本当に、ごめんなさい」

「いやいや、頭を上げてくれ」

「それに」

 頭を上げた智葉は、少しはにかむような笑みを見せた。

「先輩が行く先々で女性と仲良くなるのも、故なきことではないのだなということも良くわかりましたし」

「え、いや、ちょっと待とうか斎藤さん」

 ちょっと何を言い出すのこの子、といささかあせった顔で周囲を見回す文妻。

「先輩は、もっとご自分の魅力を自覚なさった方がいいと思います。あの、対戦は終わりますけど、今後も良かったら剣道部観に来てください。で、ではっ」

 頬を染めて走り去る智葉。そして、しらけきったギャラリーが三々五々解散していく中で忍と陽子が少々の殺気を伴って近づいてくる。

「おもてになる事ね、文妻くん」

「問題に巻き込むな、と言った私の警告が聞こえていなかったと見えるな、文妻」

いつもより妙に丁寧な口調の陽子と、最近久しく呼んでいなかった苗字を使った忍に戦慄を覚え出口に向かおうとすると、更なる殺気が文妻を待ち受けていた。調理研会長、矢羽千里やばねちさとと、その傍らで涙目になっているのは同じく調理研の君川利恵きみかわりえである。

「あんた、今度は一年生に手を出そうってんだ。へぇ」

「先輩……」

 前後挟撃の憂き目に会った文妻は、誤解だ誤解、と叫びながら走って逃げ出した。追うのは先ほどの女子四名に、新聞部の地味メガネ、南條青葉なんじょうあおばである。

 突如始まった追いかけっこを、智葉は素振りをしながらほほえましげに見遣っていた。


 翌週から、文妻の昼休み、屋上の同行者に、二人分の弁当を持参した斎藤智葉が加わった。

「あ、斎藤、どうしたの?」

 対戦終了後、女性陣に追い掛け回されたこともあって、多少引き気味な文妻に対して、智葉はまっすぐな笑顔を向けてくる。

「はい、お昼をご一緒させていただけたらと思いまして。あと、いつも購買だとも伺ったので、お弁当を作ってきたのですが、いかがですか? 一応剣道以外のことも出来るところをお見せしたいと思いましてですね」

 はにかむ和風正統派美少女は、思春期男子には効果抜群である。多少照れつつも、かわいらしい包みの弁当箱を受け取って、まんざらではない文妻であった。

 そして傍らでその光景を見つめる三年生女子二人。

「こうなりそうな気はしていた」

「そうね」

「でもまぁ、文妻だから仕方がないと妙に納得してしまっている自分がいる」

「そうね」

「……とりあえず飯を食うか」

「そうね」

 車座になって弁当をつつく四人。その頭上の空は抜けるように青く、風は少々の熱気をはらんでいた。

 夏休みは近い。































 おまけ。


 約束、と言うにはやや一方的に、文妻お勧めのガン=カタ映画のDVDを借りた忍。文妻と陽子が口をそろえて面白いアクション映画だと言うので、期待して見始め、オープニングのアクションシーンに引き込まれはしたものの、ストーリーが進むに連れてだれはじめ、結局開始30分程度でいったん観るのを止めてしまった。

 翌日、いつになく目を輝かせながら感想を尋ねる文妻に対し、正直に、途中のストーリーがつまらなくて途中までしか見ていないと言うと、憤然として

「ストーリーについては二の次。とにかく、最後まで見てアクションを堪能せよ」

と言われたため、もう一度最初から観始め今度は最後まで見終えた。

 そして文妻に訊ねられて曰く、

「ラスト手前の集団戦までは良かったのだが、ラスボスとの戦いがいまいち締まらない感じだった」

 対して文妻の曰く、

「ああ、うん。ガン=カタの達人同士の戦いは得てしてああなってしまうんだとさ」

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文妻と[   ] 来堂秋陽 @Akihi_Raidou

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