天使剣士の憂鬱 ⑨

 十二日目。

 昨日のリクエストどおり、文妻はまたベレッタを持って来ていた。ケースから取り出すと、マガジンをセットしてスライドを引く。

「手馴れたものだな」

 傍で見ていた忍が、感心半ば、呆れ半ばで言うと、文妻はにやっと笑ってみせる。

「まぁ、何だかんだいって結構こいつとの付き合いも長いからな。中学生の頃に買ってもらって、もう5年くらいになる」

「の、わりにはいまいち対戦での役には立ってないわねぇ」

 陽子の言葉に文妻は苦笑しかできない。

「まぁ、毎日射撃訓練してたとかそういうわけじゃないからなぁ。さて、お待ちかねのようだし始めるか」

 昨日と同様、ポニーテールにした智葉にゴーグルを渡し、開始線につく。

 チャンバラ刀を正眼に構える智葉に対して、昨日同様、右手に銃を下げた状態で立つ文妻。

 昨日よりは少々緊張した面持ちで、智葉はじっと文妻を見ている。目を合わせてはいるものの、意識は右手の銃に向けられている事は素人の文妻でも良くわかった。その上で、狙ったとおりの行動が出来るよう、グリップをしっかりと握り締め、引き金を絞る人差し指は軽く握りこんでおく。

 審判の北泉の右手が上がり、振り下ろされた。

「始め!」

 昨日よりも早く、文妻の右手が動く。智葉はその二の腕を狙い、チャンバラ刀を振り下ろす。またもや完全に狙いを付ける前に打たれるが、文妻は衝撃と同時に引き金を絞った。カシュッと小さな音がして、弾は智葉の足元に炸裂し、目に鮮やかな黄色いペイントを撒き散らす。

 智葉はそれを見て一瞬動揺したにせよ、そのまま流れるように面を打ち込んだ。

「一本!」

 北泉の判定に残心のまま固まっていた智葉が我に帰り、開始線に戻る。

「斎藤智葉」

 お互いに礼をすると、すぐに智葉は文妻に寄ってきた。

「先輩、今のあれは……」

「ああ、うん。暴発しちまったな。あーあ、ペイント弾結構高いし使い回しが利かないから無駄弾を撃ちたくなかったんだがなぁ」

「そう、ですか。今日は銃本体を狙わずに腕を打ってみたんですが」

「ああ、そうだったな。でもむしろ、腕に衝撃がいったせいで、逆に銃を握る手に力が入っちゃった気がするな」

「そうですか……」

 うーんと声を漏らし、視線を落として考え込む智葉。

「ま、ともあれ掃除をしないとな。雑巾貸してくれ」

「あ、はい」

 雑巾を二枚持ってきた智葉は、文妻と並んで床を拭き始めた。

 たいした範囲でもなく、すぐに落ちるようになっているペイントはすぐに拭き終わる。

「いや、俺が汚したんだから、斎藤まで掃除する事はないんだがな」

 汚れた雑巾を洗おうと、武道場外の水道まで向かう文妻は、ついてきた智葉にそう言った。

「いえ、そもそも私が言い出した勝負なんですから、これは当然です」

「そっか。斎藤は真面目ないい子だなぁ」

「んなっ」

 ぽつりとつぶやいた文妻の言葉に、智葉はあからさまな動揺を見せる。

 はっきりわかるくらい顔を赤くして立ち止まった智葉に、振り向いた文妻が怪訝な顔をした。

「どうかしたか?」

「せ、先輩はいつでもそんな感じなんですか?」

「なんだそりゃ」

「なんでもありませんっ」

 小走りに追い越した智葉が、じゃぶじゃぶと雑巾を洗う。文妻もひとつ間を空けた隣の水道で洗う。洗い終わったところで、ひょいと智葉が雑巾を取り上げた。

「あとはやっておきます。先輩、明日も銃を持ってきてくださいね」

「あ、ああ、よろしくな」

 ぺこりと一礼して、智葉は先に武道場に戻る。

 少し遅れて戻り、銃をケースにしまい始めた文妻に、忍と陽子が近づいてくる。いささか非友好的な視線を向けながら。

「文妻、あの子に何かした?」

「は?」

 やや棘のある陽子の問いに、文妻は手を止めて振り向いた。

「なんだか、顔真っ赤にして戻ってきて、すぐに更衣室に入っちゃったんだけど。文妻が何かしたからじゃないの?」

「何もしてねぇよ。ただ少々会話はあったが」

「ほう。差し支えなければ、その会話の内容を聞かせていただこうではないか」

 こちらもまたとげとげしく忍が言う。

「いや、そんな大したことを話したわけじゃないぞ。俺が汚したんだから掃除に付き合う必要はないって言ったら、私が言い出した勝負だから掃除すると言ってな。んなもんで、斎藤は真面目ないい子だなぁと返しただけの事なんだが」

 文妻の説明に顔を見合わせた二人は、そろってため息をひとつついた。

「なるほどね」

「ああ、これは効果覿面かもしれんな」

 文妻が怪訝な顔をするのにも関わらず、二人はうんうんとうなずきあう。

「いい考えがあるわ。明日の対戦の前に、彼女のいいところを褒めてあげたら?」

「うん、そうだな。それがいい」

 文妻が頭上に盛大にクエスチョンマークを飛び回らせているのを、いささか意地の悪い笑顔で見つめる忍と陽子であった。

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