天使剣士の憂鬱 ⑦

 十一日目、昼休み。

 屋上に上がってきた忍と陽子は、文妻が振り回しているものを見て目を剥いた。

「おい、京司郎、一体何を持っている」

 以前のような、いささか珍妙にも思える踊りのような何かをしていた文妻の手には、黒光りする何かが握られている。

「なんだ、今日もここで食うのか」

「あ、ああ、そのつもりだが、だから、それは何だと訊いているのだが」

 忍の重ねての問いに、文妻はやや観念したように手元の獲物を見せた。

「ああ、こいつは、ベレッタのM92だ。もちろんモデルガンだが。ちゃんと年齢制限が適合している奴を用意したぞ」

「まさか、それを使うの?」

 陽子がじっと手元を見つめながらいうと、文妻はうなずいた。

「まぁ、飛び道具でも構わない、と言っていた事だしな」

「う、うーん」

 いまひとつ納得の行っていない顔で眉をしかめる陽子。

「それはそうとして、この手のピストルは狙って撃つだけだろう。さっきの、あの動きは何だ?」

「ああ、あれは拳銃を使った近接格闘術で、これをきちんと習得すれば攻撃力は百二十パーセント上昇、その半分程度しか上昇しなくても十分敵の脅威となり得るものでな」

「いや、ガン=カタってあんた……」

 忍の問いに答えた文妻の台詞に、つい反射的にツッコんでしまった陽子。聞こえた文妻がものすごい勢いで振り返る。

「知ってるのか?」

「あ、いや、まぁ」

 予想以上の反応で食いつかれて頭を掻く陽子。実はアクション映画が大好物である。意外でもなんでもないが。

「まぁ、先方の指定で飛び道具可になっているのなら、何も問題はなかろう。格闘家として、上坂には思うところがあるであろうが、それは今回の勝負とはまた別の事だ」

 勝手に納得した忍は、ちょこんと座り込んでいつものようなドカ弁を開けて食べ始めた。その様子を見て陽子もため息ひとつついて昼食の準備にかかる。

「まぁ、言いたい事はそれなりにあるんだけどさ」

 弁当箱の蓋を開ける段になって、陽子は文妻に声をかける。

「本気でやるつもりじゃないでしょうけど、ガン=カタで戦おうとか考えないのよ?」

「いやまぁ、そりゃな。本物のクラリックならともかく、俺が使おうとしたところで、一瞬で斎藤に一本食らうのはわかりきってるよ」

 一応神妙そうに文妻が答えると、陽子はにやりと笑って言葉を継いだ。

「そうね。あと、文妻のガン=カタはかっこ悪くて観てらんなそうだしさ」

「うるさいな」


 放課後。

 武道場に入った文妻が、今日はエアガンを使うと説明すると、ギャラリーから大きなブーイングが起きた。

 ある程度ブーイングが収まると、智葉はくるっとギャラリーを見回して口を開いた。

「最初に言ったとおり、飛び道具の使用も構いません。文妻先輩の言うとおりに勝負しましょう」

 まだ少々残っていたブーイングは、この言葉で完全に消えた。

改めて了承を得た文妻は、持参の荷物をなおもごそごそと漁ると、取り出したものを智葉に差し出した。

「そうそう、ゴーグルを付けてくれ。無論顔面を狙うつもりはないが、一応マナーなんでな」

 文妻の手にあるゴーグルを少々いやな目で見る智葉。仕方なさそうに受け取って、ためつすがめつすると、短いため息をひとつついた。

「はぁ。これでは面を付けられませんね。しょうがない」

 置いてある自分の荷物からヘアゴムを取り出して、その黒髪を頭の後ろでひとつにくくる。所謂ポニーテールの形。

 見ていた男子ギャラリーから、賞賛のどよめきが起こるが、智葉はそれをにらみつけて黙らせる。

 受け取ったゴーグルをかけ、チャンバラ刀を手にすると開始位置まで小走りに戻ってきた。

「おー、よく似合うな、ポニーテール」

「余計な感想は結構です」

 文妻の素直な感想に、いつもの通り冷たく返したつもりの智葉だが、すこし顔面が熱くなっているのを自覚していた。

「さ、始めましょうか」

 ごまかすようにせかすと、審判役の北泉がおずおずと割り込んできた。

「あのな、万一文妻の弾が当たったとして、俺にそれが見えるとは到底思えないんだけど」

 どうせ当たらないからそんな事はどうでもいい、と言いたげな視線を北泉に向ける智葉。

「あぁ、その辺は心配無用だ。ペイント弾を入れてあるから、命中すればわかる。あと、洗濯すればきちんと落ちるから大丈夫だぞ」

 後半は智葉に向けた台詞だったが、聞いた智葉はきょとんとした表情を返してくる。

「だから、命中したら色がつくけど、洗濯したら落ちるから大丈夫だって言ったんだが」

「つまり命中しなければ色はつかないわけですよね?」

「そりゃそうだ」

「なら何の問題もありません。始めましょう」

 暗に、当たりっこないと宣言されたことに気付いた文妻がややむっとした表情をする。

 一連のやり取りを聞いていた忍は、背を向けて笑いをこらえ、陽子は、たいした自信だと半ば呆れながら智葉を見遣っていた。

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