天使剣士の憂鬱 ⑤

 三日目。

 同じく空手で挑む文妻に、何も言わずに準備に入る智葉。

 周りも含め、特に会話も無いまま淡々と準備が進み、二人が開始線につく。

 今回文妻は前回陽子に言われた通りまずは一太刀防御して相手の出方を見るつもりであった。

 ところが、その策はあっさりと瓦解する。主に、使用した道具のせいで。

「始め!」

 その声が聞こえるや否や、文妻は両手をクロスさせて差し上げた。まともに面を狙いに来ていた智葉の一撃はこれでひとまずしのげる、ハズだったのだが……。

 予想以上に強烈な打ち込みのおかげで、ウレタン製の刀がしなってしまい、ガードの上から面が炸裂する、という状態であっさりと一本取られてしまった。


 四日目。

 一撃を見てから横に避けてかわそうとするもスピード負けして一本。

 

 五日目。

 相手の出掛かりに間合いをつめてかわそうとするもしっかりと当てられて一本。

 

 六日目。

 身を投げ出して転がってかわしたまでは良かったのだが、起き上がりに一撃食らって一本。


 七日目。

 開始ななめ前に出ることで一撃目をかわすことに成功、したのはいいのだが、その後の事を全く考えていなかったので逃げ回るだけに終始してしまい、結局追いつかれて一本。


 八日目。

 前日と同じようにななめ前に出たところにカウンターで一本。挙句、

「二度も連続で同じ手が通用すると思ってたんですか?」

 と非常に冷たく言い切られてしまい、文妻むかっ腹。


 九日目。

 フェイントをかけてかわそうとするも、あっさり見切られて一本。


 そして十日目の昼休み。

 すばやく昼食を済ませた文妻は、いつもの屋上で珍妙な踊りのような何かをしていた。

 一緒に昼食を摂るつもりでやってきた忍と陽子が、曰くしがたい表情でその有様を見つめている。

「何をしているのだ、文妻」

「あ? あぁ、だんだん目は追いつくようになって来たんでな、一撃をかわし、そこからどう動いたらいいのか身体を動かしてみてたんだ」

 どうやらイメージトレーニングのつもりらしい。

「うん、まぁ、その、あまり人のいるところではやらんようにな」

 言いおいて何故か並んで座って弁当を広げだす忍と陽子。

「なんだ、珍しいな。二人揃って飯を食うなんて」

 イメージトレーニングはやめにしたのか、文妻が並んで座る。

「まぁ、あんたの様子見るって用事が被っちゃったしね」

 言いながら、忍の手元のドカ弁を凝視する陽子。その視線に気付いた忍が陽子の手元を見ると、意外に女の子っぽい、ちんまりした弁当箱であった。

「上坂は少食だな」

「いや、明らかに会長のが大きすぎるでしょ」

「そうかな?」

 開けた中身もまた、育ち盛りの体育会系部活所属男子高校生のような肉肉しいもので、陽子がついつぶやいてしまう。

「……よく太んないわね」

「むしろ上坂がその量で充分な方が私には驚きなのだがな」

 忍の言葉に、脇でうんうんと頷く文妻。

「ウエイトコントロールが必要なのよ。練習量を鑑みて、一番動ける体調を維持出来るようにしているの。これでも結構気とか頭とか使ってんですからね」

「何で主に俺に言うんだ」

「頷いてたでしょうが」

「そりゃまぁ、そうだが」

 会長本人に反論するのが憚られたのであろう、と文妻は直感する。そこでちょっと気がついた。

「そういや、上坂と嬉ヶ谷もずいぶん仲良くなったよな。去年からしたら並んで飯を食うとか、とても考えられなかったと思うんだが」

 思わず顔を見合わせる忍と陽子。

「そう言えばそうだな。以前予算折衝じみた事をしに来た挙句に逃げ帰った事もあったように記憶しているが」

「いやな事憶えてるわねぇ。まぁ、以前のような苦手意識は大分薄まったと思うわ。普通にしゃべるくらいなんて事ないし。まぁ、文妻が会長と一緒にいる事が多いからでしょうけどね」

「うむ、それは言えるな。私も、文妻のおかげでいろいろな人と交流が広がったと思う。まぁ、会長としての私だけだったらこうはいかなかったであろうな」

「まぁ、そう言ってもらえると嬉しいがな」

 やや照れて、ぶっきらぼうな口調で返す文妻。だが直後にその眉が曇る。

「でもまぁ、斎藤とも仲良くやりたいと思っただけなんだが、どうしてこう、七面倒くさい事になりやがるかなぁ」

 あまり見ない文妻の表情に、思わず顔を見合わせる二人。

「まぁほら、対戦していけばその内分かり合えるわよ。コブシで語るって言うじゃないの」

「いささか言い回しに訂正の余地がありそうな気はするが、まぁ、文妻ならきっと大丈夫であろうと思うぞ」

「そうかなぁ」

 智葉の手前、強がってはいたのだが、一向に改善されない冷たい態度に、割と傷ついている文妻なのであった。

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