天使剣士の憂鬱 ④

 翌日の昼休み。文妻は、陽子を訪ねていた。

「んで、話って何よ」

「うむ、単刀直入に言うと、今日の対決は空手で行こうと思うのだが、何かよいアドバイスを……って何で皆まで言う前に呆れられたような目でため息なんぞ吐かれねばならん」

「そりゃそうでしょうよ」

 文妻の抗議に、心底呆れきったと言わんばかりの表情で陽子は応じる。

「剣道三倍段って言葉を知らないの?」

「知ってるぞ。剣術でもって槍やら長巻やらの長めの武器持った相手に対するには、三倍くらいの腕がないと無理ってあれだろ」

「え、そうなの?」

 大元の意味で大真面目に返されて戸惑う陽子。

 横にいた同じクラスの男子空手部部長、深江寛樹ふかえひろきがツッコミを入れる。

「文妻、わざと元の意味で返すな。この場合は無手の相手が剣道に対するに三倍の段が必要というあれだ」

「わかってるよ。でもまぁ、お前さん方だって考えたことがない訳はないと思うんだがな。己の空手で剣道、というか、得物を持った相手とどう戦うか」

 文妻の言葉に陽子と深江は顔をお見合わせるといささか気まずそうに目を逸らした。

「ん、まぁ、ないと言ったら嘘にはなるわね」

「まぁなぁ」

「それだ。まぁ、妄想通りに出来るとは欠片も思わないが、それでも何もイメージがないよりはマシじゃないかとおもうんでな」

「せめて想像とか想定って言いなさいよ……。まぁ、実力差というか、格の違いを考えたら妄想で合ってるのかもね」

 意外に真面目な表情で言う陽子に、傍らの深江もうんうんと頷く。文妻は渋い顔をすると二人に話の先を促す。

「んで、具体的にはどうなんだ」

「まぁ、そう、ねぇ。無刀取り、とか」

「真剣白刃取りとか」

「どっちも空手関係ないな」

 思わず苦笑して顔を見合わせる三人。

「ま、出来るだけ軽装、かつ、クリアな視界でスピードに慣れるってのも一つの目的なんでな。なんなら観戦して何かアドバイスくれ」

「そんなしょっちゅう付き合ってられるほど暇じゃないわよ。こっちだって最後の大会があるんだから」

「それもそうか」

「んまぁ、でも、文妻がどうしてもって言うならさ、見に行ってあげないこともないんだけど」

 何かのテンプレのような発言に、傍の深江が吹き出しかけて口を押える。じろり、とにらんで黙らせる陽子。

「ま、無理に頼むのも悪いからな。気が向いたら来てくれ」

 にらんでいた視線を文妻に戻すと、そう言い置いて去っていく背中が見えた。

「んで、今日は気が向きそうか?」

 明らかに余計な事を言った深江の顔面に、陽子の裏拳が炸裂した。


 二日目放課後。

 既に集まっている野次馬をかき分けて、文妻と忍が武道場に入っていく。

 昨日と同じように、武道場の中央付近に正座で待ち構えていた智葉は、目を開いて立ち上がった。

「今日は何で対決するつもりですか、先輩」

「今日は、空手だ」

 聞いた智葉の柳眉がきりりとつり上がる。

「先輩はまともにやる気があるんですか?」

「もちろん」

 涼しげな表情で言う文妻に、智葉が険悪な視線を向ける。

「まぁいいです。とっとと終わらせましょう」

 ぶん、と、スポーツチャンバラ用の刀を一振りして面を付けに行く。

 文妻は今回同じくスポーツチャンバラ用のヘルメットと防具をジャージの上から着用した。

 準備が出来て、昨日と同じように対峙。審判が右手を挙げる。

「始め!」

 とりあえず文妻はオーソドックスに真剣白刃取りを狙いに行った、のだが。

「めぇん!」

 と、昨日同様まともに打ち込まれてから両手が上がろうとする始末。おそらく智葉も、会場のギャラリーも、文妻が何をしようとしたのか全く理解出来なかったに違いない。

 礼を終えて場外に出た文妻に、気が向いたらしい陽子が近寄って小声で話しかけてくる。

「何やってるのよ文妻。全然反応出来てなかったじゃない」

「いや、改めて見るととんでもなく早いな。消えて見えたのは視界が悪いせいだと思ってたんだが、今日見ても気がついたら食らってる感じだった」

「だらしないわねぇ」

 防具を外しながら言う文妻に、ふん、と鼻で息を吐いて陽子が言う。

 傍らで聞いていた忍が口を挟んだ。

「ほう、では空手部部長殿にはあの斬撃を何とかすることが出来たと」

「いや、正直無理」

「あのな……」

 即答する陽子に、文妻と忍は呆れたような視線を向ける。

「一応言っておくけれど、彼我の実力差を冷静に測るってのも、格闘家の強さの一つだからね。はっきり言って、あの一撃を真剣白刃取りで取ろうなんてのは無理。でもね、やりようはあると思う」

「やりよう」

「今回のルールでは、面さえ取られなければいいんでしょう? だったら徹底的に頭を防御して隙をつけばいい。リーチが長いという事は、逆に言えば、手元に飛び込んでしまえば隙だらけって事だから」

「うん、まぁ、聞いたり考えたりしてる段階だと簡単そうだよな」

「いつに無く気弱ではないか」

 忍がやや心配げに文妻を覗き込んでくる。

「あんなものを見せられちゃなぁ。ま、まだ諦めるつもりはないからそこは心配しないでくれ」

「そうかそれは良かっ……て剣道部の練習の邪魔を手放しで喜ぶわけにはいかんな。どちらの勝ちでも構わんから、早めに決着をつけてもらえるとありがたい。まだ二日目だからいいが、あまりこちらにかかずらっているとカゲマルに叱られてしまう」

 カゲマル、こと生徒会副会長の影山治也かげやまはるやは、ここ最近忍の扱いを大分心得たようである。

「ま、その辺はご期待に添えそうにも無いな。しばらくは空手でスピードに慣れるつもりだから」

 外し終わった防具をまとめながら文妻が答えると、忍はむぅ、と唸って黙り込んだ。

「さ、これを戻して今日は終わりだ。また明日頼むな、斎藤」

 例によって文妻ご一行の方を素振りしながら見ていた智葉は、声をかけられても特に返事もせず、視線を正面に戻して素振りを続けていた。

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