天使剣士の憂鬱 ②

 曰く。

 智葉はあくまでも剣道のみ、しかも面で一本だけが有効。対する文妻は、飛び道具も含め何を使っても構わない。どこか身体の一部に攻撃が当たれば一本。舞台はここ、武道場にて、剣道と同じ広さを使って行う。とりあえず期間は明日より、一学期終了までの約二ヶ月間。

「どこか身体の一部に? 指先でも? しかも飛び道具もあり、だって?」

「はい」

「いや、さすがにその……」

「なめすぎ、とでも思ってらっしゃいますか。先輩がご存知かどうか知りませんが、こう見えて私は中学の全国大会は二連覇しています。しかも最後の大会では、全試合通じて相手の竹刀が私の身体に触れることはありませんでした」

「そうそう、その華麗な身のこなしから、ついたあだ名が『天使剣士』というね」

「そのあだ名は止めてください」

 間に割り込んだ北泉の台詞を、静かな台詞と視線で黙らせて、智葉はまた文妻に向き直る。

 文妻は某空手部で見た同じような光景を思い出し、俺の周りには女傑が多いなと場違いな感想を抱く。

「これでも先輩は私には勝てない、と思っています。どうなさいますか?」

 物静かでありながら挑戦的なその視線を真っ向から受け止めて、文妻はにやりと笑った。

「いいだろう。そこまで言われて黙ってられるほど、出来た人間じゃないんでな。そちらが決めたルールだ。負けそうになって曲げたりするなよ」

「そんなことはしません。第一、負けませんから」

「ほほぉ」

 文妻の好戦的な笑みを、智葉は静かな表情で受け止めるのであった。


 翌日の昼休み。

 いつもと同じように、屋上の定位置で昼食をとろうと座り込んだ文妻の耳に、凄まじい勢いで階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。程なく、これまた凄まじい勢いで階段室の鉄扉が開け放たれる。

「文妻はいるかぁっ!」

 誰あろう、生徒会長、嬉ヶ谷うれしがやしのぶである。

「よお、嬉ヶ谷。一緒に飯食うか」

 一応アルマイト製の所謂ドカ弁と、牛乳パック四つのいつもの昼食を持って来ている事を確認した文妻は、とりあえずその剣幕を無視して座るように勧める。

 どっかりと文妻の正面に座り込んだ忍は、じろりと、穏やかならぬ視線を文妻に向ける。

「私は言ったはずだな」

「何を?」

 包装を解いた焼きそばパンの具の量を確認していた文妻は、焼きそばパン越しに忍を見る。

「剣道部の斎藤智葉は、我が校期待の星だ。故に問題に巻き込むなと」

「あぁ、もちろん憶えているとも」

「では、昨日決まったという、決闘紛いの対決は一体なんだ。あれは問題ではないというのか」

「嬉ヶ谷」

 いったん焼きそばパンを置いた文妻は、いつになく真面目な顔で忍に向き直る。

 少し気圧されつつ、それでも頭の中で警戒信号を発しながら忍は文妻の次の言葉を待つ。

「経緯は聞いているのか?」

「いや、その、文妻が斎藤と一学期の間毎日対決をすることになったとしか」

「それで原因が俺と決め付けてここまで来たと」

「うむ、まぁ、そういうことだ」

「心外だなぁ」

 ついっと視線を逸らした文妻は、少し寂しそうな表情で焼きそばパンにかじりついた。常にない文妻の反応に、忍はいささか動揺しつつ、それでもまだ頭の中では警戒信号を発しながら、上目遣いで文妻の顔を覗き込む。

「違う、のか?」

 ちらりと視線を投げ、ゆっくりと口の中の焼きそばパンを咀嚼すると、文妻は忍に視線を戻してうなずいた。

「言ったところで信じてくれるだろうかな」

 ぐっと、忍が言葉に詰まる。

「と、ともあれ、よかったら経緯を聞かせてはもらえないだろうか」

「まぁ、とりあえず、先日の礼を述べに剣道部まで行った。ついでに俺を嫌っているらしいので理由を訊いてみた。そしたらフラフラしていて女ったらしであるという噂を吹き込まれていて、それに基づいた情報で俺を嫌っていたということが判明した次第だ」

「ふむ。そこからどう対決に繋がるのだ?」

「んまぁ、女ったらしという誤解は解けたんだが、部活掛け持ちしてフラフラしている、という点においては妥協がなくてだな。そこで、剣道一本の彼女と、フラフラしている俺ではどちらが強いかなんて話になって、結局対決することに」

「さっぱりわからん。どう考えても、斎藤のほうが強いだろうに」

「いやまぁ、そりゃ剣道では勝てっこない。でもまぁ、剣道に限らず、一本に絞って他に選択肢がない状態では、その一本を折られてしまったら何も出来なくなるのではないかと言ったら、勝負しましょうと言われてな」

 ふぅ、と珍しく忍が大きなため息をついた。

「なるほどな結局はどっちもどっち、似たもの同士の意地の張り合いというわけか」

 呆れた、とその表情で語りながら、弁当箱の蓋を開ける。ハンバーグをメインに据えた、運動部男子のような弁当は、走ってきたためか中身が偏っていて、忍は軽く眉をしかめた。

「ともあれ、怪我でもされてはかなわん。今日の対決には私も立ち会うからな。一人でさっさと行かないように」

「そうだな。インターハイ前だしな」

「私が心配しているのは京司郎の方なのだがな」

「うぐ」

 言葉に詰まる文妻に、忍は今日始めて笑顔を見せた。

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