化学部長の陰謀 ~ゴールデンウィーク合宿篇~ ⑤

 実行犯である男子三名、南周、千山、深江の三人が化学室に到着すると、陽子の柳眉がきりきりと逆立った。

「深江! あんたまで噛んでるなんて!」

 深江はどなり声を苦笑でいなす。

「当事者もそろったようだし、どういうことか説明をしてもらうとしようか」

 忍が改めて、首謀者東海林と、実行犯三名をにらみつける。

「まず、文妻はどこだ」

「まだそれを明かすわけにはいかねぇな」

 南周が実行犯を代表する形で口を開く。

 その言葉に、忍は怪訝な、陽子は険悪な表情になる。

 他は、千里を中心に、一様にぽかんとした表情でいる。事態の推移についていけていないようだ。

「要は、これは今回の合宿のアトラクションの一環でね。ここで誘拐された京司を探すように、犯人から要求が入って、各部代表の女子で捜索に行く、そして、発見されたらネタばらし、発見者には賞品として京司を進呈、という流れだったのさ」

 東海林が説明しても、一同はまるで無反応である。

 ぐるっと、その顔を見回して、忍はあきれたように口を開いた。

「つまり、やらせの誘拐を仕込んで、今年の文妻優先権を競わせようと、そういうわけだったのだな。そうなると、自分が呼ばれた理由と、なぜ女子限定にするかがわからんのだが」

 東海林の視線が、千里と忍の間を往復して、そのまま、じっと忍に固定される。

「まぁ、女子しかいない部もあるわけだし、体力面でハンデになっちゃ不公平かなと思ったんだ。あと、会長を呼んだのは、京司がらみなら外すわけにもいかないかなと、個人的に思ったものでね。それに、会長に因縁のある参加者もいるわけだし」

「因縁?」

 忍の怪訝そうなつぶやきに、叫び声が答えた。

「そう! 文化祭のエキシビジョン!」

 くるりと振り向くと、声の主、千里がすっくと立ち上がってびしっと指を突き付けていた。

「ゴール直前でパートナーごと優勝かっさらわれた貸しはまだ返してもらってなかった!」

 忍は少しあっけにとられた表情でじっと千里を見詰めたまま少し記憶を探り、

「あぁ」

と声を漏らした。

「あぁ、じゃないわよ」

 ぎろり、と千里は、相手が普段恐れられている生徒会長であることを記憶のかなたに投げ捨ててにらみつける。

「まぁ、それは確かに、批難されても致し方ないことではあったが、だがあれは、実行委員会が判定したルールでそうなったわけであってな」

「そりゃ、ルール上そうなったってことかもしれないけど、会長ともあろう者が、あんな泥棒ネコみたいなまねで優勝かっさらってくれちゃって」

 反論を断ち切って、勢い込んでまくしたてる千里の言葉に、忍はややむっとした表情になった。泥棒ネコ、という言葉が痛く癇に障る。

 あまり気にしているようなら、今回は千里の気の済むようにしてやろうと思っていたが、その言葉で反撃をする気になった。表情が戦闘モード――片眉をあげた見下すような笑み――に切り替わる。

「だが結局、希望だった調理研の予算増額は勝ち取ったではないか。文妻を脅しつけるような真似までして、な。希望を無理矢理通しておきながら、人を泥棒ネコ呼ばわりとは、いささか図々しいのではないか、矢羽」

「そういう問題じゃない!」

 びしっと、また指を突き付ける。

「これは、私のプライドの問題なの! 目の前であんなものを見せられて黙っているわけにはいかないの! 会長には、しっかり、悪行の責任を取ってもらわないと」

「ほう、悪行とまで言うか」

 空間に火花が散るような勢いで、千里と忍がにらみ合う。

「まるで被害者みたいな言いようだけどさ、」

 割って入るように、陽子が声をあげた。

「矢羽さん、そもそも、あの日最初に文妻がパートナーに選ぼうとしたのは誰だったっけ?」

 相手を確認して、発言の内容を確認。

 さっきの忍と似たような表情で記憶を探った千里は、忍とまるっきり同じ反応を返した。

「あぁ」

「あぁ、じゃないでしょ? あの日私を頼ってきた文妻を、私の目の前からかっさらって行ったのは、他ならぬあなたでしょうが。会長が優勝をかっさらったとか、それ以前の問題じゃないかしら」

「いや、だからあれは上坂がもったいつけたりしなければ」

「深江は黙ってて」

 小声であの日と同じ感想をもらしかけた深江を、一瞥もくれずに声だけで黙らせて、陽子は千里をぐっとにらむ。

「でも、上坂さんは、そこの深江君と一緒に参加したんでしょ? だったらいいじゃない。うちは関係者に男って言ったら、あいつしかいなかったわけで、選択の余地がなかったんだし……」

「そういう問題じゃない」

 言い訳するように、やや小声になって話す千里を、陽子は先程の千里と同じ言葉で一蹴する。

「あの場で、文妻は誰を選ぼうとしてたのか、っていうのが大事なことだと思うけど。あの後文妻を承諾させるのに、矢羽さんはどうやって説得したの? まさか、おどしつけて言うこときかせたわけじゃないでしょうね。賞品を調理研の予算に変えさせた時みたいに」

 ぐっと千里は言葉に詰まった。

「ま、それはどうでもいいけど。矢羽さんが会長に貸しがあるって言うなら、私も矢羽さんに貸しがあるってことになるわよね」

「これで三人は参加、ということでいいのかな?」

 やりとりを黙って聞いていた東海林が三人の顔を順繰りに見回して言うと、それぞれ顔を見合わせてうなずいた。

「まぁ、繰り返して言うけど、これはアトラクションだから、因縁があることも承知の上ではあるけれど、もうちょっと気軽に参加してくれたほうがいいんだけどね」

 煽るようなことしといて何言いやがる、と南周は思ったが、この場で口に出す愚は避けた。

「あのっ」

 ぱっと手が挙がる。

「私も参加していいですか」

 立ち上がったのは占い研の由比香である。

「文妻先輩にはお世話になりましたし、このまま放っておくわけにいきませんし、この三人にだけ任せておいたらどんな目に遭わされるか、じゃなくて、私も恩返しがしたいですし」

 しどろもどろの言葉に混ざった不穏な発言はどうやら当の三人には聞こえなかったようだ。

 東海林は、一つうなずいて参加を認めると、ほかの参加者を募る。

「じゃ、あたしも出ようかな、面白そうだし」

 と、軽いノリで参加表明したのは夕見。

「わ、わたしも」

 と、おずおず切り出したのは利恵。

 写真部と茶道部は、実行犯が身内なので不参加を表明。最終的に、六名が参加表明ということになった。

「うん、これにぼくが加わって、全部で七名だね」

「ちょっと待て」

 東海林が当然のように参加表明すると、思った通り、忍から異議が上がった。

「今回の首謀者が参加するのはアンフェアだろう」

「そう言われるとは思ったんだ」

 やや苦笑気味に東海林が言う。

「誓って言うけど、僕は実行犯の面々から、京司の監禁場所は聞いてない。最初から参加するつもりだったからね。計画の全体は立てたけど、細かいところは全部ナンシュウに任せたんだ」

「大変な手間だったぜ」

 肩をすくめて言う南周に、うんうんとうなずく千山と深江。

「そもそも今回のアトラクションは、ぼくが会長と対決したくて計画したんだ。ここで、参加させてくれないとなると、何とも片手落ちになってしまうんだけど」

 忍は、じっと東海林の瞳を見つめる。

「……文妻を巻き込んだ、というか、一方的な被害者に仕立て上げた理由は?」

「本当に欲しいものを取り合ったほうが真剣になれるんじゃないかと思って」

 忍の眼が、またじっと東海林を見つめる。

 東海林も苦笑したままで忍を見つめ返す。

 先程の、忍対千里対陽子にも増して、あたりの空気が張り詰める。

 ややあって、忍はにっこりとほほ笑んで口を開いた。

「よかろう。参加者は七人。私が勝ったら、文妻はもらっても構わんのだな?」

 参加者の顔を順繰りに見回す。敵愾心に燃える千里と陽子、真剣な表情で見返してくる由比香、常と変らぬ笑顔のままの夕見、少しおびえた表情の利恵。

 最後に視線を戻した東海林は、にやりと笑って

「もちろん」

とうなずいた。

「さて、南。文妻が自力で脱出する気遣いはないのか?」

「その辺は請け負うぜ」

 南周は自信たっぷりにうなずいた。

「あの状態から脱出することは不可能だ。今でも文妻は俺たちが閉じ込めた場所でがくがくふるえてんだろうよ」

「では、」

と忍は今一度参加者全員を見回した。

「さっさと決着をつけよう」

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