化学部長の陰謀 ~ゴールデンウィーク合宿篇~ ①

 県立西が丘高校生徒会長、嬉ヶ谷うれしがやしのぶがその手紙を受け取ったのはゴールデンウィークの連休初日であった。

 実に簡素な封筒に入った実に簡素な便せんに、実に簡素な招待の文句が手書きされていた。

 曰く、本日より合同で合宿を行っているのだが、是非忍にも参加していただきたい。ついては明日の午前十時に高校までご足労を願う。

 忍の注意を引いたのは封筒でもなく、便せんでもなく、その内容でもなかった。

 手紙の最後に署名された名前と、その筆跡。

 末尾の署名は『文妻京司郎』となっていたが、筆跡は明らかに本人のものではない。

 さらに言うなら、文妻本人の性格からして、斯様に回りくどい招待状など送ってくるとも思えない。

 とりあえず、文妻へ電話をしようとして、携帯の番号を知らない事に気が付いた。

 今度交換しておかないとな、と思いながら、生徒会副会長である影山治也かげやまはるやに電話して合宿の確認を行うことにした。

『調べた結果ですが、確かに合宿届けは提出されているそうです。えぇ、当直の先生に直接伺いましたので間違いありません。文妻くんが参加しているのは、化学部、調理研、写真部、占い研、茶道部の合同合宿ですね。他に空手部も合宿しているので、これも関わりがありそうです。他のバスケ、ハンドボール、野球、サッカー、ラグビー、テニス、剣道、陸上と合宿をしてますがこちらは関係ないでしょう』

「ずいぶんと熱心だな。しかし、合同合宿というには活動内容がずいぶんとバラバラなようだが、目的はなんだというのだ?」

 忍のもっともな疑問に対して、電話の向こうからぺらぺらと紙をめくる音がする。どうやら、合宿届のコピーを入手しているらしい。

『部としての活動は一応、ばらばらにやるようですね。ただ、少人数の部活ばかりなので、就寝場所や食事の確保などを共同で行うようです』

「ふむ」

 合宿自体には特に不審な点はない。

 ではなぜあのような招待状を送りつけて来たのか……。

『あぁ、それとですね、会長。文妻くんの携帯、かけてみたんですが、電源が入っていないようでしたよ』

 その言葉を聞いて、忍の胸中に得体の知れない不安が広がった。

「そうか、ご苦労だったな」

『いえ、何かありましたらまた連絡をください。明日は無理ですが、明後日なら会室にも顔を出せますので』

 既に夜も早いとは言えない時間。

 携帯の電源を切っていたり、あるいは充電を忘れる(京司ならこの方がありそうだ)ことなど特に不審がる必要もないはず。

 なのに何か嫌な予感がする。

 とりあえず今晩は早めに寝て、明日、指定の時間に行こう。

 忍は支度をするべく、愛用のボストンバッグをクローゼットから取り出した。


 午前十時。

 正門前にたどりついた忍は、合同合宿を行っている部活のうち、とりあえず一番近い占い研の部室に脚を運んだ。

 二階渡り廊下横、今年一月に体験会を行った小部屋がそのまま部室としてあてがわれている。

 軽くノックをして返事を待つが、反応はない。どうやら無人のようである。

 呼び出しておいて、どこに顔を出せとも書いていない不親切な手紙をもう一度取り出して忍は軽くため息をついた。

 と、背後から誰かが駆け足で近付いてくる。

「会長、いいところに」

 振り向くと、珍しく焦った表情の占い研三年、時任ときとう夕見ゆみの姿があった。

「時任か。慌てているようだが、何かあったのか?」

「それがね」

 続く言葉は、忍を驚かせるに十分だった。

「文妻くんが行方不明なんだ。どうやら、誘拐されたみたい」

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