化学部長の陰謀 ~化学部存続篇~ ②

 翌日放課後。

 文妻的にはすっかりおなじみの、某ファストフードチェーン、東西が丘駅前店。

 おごる、といった言葉に遠慮せず、文妻は一番高いデラックスバーガーセットをドリンクポテトLサイズで注文して、早速ジンジャエールをストローですすっていた。

「それじゃ始めようか」

 化学部部室にいる時と違い、白衣も伊達眼鏡もない東海林がアイスミルクティだけをトレーに載せて正面に座った。

「何も喰わんのか?」

「今月金欠でね」

 しれっと言う東海林。文妻はばつが悪そうに、手元のデラックスバーガーセットに視線を落とす。

「冗談だよ。うちは夕食が早いから、この時間に何か食べるわけにはいかないのさ」

 東海林はそんな文妻を上目づかいにくすくすと笑いながら見やる。

 少々不機嫌になった表情を確認すると、一転して真剣に見える顔つきに変わって言葉を継いだ。

「それで本題だけど、どういう作戦で行くのがいいと思う?」

「何か腹案はないのか?」

 不機嫌そうな顔つきのまま言って、文妻は遠慮なくデラックスバーガーにかじりつく。

「むしろ、占い研の時にどういう手で行ったのかを教えてもらいたいと思ってるんだけどね。ぼくは会長の人となりに明るくないから、どんな手が通用するのかまるでわからないし」

 もぐもぐもぐもぐ、ごくん、とデラックスバーガーを飲み下し、ジンジャエールを一口すすって文妻は考え込む。

「どんな、と言われてもなぁ。機先を制して不意を突き、相手にペースをつかませないまま一気に攻め上げる、という、極めてオーソドックスな交渉術を使っただけなんだが」

「なるほど。会長の弱みに付け込んで、とかいうわけじゃないのか」

「あのな……人を何だと思ってんだよ、おまえは。第一、嬉ヶ谷に弱みなんざないだろ」

 じぃっと、完璧に動きを止めて、東海林は半眼で文妻を見つめた。

 文妻は、いささか居心地が悪くなって身じろぎをする。

「な、なんだよ」

「いや、別に」

 半眼のまま視線を反らしてミルクティを吸い込む。

「まぁ、あれだ。俺が使ったやり方は、どちらかと言うと眞君の方が得意なやり方だしな。特に俺が力を貸さなくても、なんとかなるだろ」

「そんなにぼくに協力したくない?」

 目つきを変えないままで文妻の目を覗き込む東海林。文妻は何となく目をそらすが、東海林の視線は追いかけてくる。

「いや、別に眞君に協力したくないってわけじゃない。なんというかな、時期が悪い」

「こっちも時期を選んでいられないんだよ。京司には悪いと思うけどね」

 ため息をつきかけて、ぐっとこらえる。

「とりあえず、条件面のすり合わせだな。最終的に目指すところは、現状維持ってところでいいのか?」

「そうだね。条件を付けるとしたら、ぼくの卒業までってところかな」

「ふむ。そういえば、後輩がいたんじゃなかったか? そっちはどうするんだ」

「彼には、統合する方に行ってもらおうと思ってるよ。新しいほうにも、化学部の血は入れておかないとだしね」

 そこでつい、と視線をそらした東海林は少し遠い目になってミルクティを吸い込んだ。

「それに、これはぼくのわがままだから。付き合わせるわけにはいかないよ」

「俺はいいのかよ」

 苦笑気味に言う文妻に、東海林はにっこりと笑う。

「京司はぼくのわがままに付き合う係だろう?」

「まーな」

 二人は何となく顔を見合せて笑った。東海林はまた少し遠い目をして口を開く。

「ぼくが入部したとき、三年生の先輩二人しかいなかったんだよね。先輩は、そもそも新入部員が入ってくるなんて思ってなかったらしくって、すごく喜んで、ぼくにいろんなことを教えてくれた。ぼく自身も、あまり友達とか多い方じゃないから、化学部は、なんていうか、学校に見つけられた居場所のような気がして、ものすごく愛着があるんだ」

 ふっと、やわらかい微笑みを浮かべて、東海林は続ける。

「先輩たちが卒業する時、ぼくに、化学部を頼む、って言ってくれた。だから、少なくとも、ぼくがこの学校にいるうちは、化学部を失くすわけにはいかない」

 東海林が戻した視線の先で、文妻はいつになく、真剣な表情をしていた。

 何となく照れ臭くなって、東海林はまた視線をそらす。

「ごめん。退屈な話だよね。ぼくのエゴなんか、話す必要ないのに」

「いや、」

 さえぎった文妻は、笑みを浮かべてジンジャエールを吸い込み、口を開いた。

「興味深かったぜ。長い付き合いだってのに、眞君はあんまりそういう心情を明かしやしないからな」

「苦手なんだよ、そういうの」

「わかってるよ。だからこそ、興味深かったんだ。そいじゃ、眞君のためにも、先輩のためにも、化学部存続を何とかしないとだな」

 笑顔で言う文妻に、少し眩しげな視線を送る東海林だった。


「まきちゃんまきちゃん」

 翌日。登校してきた東海林は、同じクラスの千里に呼び止められた。

 文妻を交えた三人は、幼稚園あたりから、ずっと一緒で、千里はやんちゃな二人のお姉さん役を自認している。

 実際、東海林が思いつき、文妻を巻き込んでいたずらをし、それを千里が叱るのは一つの完成された流れのようなものであった。

 今日も今日とて、朝一から保護者モードが入っている様子だ。

「……あのさ、もしかして、またあいつと何か企んでるの?」

 やや声をひそめて問う千里に、東海林は少し驚いた顔をする。

「なんでさ?」

「やー、昨日の帰宅時のあいつの様子がね。なんかそんな風に見えたから」

 文妻のこととなると、妙に鋭くなる千里である。

「京司は千里には隠し事はできないね」

 苦笑しつつ東海林はうなずいた。

「企むって程のことはないんだけどね。化学部の存続活動を手伝ってもらおうかと思って」

 聞いた千里の眉がぐっと寄る。

「それって、もちろん生徒会との交渉もあるんだよね?」

「うん。むしろ、ぼくとしては、京司にはそっちをメインでお願いするつもりなんだけどね」

「むぅ」

 千里の眉は、さらにぐっとしかめられた。

「どうかしたかい?」

「いや、あのね、あいつが生徒会と、というより、あの会長と関わると、ろくなことがないような気がして」

「わかるような気がするな」

 結果として、思い通りになったとは言え、文化祭の一件は千里にとってはやや苦い思い出である。

「とは言え、現状、生徒会に対しては一番効果のある人材だし、何と言っても気安い幼馴染だからね。頼まない手はないんだ」

「ま、止める気はないから、それはいいんだけど」

 すまなそうに言う東海林に千里は笑顔で返して言葉を切った。

「打ち合わせとか、してるんだよね?」

 一瞬怪訝な顔になりながら、東海林はうなずいた。

「うん、昨日は、駅前のハンバーガー屋でやったけど」

「そう」

 考え込むように視線をそらし、一つうなずいた千里は、視線を戻すと東海林ににっこりと笑いかけて、言った。

「うん、わたしも、付き合うから」

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