西が丘高校占い研究会(仮)の奮戦 ⑩
その翌日から、矢羽家にて文妻の茉莉に対するスパルタが始まった。
確かに同時期、姉である千里も合格判定が微妙ではあったが、それ以前から文妻と勉強をしていた分地力もあり、一気に学力が向上した。
しかし、茉莉にはそれがない。挙句、嫌いな言葉は一番が努力で、二番ががんばる、などと言い切るような性格なので、教える文妻はとにかく苦労の連続。
たまに応援に来る由比香や時任がモチベーションを上げつつ、文妻ががっつり詰め込むという、一種の作業を受験前日までみっちりと続けることになった。
「もっと早い段階から頼んどきゃ良かったね」
とは千里のセリフであったが、文妻としては短期集中でなかったらきっと気力も体力ももたなかっただろう。それは茉莉も一緒であった。
春も近くなった暖かなある日、いつもの通り、屋上で昼食を摂ろうとした文妻の前に、忍が現れた。
少々不機嫌な表情で隣に腰掛け、無言であの巨大なアルマイト弁当箱を開けて、もしゃもしゃと食べ始める。傍らには四本の牛乳パック。
疲れ切った表情でその様子をぼうっと見ていた文妻は、特に声をかけることもなく、手元のカレーパンにかじりついた。
しばらく無言で食事風景が続く。
カレーパンを食べきった文妻の前に、ずい、と箸につままれた唐揚げが突き出された。少し驚いて視線を動かすと、相変わらず不機嫌そうな忍の顔があった。
特に何も考えないまま、唐揚げに食いつく。もぐもぐと口を動かす文妻を、忍はじっと見つめている。
「うん、うまいな」
飲み込んで言うと、忍は少し表情を和らげ、自分でも一つ唐揚げをほおばった。
「ま、私が作ったのだから、不味いはずがないのだがな」
飲み込んで言うと、今日はじめてにっこりと笑って、忍は文妻に視線を送った。
「受かったそうだな、矢羽の妹」
「あぁ、実際ぎりぎりどころか、かなり危なかったんだがな。地獄のような一か月だったぜ」
まだその疲れから完全に回復していない文妻は、普段以上に眠そうな表情だった。
「ともあれ、これで新年度から正式に占い研究会が発足することになる」
「あぁ。ま、めでたしめでたしだ。俺の苦労も報われたってもんだ」
「うむ」
ふたつ目のパンを食べ終わった文妻は、ぐっと伸びをして寝転がる。
「京司郎は」
既に三本目になっている牛乳パックにストローをさしながら、忍は言葉を続ける。
「そうやって人のために一生懸命になっているのが実によく似合うと思うぞ」
「あ? なんだそりゃ」
忍の台詞に、文妻は起き上がってあぐらを組む。
「いや、あの文化祭の時も、今回の件でも、なんというか、実に京司郎らしいなと、私は思っていたのだ。ただ、もうちょっとこちらに迷惑をかけないやり方を選んで欲しいと思わんでもないが」
少しばつが悪そうに、文妻は苦笑する。
「ま、嬉ヶ谷には、この一件じゃ無理難題を吹っ掛けまくりだったからな。悪かったとは思ってんだぜ、これでも」
「そうか。でもそんなには気にしてないから安心していいぞ。貸しを作ったと思えば、腹も立たないしな」
「んげ」
満面の笑顔で言う忍に、文妻は渋面になる。
「散々意地の悪い論法で私を苦しめた罰だ。そのうちきっちり返してもらうから、覚悟しておけ」
「へいへい」
やわらかな風が吹き抜ける。二人は何となく無言になって、しばらく風を感じていた。
「もうすぐ春か」
「うむ。なんだかあっという間だな」
忍の感慨に、文妻も無言で同意する。またしばらくの沈黙。
風に混じって、階段を上がる足音が聞こえてきた。
「どうやら、占い研究会の面々が来たようだな。私がいては邪魔だろうから席をはずそう」
立ち上がった忍に、そんなことはない、と言いかけて文妻は言葉を飲み込んだ。ここは三人で祝え、と忍の瞳が語っていたからだ。
優しげな笑みを向けた忍に笑顔を返す。
すれ違う由比香と時任に何か声をかけた忍は、そのまま階段を下って行った。その姿を見送った後で振り向いた由比香は、
「せんぱーい」
と、必要以上に大きな声で呼びかけながら駆け寄ってくる。その後ろから、笑顔の時任がゆっくり歩いてくる。
あぐらをかいたまま、手を振って二人を迎える。近づいてくる笑顔を見ながら文妻は、この二人になら、占ってもらってもいいかな、などと思い始めていた。
四月、占い研究会は、県立西が丘高校五十七番目の公認団体として承認された。
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