西が丘高校占い研究会(仮)の奮戦 ⑨
「すごい、本格的ですね」
しばらくして、由比香と一緒にスペースから茉莉が出てきた。既に他の『お客さま』も来ているので、時任は自分のスペースに入っている。占ってもらうばかりでなく、由比香の占い手法についての話などしたようで、二人はすっかり打ち解けた雰囲気になっていた。
「いいなぁ、私、ここに入学できたらぜひ入部したいです」
瞳輝かせて言う茉莉に、由比香は真面目な表情で補足説明をする。
「まぁその、きちんと説明しておくと、まだ、正式に部活にはなってないの。生徒会から、部員を三名集めるように言われてて、今のところは私と夕見センパイの二人だけ。出来れば今年中に正式に部活になっておきたかったんだけど、どうもそれは難しそうで」
「なるほど、それじゃ、私が入部したら正式に部活になるんですね。でも」
と、茉莉は首をかしげて文妻を見る。
「きょ……文妻先輩は、入ってるわけがないか。占いに興味があるように見えないしね」
言葉もなく、苦笑するだけの文妻。
「そうだ。もし、私の入部届けとかあったら、先に正式に認められたりしないかな」
ポン、と手を叩いた茉莉に、文妻と由比香が顔を見合わせる。
「部活になる算段は付きましたから、先に新歓の割り振りをくださいって、屁理屈が通用しますかね」
「難しいだろうな。少なくとも、茉莉ちゃんが受からないと通用しないと思うんだけど」
「合格発表のタイミングだと、新歓割り振りぎりぎりですね……」
自分の言葉で、二人が真剣になったことに、茉莉は少し戸惑いつつおずおずと切り出す。
「あの、書きますか、入部届け」
「書いてもらおう」
文妻が即答した。
「まだ正式な入部届けではないので、入部予約というか、誓約書みたいな書式になるだろうが、こいつを武器に新歓オリエンテーションに参加できればめっけもんだしな」
「了解です。では早速」
由比香が口述して、そのとおりに茉莉が書き、最後に拇印を押す。これで、入部誓約書が出来上がった。
「なんか、強豪校の運動部って、こんな感じなんでしょうか」
出来上がった誓約書を穴があくほど見つめながら、由比香が言う。
「かもな」
軽い達成感とともに文妻が答えると、遠くから茉莉を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、やば。集合時間過ぎてる」
文妻も、その声に反応する。中学の時の担任であった。
「んげ。今年も引率は
「はいな。んじゃ、家庭教師頼んだよ、きょー兄ちゃん。そうそう、お姉ちゃんが最近顔出さないってぼやいてたから、たまには顔見せてあげて」
何のつもりか、去り際にぐっと親指を立てると、茉莉はダッシュで声の方に去って行った。
そのタイミングで時任がお客さんを送り出しに出てきた。
「んじゃ、またよろしくね」
笑顔で女生徒を見送って、由比香と文妻に視線を向ける。
「あれ、茉莉ちゃんは帰っちゃったの?」
「たった今な」
「残念。あたしもみてあげようと思ったのにな。んで、それはなに?」
由比香が大事そうに両手で持った、茉莉の誓約書を覗き込む。
「あぁ、茉莉ちゃんの入部誓約書です。これで、なんとか新歓オリエンテーションにねじ込めないかなって」
「なるほど、少し先ですが、部員は確保できましたよってことか。責任重大だね、文妻くん」
笑顔の時任、期待に満ちた目をする由比香に、少々力なく笑顔を返す文妻であった。
由比香の説明を聞いた忍は、呆れかえったという表情で文妻を見やった。
「今度はどんな無理難題を言ってくるかと思えば」
言葉を切って、由比香と文妻の間に視線を一往復。
「来年入学の新入部員が決まったから正式に部として承認しろと? 出来るわけがなかろう」
怒る気にもなれない、と、忍の表情は雄弁に語っている。
「第一、まだ我が校への入学が決まったわけでもあるまい。そもそも合格以前に受験日すらまだだ。占い研推薦枠があるという話も聞かんしな」
そこで、また、ぎろりと視線を走らせる忍。
由比香は少し身を縮めるが、視線だけはしっかりと向けたまま。文妻は薄い笑みを浮かべたままでじっと忍を見ている。
「せめて入学が確定しているなら検討の余地はあるだろうが、今のままでは却下だ。何と言われようと、現状で設立を承認はできん」
「ふむ」
完全に切って捨てた忍の言葉に、文妻は特に動じることもなく相槌を打った。
ある種の余裕とも取れるその態度に、忍は嫌な予感を覚える。
「んじゃ、合格した後だったら問題はないか」
「合格したところで、まだ我が校の生徒ではないのだから、まだ部員として認めるわけにはいかんぞ」
「ふむ」
もう一度打たれた相槌に、忍は気圧されたように少し背筋を伸ばす。
「確認するが、合格して、本人に入学の意思があり、なおかつこのように入部の誓約が取れている、ということであれば、来年度からは正式な研究会として活動できるわけだな?」
「う、うむ」
返事をしながら、何か間違いがないかを素早く確認する忍。理屈はあっている。問題はない、と判断した直後に文妻が言葉を接ぐ。
「で、あれば、来年度の活動として最初に迎える新歓オリエンテーションにも参加させてもらったところで問題はないわけだな」
「は?」
「ないよな?」
「え、あ、いや、少し待て」
少々混乱しつつ、忍は思考を高速で展開する。
「えっとだな、建前上はともかく、新入生が我が校の生徒として正式に認められるのは入学式を迎えてからだ。であれば、入学式以前には正式に研究会として認めるわけにはいかん」
「あのな、嬉ヶ谷。新歓オリエンテーションは新入生を迎えてやるものだろうが。つまり入学式後に行う活動だぞ。だったら、その時点で占い研究会は部員三名の要件を満たして、正式な研究会となっている。何も問題はあるまい」
なにかおかしい気がする。何か騙されている気がする。そう思いながら、文妻の理屈の間違いを指摘できないまま、忍はうなずいてしまっていた。
「……そう、だな。うむ」
「そんじゃ、新歓オリエンテーションには占い研究会の枠も取っておいてくれ。よろしくな」
「ちょ、ちょっと待て」
立ち上がった文妻に、忍が声をかける。
「今の話は、その誓約書を提出した者が合格した後の話のはずだな?」
「もちろん。合格したらきちんと報告するから、期待して待っててくれ。そちらも、枠の用意を忘れずにな」
たぶん、間違いなく煙に巻かれていると思いながら、結局は
文妻の言う通りにうなずいて、立ち去るに任せた忍であった。
「……ホントに、新歓の枠が取れちゃいましたね」
最初の説明はともかく、あとはすべて任せっきりで、どういう理屈がこねくり回されたのかすらよくわかっていなかった由比香が茫然とつぶやく。
「まぁ、第一弾はうまくいったな。あとは、茉莉ちゃんを合格させないことにはすべてご破算だ。みやがーは時任と占いを続けてもらって、出来たら在校生で部員を確保する。俺はあと一月の家庭教師で、茉莉ちゃんを合格させる。というわけで、しばらく俺は顔を出せないと思うが、がんばってくれ」
「了解しました」
びしっと、敬礼をする由比香。下げたその手を胸の前で組むと文妻ににっこりと笑いかけた。
「もうなんていうか、先輩にはお世話になりっぱなしですよね」
「気にするな。俺も乗り掛かった船だからな。ともあれ、まだ正式に設立が認められたわけじゃない。あと一息、ここががんばりどころってやつだ」
「はい先輩」
元気に返事をする由比香に手を振って、文妻は足早に帰宅の途に就いた。
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