西が丘高校占い研究会(仮)の奮戦 ⑧

 掃除と設営に数日を費やし、占い研究会(仮)の占い体験会場が活動初日を迎えるころには、日付は既に十二月になっていた。

「あぁ、なんというか、これを見るだけでなんだか胸がいっぱいですよ。まるでホントに占い研究会が出来たみたい」

「何言ってやがる。ここからが本番だろうが」

 感慨にふける由比香に、文妻が冷静なツッコミを入れる。

「まぁ、そう言わなくてもさ。あたしは由比香ちゃんの気持ちよくわかるなぁ」

「ですよね、夕見センパイ」

 いつの間にか、互いの呼び方が変わって、親密度が増している二人。

「ともあれ、生徒会が宣伝用に掲示板まで貸してくれる大盤振る舞いをしてくれたんだ、とっととポスターを張りに行くぞ」

 文妻が促すと、由比香が後に続く。

「んじゃ、あたしはここでお客さん迎える最後の準備しておくよ。ポスターよろしくね」

「任せてください」

 明るくガッツポーズをして、由比香は軽い足取りで文妻に続いた。


 出足こそ鈍かったものの、体験会はそれなりに盛況な日が続いた。期末テストの影響もあって、十二月中はあまり活動ができなかったのだが、年明けからは常連まで出来る好評ぶりで、やっている二人もそれなりに忙しい充実した日々を送っているようだった。

 ただ問題はやはり、誰しも占われる側には立ちたいと思っても自分で占ってみたいと思わないこと。一月も半ばを過ぎて、いまだに部員希望者は現れず、結局、根本的な問題は棚上げになったままであった。


 そんなある日。

 受験も近い西が丘高校にも、学校見学に訪れる中学生の姿がちらほらと見えるようになってきた。

 文妻の出身校は近所だけあって、一クラス分にはなりそうな人数が見学に訪れている。横目に見ながら、占い研体験会場へ向かおうとすると、聞きなれた声が呼びとめた。

「きょー先輩」

 振り向くと、やや小柄で幼い矢羽が中学の制服を着てにっこりと笑っていた。

「なんだ、茉莉ちゃんか」

「なんだはないなぁ」

 くりくりとよく動く眼で見上げているのは、矢羽千里やばねちさとの二つ下の妹、矢羽茉莉やばねまつりである。外見は姉そっくりだが、姉以上にアクティブな性格で、幼いころから文妻もよく振り回されたものである。

「うち受けるんだ?」

「まぁ、その予定なんだけど、まだ判定微妙なんだよね」

 てへへ、と笑う茉莉。

「ま、千里もこのくらいの時期まで微妙だったからな。がんばればなんとかなるって」

「でも、お姉ちゃんはきょー兄ちゃん、じゃない、きょー先輩に教えてもらったから合格できたんでしょ。って、そうか、あたしも今から家庭教師をしてもらえばいいのか」

 意外なことに、文妻の成績はそれなりに良い。千里は努力家ではあるがあまり結果に結びつかないタイプで、茉莉は結果に結びつかない上にあまり努力をしないタイプなので、中堅進学校に合格しようと思うとそれなりに苦労することになる。

「それは別に構わないけどな」

 と、そこで文妻は少し考え込む。

「茉莉ちゃん、確かタロット占いとかやってたよな」

「うん。って、きょーにいちゃ……先輩……あーもういいや。きょー兄ちゃんは占いとか嫌いじゃなかったっけ」

「うん、まぁ、俺はな……時間あるなら、ちと部活見学でもしてくか?」

「うん」

 素直にうなずく茉莉を促して、文妻は占い研体験会場へと足を向けた。

 

 会場では、由比香と時任がオープン準備を始めていた。

「あ、文妻先輩。……どこから誘拐してきたんですか」

「人聞きの悪いことを言うな。俺の後輩だ」

 挨拶もそこそこに、文妻が連れてきた中学生、という珍客に興味津々の二人。

「あぁ、矢羽さんの妹さんか。そっくりだね」

「矢羽茉莉です。一応、西が丘高校受験予定です。よろしくお願いします」

 覗き込むようにする二人に全く物怖じすることなく、茉莉はにっこりと笑って自己紹介をした。

「あたしは時任夕見、文妻くんと同じクラス」

「私は一年後輩の宮川由比香。よろしくね。一応受験予定って?」

 微妙な言い回しを疑問に思った由比香が訊くと、先ほど文妻に向けたのと同じような笑顔でぺろっと舌を出す。

「まだ少し、成績が微妙なんです。なので、もしかしたら志望校を下げるかもしれないんですけど、でもまぁ、きょーに……文妻先輩が勉強を指導してくれるので、きっと大丈夫です」

「……それは決定事項なのか?」

「え、だって構わないって言ったじゃん」

 苦虫をかみつぶしたような顔になる文妻を見て、由比香と時任が笑いをこらえている。

「ところで、ここはどんな部活なんですか?」

 好奇心に満ちた瞳で、小部屋の内部を見まわしながら、茉莉が訊ねる。

「えっと、まだ正式には部活じゃないんだけど、占い研究会の活動をしてるの。矢羽さんは占いには興味ある?」

 由比香の言葉に、こくりとうなずく茉莉。

「あります! 先輩たちほど本格的じゃないとは思いますけど、自前のタロットカードでたまに占ったりとかしてます」

 由比香と時任が、そろって文妻に視線を向ける。

「ま、そういうことだ」

「なるほど、なるほど」

 腕組みをした時任が、深くうなずく。

「それじゃ、まずは、部長の由比香ちゃんに占ってもらったらどうかな。興味があるならいろいろと質問もしてみればいいし」

 時任の言葉に、瞳を輝かせる茉莉。

「いいんですか?」

「もちろん。って、私が部長なんですか、時任先輩」

「当たり前でしょ。誰が言いだしっぺなのかな?」

 笑顔で言う時任と、その言葉にうなずく文妻を見て、由比香は、ぐっとこぶしを握る。

「そう、ですよね。それじゃ、矢羽さん、早速みてあげよう」

「茉莉でいいですよ」

 言いながら二人は、由比香の占いスペースに入っていく。

 それを見送って、時任が文妻に視線を向けた。

「なるほど、青田買いとは考えたね」

「いや、たまたま学校見学に来ていたからとっさに連れて来ただけでな。確かに占いに興味がある子だけど、占い研に入ってくれるか、つか、そもそもうちに受かるかどうかもわからんし」

 時任は文妻に常よりたくらみ顔の笑顔を向けて口を開く。

「まぁ、入ってくれるかどうかは由比香ちゃんが解決してくれるだろうし、うちに受かるかどうかは、文妻くんが何とかしてくれるんでしょ?」

「……なるほど、決定事項か」

 ぼそりと呟いた文妻に、時任は笑顔でうなずいた。

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