西が丘高校占い研究会(仮)の奮戦 ⑦
翌日放課後。やや緊張した面持ちの文妻と、常と変わらない明るい表情の時任が生徒会室の扉の前に立っていた。
横に並んだ時任をちらりと見て、文妻が小声で言う。
「平常心だな、時任は」
「まぁね。自分の占いの結果には自信があるからね。文妻くんならきっと成功させるって、あたしも宮川さんも信じてるからさ」
その信頼の源泉はどこにあるのか、疑問に思う文妻だったが、訊かない方がいい気がしたので追及はしないことにした。
「結構会長とは仲良さそうなのに、ずいぶん緊張してるんだねぇ」
「そりゃそうだ。これから俺たちが吹っ掛けるのは、ある種の無理難題だからな。ま、いいや。とっととぶち当たるとしようか」
すーっと大きく息を吸い込んだ文妻は、まずノックをして、間髪入れずに扉を開けた。
「たのもーっ」
さすがにこんな行動に出るとは思ってなかったらしく、時任は隣で目を丸くしている。それは生徒会室の中にいるメンバーとまるっきり同じ表情であった。
「それじゃノックの意味がないよ」
小声でささやく時任に、一瞬片目をつぶって見せて、文妻はどかどかと生徒会室に踏み込んだ。時任も後に続いて、扉を閉める。
「占い研究会準備会の文妻だ。今日は生徒会長にお願いがあって来た」
あっけにとられたままだった忍は、目の前まで来た文妻の言葉を聞いて、不敵な笑みで応じた。すっかり戦闘モードに切り替わっている。
「お願い、と言う割には随分と威勢のいいご登場だな、文妻。まぁよく来た。神山、お客人にお茶を」
書記の
やがて、神山が震える手で文妻、時任、忍の順にお茶を置くと、間髪入れずに文妻は一口で飲み干した。
「うまいお茶だな。お代りもらえる?」
胸元にお盆を抱えた神山が、ちらりと視線を送ると、忍はこっくりとうなずき、文妻の前に二杯目のお茶が運ばれてきた。
「さて、話を聞こうか」
二杯目のお茶に手を付けようとした文妻の機先を制し、忍が口火を切る。
「うむ」
口元まで運んだ湯呑を静かに置いた文妻は、にっこりと笑って口を開いた。
「占い研究会の部員募集のため、一般生徒を対象にした占いの体験会を行いたい。ついては、今年度いっぱい、どこか空いてるところを借りて実施したいのだが、適当な場所を貸してくれんか」
「ほぉ~」
文妻の言葉を聞いた忍の眼がすぅっと細くなる。
「一応訊いておくが、それは、許可してもらえることを前提として発言しているのか?」
「当たり前だ」
打てば響くように答えた文妻をじっと見た忍は、ついっと顎を上げて一言。
「却下」
対する文妻は、心底意外だといった表情で、目を丸くする。
「却下? そりゃまたなんで」
「当たり前だ。これはいわば、公認前の団体に活動場所を提供しろということに他ならないだろう。そんなことをまかりとおすわけにはいかん」
腕組みをした忍は、はるか頭上にあるはずの文妻を見下ろすようににらみつける。対する文妻は、今気が付きました、と言わんばかりにポンと手を打った。その横の時任は、お茶をすすりながら面白そうに成り行きを見ている。
「なるほどなぁ、そういう解釈も成り立つのか」
「それ以外にどんな解釈があるかっ!」
「重ねて言うが、目的はあくまでも部員募集活動をするためだ」
つい声を荒げた忍に対し、文妻はあくまでも冷静に、ひょうひょうとした態度を崩さずに言葉を続ける。
「そもそも、部員を三名以上集めよ、というのはそちらから提示された条件だろう。昨日までの非公認活動は、非難を浴びてもしょうがない手法だと思うから、そちらの要求通り中止した。であれば、公認を得て募集活動を行いたいというこちらの要求に、そちらも答える義務……とまでは言わんが、義理くらいはあってしかるべきだと思うが。それとも、」
ここで一呼吸入れた文妻の目がすぅっと細くなる。
「生徒会としては、占い研究会の公認は歓迎できない事態だから、妨害でもしようという心づもりかな?」
周囲の人間には、まるで忍の髪の毛が逆立ったように見えただろう。怒り心頭だという表情で、忍は勢いよく立ちあがり、最大音量で怒鳴りつけた。
「貴様は、私がそんな卑怯な真似をする人間だと思っているのかっ!」
「思ってるわけがないだろう」
怒鳴り声に小揺るぎもせずに、文妻はあっさり答える。
「俺が知ってる嬉ヶ谷は、公明正大で約束は必ず守り、努力を重ねる人間には手を差し伸べずにはいられない、心やさしい人間だ」
あっけにとられた忍と目を合わせて、文妻は少し首をかしげる。
「ちとほめすぎかな?」
「あ、いや、京司郎……文妻にそういう風に思ってもらえているのはうれしいが……」
多少混乱したままで、忍はのろのろといすに座る。
「そんな嬉ヶ谷が、昨日宮川にもうひとりそろえてくる日を待っている、といった嬉ヶ谷が、場所提供如きを許可しないわけがない、と俺は信じているんだがな」
「あー、うぅ」
返す言葉もなく、うなるだけの忍。
「借りるのは最大でも今年度いっぱいで構わない。それ以上の期間、不法占拠するようなまねはしないと約束する。どうか、適当な場所を提供してはもらえんか」
一転して真剣な表情で言う文妻に、忍は両手をあげて降参した。
「わかったわかった。カゲマル、どこか適当な場所はないか?」
既に忍の降服を見越していた影山は、検索を終えていた。
「二階渡り廊下の先に、使用されていない小部屋があります。さして広くはありませんが、それなりに訪問しやすい場所ですからうってつけではないかと。ただ、だいぶ長いこと放置されていたので中の状態がどうなっているかは保証の限りではありませんが」
「だ、そうだ。許可するので勝手に使え。掃除が必要でも手は貸さんぞ」
「上等上等。ありがとうな、嬉ヶ谷。この借りはいずれ返すよ」
そっけなく言う忍に笑顔で感謝を述べると、文妻は席を立つ。結局出番のなかった時任も続いて、生徒会室から出ようとすると、
「京司郎、」
と、忍が立ち上がって呼びとめた。
「必ず、返してもらうからな?」
「お、おう」
満面の笑みで言う忍に、一瞬言葉に詰まる文妻だったが、かろうじて返事をして去って行った。
「…………どんな風に返してもらうつもりですか、会長」
文妻の足音が聞こえなくなった生徒会室で影山が問いかける。
「さてな。これからゆっくり考えることにしよう」
振り向いた忍の表情は、まるっきりいたずらっ子のそれであった。
「いやぁ、文妻くん、やっぱただもんじゃないねぇ。あの生徒会長をまるっきり手玉だもん」
上機嫌の時任が言うとおり、目的は百パーセント達したといっていいだろう。いわば、完全勝利である。
であるのに、この心に引っかかる、何かやらかしちまった感は何だろうか。
深く考えるのはやめにして、文妻は職員室で鍵を借りると、由比香と合流して、指定された小部屋に行ってみた。
「うわぁ、ほこりまみれだねぇ。こりゃ掃除が大変そうだ」
時任の、そして影山の言うとおり、長いこと使われていなかった小部屋は、ものこそなかったが上履きが埋まりそうなほど埃が積もっていた。
「とりあえずは掃除だな」
備品などを置いて部室にするには少々手狭だが、占いスペースを二つ置くには充分。三人は、近くの教室から掃除用具を借り出して、掃除を始めた。
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