西が丘高校占い研究会(仮)の奮戦 ⑥
「さて、あと一人ですね」
「まぁ、文妻くんが部員になってくれれば万事解決なんだけどな」
オカ研の部室を出て程無く。さっきまでの凹み方がうそのように元気を取り戻した由比香がいうと、時任は文妻ににっこりと笑いかけながら言う。
「あ、いや、それは……」
さすがに少し気が咎める文妻だが、ここでいい加減に入部すると言うのも失礼だとも思うのだ。
「冗談だよ、冗談。占いに興味がない人を無理強いで入れてもしょうがないし、そんな事で入部しちゃうような文妻くんでもないもんね。さて、あと一人を何とかしなくちゃ」
「時任には誰か、そっち関係の知り合いとかいないのか?」
「いたら、去年の内にあたしが占い研立ち上げてたんじゃないかな」
「それもそうか……」
一つ進展はしたが、あと一歩、その最後の一歩のとてつもない距離を思って、何となく黙り込んでしまう三人。
「ともあれ、今日は帰りましょう。明日、また放課後に」
由比香の言葉にうなずいて、三人は既に暗くなりかけた空の下家路に就いたのであった。
翌日。
善後策を協議するも、結局のところ良案は浮かばず、また昇降口前に屋台を出しての勧誘を続けることになった。
通りがかる生徒たちは、昨日よりもメンバーが増えている事実に一瞬視線を向けるが、それでも興味を持つまでには至らず、素通りしていってしまう。
「これはきついなぁ。新入部員勧誘時期なら、興味を持つ子の一人や二人は現れるけど、誰も来ないとなると凹んじゃうのもよくわかるよ」
開始から二時間。時任は、パイプ椅子に腰かけて暗い目をした由比香を横目にため息をついた。
「まぁ、俺もわかってはいるんだ。何か根本的に、方法を考えないといかんとはな」
すっかり誰も通らなくなった昇降口を見つめ、文妻は口の端をゆがめる。
「何をどうしたものでしょうね……」
昨日の明るさをすっかり失って由比香はため息をつく。と、そこに、小柄な人影が現れた。
「ふむ、なるほど、時任が合流したか。一応順調なよう……でもないのか」
言葉の途中で雰囲気を感じ取って方向修正をしたのは、生徒会長、嬉ヶ谷忍である。
「京司郎が手を貸してる割には低調なようだな」
「ぶっちゃけ、俺はあまり役に立っていない」
「そんなことないですよ」
ため息交じりの文妻の言葉を、由比香が否定する。
「ま、チームワークが壊れていないようなのは良いことだ」
実にどうでもよさそうな感想を述べた忍は、ここで口を開こうとして少しためらった。
「どうした嬉ヶ谷。何か用があるんじゃなかったのか?」
「うむ。実に言いづらいのだが」
一呼吸入れて、忍は口を開いた。
「この場での勧誘行動について、教員サイドから撤去要請が出ていてな」
「あー」
勧誘時期でもないのに、無断で設置して目立つ行動をしているのである。むしろ良くここまでお目こぼしがあった、と思った方がいいのかもしれない。
「悪いな、嬉ヶ谷。ここまで放置してくれてたんだろう?」
「文妻にはお見通しか。まぁ、何度かかわしはしたのだが、そろそろ限界だ。明日以降は、何か違う方法を考えてほしい」
「まぁ、この方法も行き詰ってたんだし、ここらが潮時ってことかな」
時任が肩をすくめて言うと、由比香もため息をついて立ち上がった。
「しょうがないですね……」
ぱたん、とパイプ椅子を畳んだ由比香は、それでもぐっと、強い視線を忍に向けた。
「でも、なんとかがんばって、部員三名、そろえてみせますから」
その視線を受け止めた忍は、にやりと不敵な笑顔を返す。
「その様子なら、大丈夫そうだな。宮川、時任、せいぜい文妻をこき使ってやってくれ。役に立つ男だからな」
互いに視線を交わしあって力強くうなずきあう女子三名。
「つか、嬉ヶ谷。お前は俺を何だと思ってんだよ……」
「言ったとおりだ。おまえだって、この二人の力になってやるつもりなのだろう?」
思いのほか真剣な表情の忍を見て文妻は、余計なことを言わずにただうなずいた。
「ならばよし。では宮川、もう一人をそろえてくる日を待っているぞ」
晴れ晴れとした笑顔になった忍は校舎に戻って行った。おそらく、職員室に報告に行くのだろう。
「ま、しょうがねぇ。まだ早い時間だし、会議でもしに行くか」
屋台は一応いつものところにしまいこんでから、三人は学校を後にした。
さて、先ほどは威勢よく啖呵を切った由比香ではあったが、相変わらず状況が行き詰っていることには変わりがない。
会議場所としてすっかり行きつけになりつつある某ファーストフードチェーン、東西が丘駅前店のいつもの席に、今日は三人で座っていた。
由比香は今日はフィッシュバーガーのセットを頼み、早速もぐもぐとほおばっている。
文妻は難しい顔をしながらポテトを口に放り込み続けていて、時任はカップからストローだけを抜いてくわえたまま、忙しくタロットを掻きまぜていた。
門外漢である文妻は、単にその鮮やかな手つきに感嘆するしかない。やがて、時任は、慎重な手つきでひとまとめにしたカードを何回か切ってそろえると、一番上のカードを左手で、横にめくり、ストローをくわえたままでにぃ、と歯をむき出して笑った。そのまま、カードを文妻に掲げて見せる。
「太陽の正位置。完成を示すアルカナ。つまり、成功は約束されたも同然。実に景気がいいね」
「景気づけも結構だが、具体的な方策を考えんとな」
カードを見ながらポテトをもしゃもしゃ食べ続ける文妻の言葉に、明るい表情を崩さぬままうなずく時任。
「ま、二人ともさ、そんな暗い表情してたんじゃ、いいアイデアなんか浮かばないって。せめてふりだけでも明るくしておこうよ」
ちょうどフィッシュバーガーを食べ終えた由比香は、その言葉にこくりとうなずいた。
「そうですね。これから何とかしようって時に、私が一番暗い顔をしてたんじゃ、手伝ってくれてる文妻先輩や、入部を承諾してくれた時任先輩に失礼です」
思いのほか、力強い言葉に、文妻も時任も由比香を見直す。
「そこで私、一つ考えました。文妻先輩を超える正攻法を」
「俺を超える正攻法?」
「はい、占い師に出来ること、つまり、占いで勝負しようって。今までは、押しかけで占いやってましたけど、今度はきっちりと場所を設定して、来てもらった人を占おうって思うんです。そして、占いの素晴らしさを知ってもらって入部者を募ろうと」
「なるほど、それはいいね」
時任もポンと手をたたき同意する。
「正直なところ、もうたぶんこれ以上の作戦は思いつかないと思います。これで入部者が集められずに時間切れになったら、来年の新歓時期に、ゲリラ的に勧誘するしかないって覚悟でやります」
ぐっと、強い光を宿した瞳で二人を見る由比香。時任は今までにも勝る明るい笑顔で、文妻は少々の安堵感を持って、それぞれにうなずいた。
「うむ、その心意気や好し。しかし、となると俺の手伝えることはなくなりそうだな」
「いえ、文妻先輩には、ちょっと申し訳ないんですけど、一番大変なところを受け持っていただこうかと」
「一番大変なところ?」
「はい、生徒会との交渉です」
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