西が丘高校占い研究会(仮)の奮戦 ⑤

 屋台を片づけて、二人は文科系部室長屋の中でも一番奥まったところにあるオカルト研究会の部室前に立っていた。引き戸に貼ってある魔法陣といい、看板の文字が微妙に液だれしている点といい、なかなかにいやな雰囲気が出ている。

「あらかじめ言っておくが」

 ノックをしようとした由比香が、文妻の言葉に手を止めた。

「時任については、問題はないと思うけど、他の部員についてはある程度心構えをしておいた方がいいぞ。学内三大変人団体の一つだからな」

 ごくり、と由比香はつばを飲み込む。

 ためらいを振り切るようにされたノックは思いのほか大きな音で響いた。

 が、反応なし。

 部屋の中には人の気配があるようなのだがなぜかノックに対して一切の返答がない。

「おかしいですね」

「だなぁ。誰かいるようなんだけどな。なんか、俺たちに理解できない儀式でもやってんのかな。んで、全員が魔法陣か何かに入っていて、うかつに扉を開けた俺たちが召喚された何かの生贄にされてしまったりとか……」

「や、やめてくださいよぉ。今時そんな陳腐な話は流行りませんよ」

 実は怖い話が苦手である由比香は、にらみつけるように文妻を見る。

「んじゃ、開けてみたらどうだ、みやがー」

 ごくっとつばを飲み込み、由比香がそろそろと扉に手を伸ばしたその時。

 ものすごい勢いで引き戸が開け放たれた。部室長屋に、ばぁんという大きな音が響く。

「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 向かいの廊下の壁まで飛びのいて座り込んだ由比香は、涙目で叫び声をあげた。一方の文妻は完全にフリーズ。

 空いた扉では、筋骨隆々の男子生徒が一人、にやにや笑いながら仁王立ちしていた。まるでプロレスラーのような容貌の彼こそがオカルト研究会会長、古関こぜき健人たけひとである。

「うあははは、驚いたか? 驚いたか?」

 実にうれしそうに問いかける古関の姿に、由比香は涙目のまま、がくがくとうなずくことしかできない。

 フリーズから復活した文妻はため息をひとつついて、由比香に手を貸して立ち上がらせようとする。

「あ、はは、腰が抜けちゃったみたいで」

 無理に立ち上がらせるのもなんだと思った文妻は、落ち着くまで放置することにして古関に振り返った。

「なんつーか、聞きしに勝る悪趣味だな」

「お褒めの言葉をどうも。つか、うちの部員を引き抜いていこうってんだから、これぐらいの歓迎は甘んじて受けてもらわんとな」

 と、いいながら、百八十八cm、九十kgの巨体で、部室に入るように促す。

「部員を引き抜くって……なんで?」

 腰が抜けたままで茫然とつぶやく由比香に、古関は会心の笑みを浮かべた。

「西高を代表する占い師からその言葉が出るとは、まだまだうちの魔女も捨てたもんじゃないみたいだな」

「その魔女っての、いい加減やめてくれないかなぁ」

 薄暗い部室の奥から、快活そうな声が聞こえた。

「やぁ、文妻くん、よく来たね。まぁ入ってよ。そこの宮川さんも」

 言いながら姿を現したのは、誰あろう、オカ研の魔女、時任ときとう夕見ゆみであった。日に焼けたかのような色黒の肌にボーイッシュなショートカット、そして百七十cmに届こうかという、すらりとした長身は、おおよそオカルト研究会所属には見えない。

 ようやく復活した由比香と一緒に、文妻はオカ研部室の敷居をまたいだ。


「なんだか、俺たちが来るのがわかってたような口ぶりだったなぁ」

 いろいろと怪しげなオブジェが無造作に置かれている部室をしげしげと見まわしながら文妻が言うと時任は場に似つかわしくないさわやかな笑顔で、あっさりと答えた。

「んま、あたしも一応占いなんかやるからね。しばらく前に出た卦が、『珍客来りて、新天地へ誘う』だったんだ。んで、少ししたら、文妻くんと宮川さんが占い研究会の勧誘始めたと聞いて、ぴんっとくるものがあったってわけ」

「賭けまでしたわけなんだが、結果時任の一人勝ちでなぁ。ま、無理もないんだが」

 これまた笑顔で言う古関。その顔には、他の部員と同様、一種の諦観が現れていた。

「あ、あの、自分について占うのは、タブーなのでは?」

 おずおずと訊く由比香に、時任はまたさわやかな笑顔を向ける。

「主観誤差の話かな? それはね、自分を含めて、世界全体を客観視出来ればいいんだよ。まぁ、言うほど簡単に出来ることでもないんだけどさ」

 あたしも苦労したよ~、とにこやかに言う時任は二人の前にお茶を出した。

 文妻はつい、由比香にこそっとささやいた。

「占い師としての格は、時任の方が上みたいだな」

「……悔しいですけど、まったくそのとおりです」

 一口お茶をすすって、つい出そうになったため息を由比香は飲み込んだ。

「んでさ、一応、そちらの用事は了解済みではあるけれど、思い違いだったら困るし、きちんとお話を頂けたらな、って思うんだけどさ」

「あ、それは失礼しました」

 居住まいを正して、由比香は改めて口を開いた。

「占い研究会設立に、三名の部員が必要なんです。時任さん、わが研究会の部員になってくれませんか?」

 改めて話を聞いた時任は、にっこりとほほ笑んでうなずいた。

「こちらこそ、よろしくね、宮川さん」

 差し出した手に一瞬戸惑いながら、由比香はがっちりと握り返した。

「というわけで、部長、これ、退部届ね。占い研究会の設立に間に合うように出しといてね」

「了解」

 あっさりと受け取る古関に、意外そうな目を向ける由比香。

「あ、あの、いいんですか? 引き抜きに来たわたしが言うのもなんなんですけど」

「正直、辞めて欲しくはないが、これが賭けの内容だったんでね」

 諦念溢れるセリフを吐く古関に、時任がかぶせる。

「そうそう。あたしの占いの結果が当たるかどうか賭けをしてね、んで、もし当たったら、辞めて占い研行っちゃうよって言ったんだよ」

「なるほど」

「んじゃ、いろいろ忙しくなりそうだから、お別れ会はまた後日やってもらうとしましょうか。そいじゃね」

 ひらひらと手を振って部室を後にする時任。その後ろから、由比香と文妻が続く。最後に扉を閉める前に、由比香はぺこりと頭を下げた。

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