西が丘高校占い研究会(仮)の奮戦 ④

 翌日から始まった勧誘作戦だが、実に低調な滑り出しとなった。

 既に十一月の半ば。大半の生徒は興味があれば部活動にいそしみ、なければその他の事にいそしむという生活リズムが出来上がりきっている頃である。

 それに加えて、勧誘屋台に並んでいるのが、先般の学園祭で、高校きっての有名人となった文妻と、押しかけ占い師として一部に名を知られたユゴス宮川である。占い研究会会員募集と呼び掛けてみても、奇異の目を向けるだけで話を聞こうという者すら現れない。

 土日をはさんで週も明けた頃には由比香はすっかり凹み切っていた。

「占い研究会会員募集中! さぁ自分の手で神秘の扉を開いてみないかぁ」

 文妻の若干自棄の入った勧誘文句だけが、絶賛活動中の帰宅部員の頭上を通り過ぎていく。その横で、すっかりぐれきった、じっとりとした眼で通り過ぎる人の流れを見つめる由比香。

 やがて人の流れも途絶え、三日目に体育館から無断持ち出ししてきたパイプ椅子に文妻はどっかりと腰をおろした。

「ままならんものだなぁ」

 ため息交じりに言う文妻に、じっとりとしたままの視線を向ける由比香。

「昨日、テレビを見てたんですよね……」

 その沈み込み切った声音に、文妻が恐る恐る顔を覗き込む。

「なんでも、世は空前の占いブーム、などと言われて久しいそうで、さまざまな占いスポットが紹介されていたんですけど、やっぱり、あれは占われる側のブームなのであって、自分で占う側に回ろうって人はいないんですねぇ……」

 はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 肺活量を限界まで使ったかのような、深い深いため息をついた由比香は、そのまま突っ伏してしまう。さすがの文妻が、にわかにかける言葉を見つけられずにいると、屋台の前に立ち止まった人影があった。

 期待に満ちた表情で振り向いた文妻は一瞬ぎょっとして、あからさまな落胆の表情になった。その視線の先にいたのは、女子空手部主将、上坂うえさか陽子ようこである。

「最近顔を出さないと思ってたら、こんなことしてたんだ」

「いろいろと事情があってな」

 余計なことは一切言うな、という視線を送りこみつつ答える文妻だが、上坂の視線は、値踏みするかのように屋台を見回している。

「ふぅん、器用に作ったもんね。でも、なんで今さら部員勧誘なわけ?」

「会長から、占い研究会の設立を認める条件として、部員三名の確保を出されたんでな。出来る限り今年度中に公認組織にして、来年度の新入生勧誘に正式に出馬できるようにしておきたかったんだ」

「なるほど。それで、あと一人部員が欲しいわけね」

「いや、俺は部員ではないので、あと二名」

「はぁ?」

 上坂はそこで初めて文妻と目を合わせた。

「なによそれ。部員にはならないけど、勧誘は手伝いますって? お人よしなんだか、残酷なんだか」

 お人よしはともかく、残酷という言葉は少々自覚があったようで、文妻は痛いところを突かれた表情で黙りこむ。

「第一、占いをやる仲間を集めようっていうのなら、オカルト研に」

「いや待て上坂」

 ある意味禁断の単語を発した上坂の言葉を、文妻は強引にさえぎる。

「みやがーは、占い研究会を設立したくて努力してるんだ。それを、オカ研にどうぞ、ってのは侮辱だろう。それにな、みやがーの占いは、独自の精妙な理論に基づいた科学的なものだ。オカルトなんかと一緒にしていいものじゃない」

 まくしたてる文妻に、一瞬気圧されたようになった上坂だったが、呆れたように一つため息をついた。

「そこまで入れ込んでるんだったら、部員になってあげればいいじゃない。ねぇ」

 最後の『ねぇ』はいつの間にか顔をあげて成り行きを見ていた由比香に向けられていた。由比香はあいまいに、力ない苦笑を浮かべる。

「ともあれ、人の話は最後まで聞きなさい。いい? オカ研に、魔女って言われてる子がいるの、文妻は知らないの? 確か同じクラスだったでしょ」

「同じクラスの、オカ研の魔女?」

 本気で考え込みだした文妻に、上坂は呆れかえった表情を向ける。

時任ときとうさん。宮川さんが入ってくるまでは、うちの学校で占い師って言ったら、彼女のことだったのよ。オカ研に入ってはいるけど、占い以外には特に興味がないみたいだし、誘ってみたらどうかって」

 名前を聞いて、文妻はやっとその人物に思い当ったらしい。

「あぁ、時任ね。って、あいつオカ研所属なのか? 勝手なイメージでなんだが、バレー部かなんかに入ってるもんだと」

「あーまぁ、確かにねぇ」

 苦笑気味に言う上坂。

「中学ではホントにバレー部だったみたいだし、あの見た目でオカ研、って結びつかないのも無理はないか」

 実際に時任なる人物に会ったことがない由比香の頭の上には、クエスチョンマークが飛び交っている。

「ま、時任さんが入ったとしても、あと一人必要なんでしょ? 私は力になれないけど、がんばってね」

「いや、上坂、実に有用な情報だった。ありがとう」

 立ち上がって頭を下げる文妻。その横で、同じように由比香もぺこりと頭を下げている。

「ありがとうございます、上坂先輩」

 照れくさそうに鼻を掻いて、上坂は視線をそらした。

「いえいえ、まぁほら、声をかけてみたらって言っただけで入部してくれるかどうかはまた別の話でしょ。お礼を言われるようなことじゃないわよ」

 なおもお礼を言い募ろうとする由比香を押しとどめて上坂はそのまま歩きだした。

「ま、繰り返すけど、がんばってね。あと、文妻は近いうちに顔出しなさいよ」

「あいよー」

 軽く返す文妻に、何か言おうと振り返った上坂だったが、結局そのまま校門から出て行った。

「せっかくだから、今からオカ研行ってみるか? 善は急げとも言うしな……って、どうしたよ、みやがー」

 上坂の去った先をじっと見つめていた由比香は、あまりうれしくもなさそうな笑顔で文妻に振り向いた。

「いえ、なんというか、なんで今のところの最大の理解者が、文妻先輩なんだろうなって」

 さみしげな表情に、文妻は返す言葉もなかった。

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