西が丘高校占い研究会(仮)の奮戦 ①
「文妻先輩、お話があります」
たまにはまっすぐ家に帰ろう。
そう考えて昇降口から一人、鞄を片手で肩まで担ぎあげ、意気揚々と帰路に就こうとした文妻の前に、見覚えのある女子生徒が立ちふさがった。ふわっとしたくせっ毛を三つ編みにした、全体的に色素薄めのメガネっ娘である。
反射的に眉根を寄せ、ため息をついてしまう文妻。
「みやがーか」
妙なあだ名で呼ばれ、反射的に応じようとして口を閉じたのは、非公認団体、占い研究会の唯一の構成員にして、自称占い師ユゴス宮川、こと
学内有名人を勝手に占ったビデオ番組を制作して実績をあげ、占い研究会を公認団体にするという野望を持つ彼女は、以前、占い嫌いな文妻を無理やり占おうとして論戦になり、結果うやむやにされて逃げられたことがあった。文妻としてもあまり行き会いたくはない相手である。
「占う相手なら他をあたってくれ。んじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいってば」
軽く手をあげて通り過ぎようとする文妻の前に、再び由比香は立ちふさがる。
「話くらい聞いてくださいよ。今日は占わせて欲しいなんて言いませんから」
明らかに気乗りしていない表情でじっと由比香を見る文妻。
対する由比香は、真剣な表情でじっと見つめ返している。
文妻は二度目のため息をついた。
西が丘高校の最寄り駅である東西が丘。受験する段階で、誰もが一度は『東なのか西なのかはっきりしやがれ』と思うという、ネーミングセンスを疑う駅前にあるファストフード店で、文妻と由比香は一つのテーブルに向かい合って座っていた。
「占い研究会を、正式に部活動にしたいんです」
注文したオーソドックスなセットメニューに手もつけず、由比香が口を開いた。
「それは知ってる」
ポテトとコーラのみ、両方Lサイズという、偏った注文をした文妻はポテトを適当につまみながら話を聞いている。
「で、まぁ、今までは活動記録を作ったりして、地道に頑張って来たんですけど、ここでひとつ、生徒会長さんから条件が提示されたんです。それさえクリアできれば、正式に認可してもいいって」
「そりゃ良かったな」
完全に他人事モードでポテトをぱくつく文妻。
「その条件というのがですね。私を含め、部員を三名にすること、なんですけど」
口に放り込もうとしたポテトを持つ手を止め、文妻はじっと由比香を見た。
「悪いがみやがー、俺は入会できないぞ。まず占いに興味がないし、ついこないだ、学園祭の直前に嬉ヶ谷……生徒会長から兼部について詰問されたばかりだからな」
その後、紆余曲折を経て学園祭でのエキシビジョンマッチに発展したわけなのだが、その辺の事情を詳らかに知る者は極少数である。
「その件は知ってます。その絡みで私も生徒会室に呼ばれて、その時に条件を提示されたんですもん」
「は?」
文妻の兼部――というよりはむしろ部活のはしごだが――と、正式認可されていない研究会にどんなつながりがあるのかいまいちわからずに口をぽかんとあける。
「まぁ、私も呼ばれた時には意味がわからなかったんですけど、どうやら活動報告に文妻先輩の名前があったので、間違えて呼ばれたらしいです。ちょうどよかったので、そこでアピールしたら条件を提示されたんですけど……」
そこで真剣ながらも快活であった由比香の表情が曇る。
「ちょっと、会長さんに酷いことを言われまして……」
雰囲気にのまれて、文妻も表情を改める。
「いや、みやがーを信用しないわけじゃないが、嬉ヶ谷はああ見えて、そんな人を傷つけるようなことを言うような奴じゃないと思うんだがな」
「それは、そうだと思います。きっとあの発言も悪意はなかったんだと思うんですよ? でも、悪意がないからこそ酷いっていうのも……」
さらにずぅん、と沈み込む由比香。苦手な相手とはいえ、目の前で女の子に沈みこまれては、放置するわけにもいかない。少々動揺しながら、文妻は先を促した。
「あー、それで、嬉ヶ谷には何て言われたんだ」
上目づかいにちら、と文妻と目を合わせた由比香は、その視線を横にそらしながら口を開いた。
「そ、その……どうしても公認活動がしたいなら、無理に独立で研究会にしなくても、既存の……オカルト研究会とか……超常現象研究会とかに所属してやってもいいんじゃないかって……」
「あー……」
いうなれば、素人の発言である。自分が占い師であることにプライドを持っている由比香には少々酷なことは間違いない。しかも、この手の団体にはありがちではあったが、この二団体は西が丘高校でもトップクラスの奇人変人の巣窟であることは周知の事実であった。そんなものと一緒にされるのはいくらなんでもかわいそうというものだ。文妻や由比香が奇人変人の類であるかないかは別として。
「そりゃ、嬉ヶ谷が悪いなぁ。『占いは科学だ』が座右の銘のみやがーに言っていい台詞じゃあない」
たぶん、出会ってから初めて文妻は、心の底から由比香に同情していた。
言われた当の本人は、なんとも複雑そうな表情で文妻を見つめている。
「どうかしたか?」
軽く息を吐いて、由比香はふるふると首を振り
「いえ。あの、食べてもいいですか?」
と、いささか冷えかけているチーズバーガーを指差していう。
「誰も喰うなとは言ってない」
文妻も応じてまたポテトをぱくつきだした。
「んで? その話で部員になることも期待してないとなると、俺がなぜ付き合わされたのかがわからんのだが」
「ふまひれふね」
話しかけた瞬間に、口いっぱいにチーズバーガーをほおばった由比香がそのまましゃべろうとすると、文妻はうんざりした表情で制止する。
「やめんか。行儀の悪い」
しっかり噛んで飲み込んだ由比香が口を開く。
「すみません。でも、ハンバーガーとかって、口いっぱいにほおばった方がおいしく感じるじゃないですか」
「そおか?」
「そうですとも」
おもいっきり懐疑口調の文妻に自信満々に応じる。
「でも、先輩から、行儀悪いなんて言葉が出るなんて、ちょっと意外」
「……なるほど。みやがーが俺をどう思ってるのかよくわかった。有意義なひと時だったな。んじゃ俺は帰る」
残ったポテトをざっと口に流し込むと、手をつけていないLサイズコーラを手に席を立とうとする。
「あ、いや、その、ごめんなさい。ちょっと待ってくださいよ」
本気で帰る気なんかなかった文妻は、再びどっかと席に着く。
「んで?」
「文妻先輩って、知り合い多そうですよね。その人脈で、入会希望者を募れないかなぁって、そう思ったんですけど」
「なんともまぁ、他力本願だな」
「すみません」
あまり悪びれた様子もなく、それでも一応由比香は頭を下げた。
「でも、このチャンスを何とか活かしたいんです。なんというか、藁にもすがりたい心境で」
真剣な表情で視線を送りこんでくる由比香の迫力を文妻は一種の諦観を持って受け止めた。
「すがりつかれた藁としては、無碍に振り払うわけにもいかんか」
「それじゃ」
両手で抱えたチーズバーガーごと身を乗り出した由比香に、文妻は少々渋い顔をした。
「まぁ、協力はするが、結果を期待するな。占い好きの知り合いには事欠かないとは思うが、自分で占う側に回りたいと思う奴がいるかはまた別の問題だからな」
「はい!」
あんまりに元気な返事に、わかっているのか不安になる文妻。一方の由比香は、研究会立ち上げから初めて得られた協力者に、すっかり舞い上がっていた。
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